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7.5 一方その頃 sideライガ

 オレはその時、仕事を終えて夕暮れの街を歩いていた。別に楽しいことがあるわけでもないが、笑みを浮かべたまま上機嫌に。それはいつもと変わらないことだった。  オレにはライガ・ミーランという名前がある。かつては大陸中をまたにかけて活躍した、戦士の一族の末裔だ。とはいえ争いがなくなって長いから、もうただの力自慢な部族になった。けど今でも少数かつ、特徴ある見た目がおっかない目で見られがち。だから笑顔を絶やさないようにしている。それがオレの処世術ってことだ。 「……ん?」  そんなオレでも、流石に素に戻ってしまうものが視界に映る。思わず足を止めて、何度か瞬きを繰り返した。  現代的な街並みをヨロヨロ歩いている、ザ・エルフみたいな男がいた。白っぽい金の髪や、エルフらしい豪華なローブが夕日に照らされて絵画みたいに煌めいている。なのに、彼自身の顔色は悪すぎて、まるで幽霊が彷徨っているみたいな印象を覚えた。  その光景にも驚いたが、一ヶ月ぐらい前に似たようなことなあ、と頭を巡ったのだ。 (セレさんに続いて、まーた見つけちゃったよ、迷いエルフ……)  思わず苦い笑いが零れる。一度猫を拾うと、次から次に猫を見つけてしまう……なんて言われるけど、まさかエルフもそういう枠だったりするんだろうか。  まあ、どういう事情があったとしてもオレは別に構わない。困ってそうならとりあえず声をかけるのがモットーだ。相手が機嫌を損ねようが、お節介で恥をかこうが関係無い。見過ごすほうが、よっぽど後で気持ち悪い思いをするし。 「こんちは~、エルフのお兄さん。なんか困ってそスか?」  努めて軽いノリで話しかける。ちょっとチャラいぐらいのほうが、オレのいかつい見た目だとバランスが取れるものだ。するとエルフさんがこっちに視線を向けつ。目が合うと、オレはニーッコリ笑顔を浮かべた。 「何かお困りなら、手伝いますよ。何も困ってなかったらそれでもいい、し……?」  いつものように話を切り出したものの、オレは最後まで言い切れなかった。そのエルフさんが、オレを見て心底びっくりしたように目を丸くしている。その反応に、オレも驚いてしまった。  エルフってそんな表情もするんだ、とか、それでも冗談みたいに美形のままなんだな、とかそんなことを考えていると。 「……ラゼル……」  エルフさんがぽつりと零した。 「ん?」  古エルフ語か何かかと思って、首を傾げる。するとエルフさんはハッと我に返って首を振った。 「い、いいや、違う。そんなハズはない、そんなハズは……」 「?? お兄さん、大丈夫スか?」  ブツブツ言ってるエルフさんにもう一度声をかけてみる。彼は少ししてから襟元を正し、オレに尋ねた。 「ガリアの者よ。私に何用か」  おお。これぞ模範的エルフ、っていう感じの、気位高そうな喋りかただ。しかも、オレをちゃんとガリア族だと認識している。人類についての知識もあるみたいだ。それにしては、ザ・エルフの服装してるけど。 「いやー、この辺りじゃエルフさんって珍しいし、困ってないかなって思ったんすよ。前も迷子になってたエルフさんいたし、何か力になれることが有れば~、って」 「不要だ。私は困ってなどいない」  あちゃ~。取り付く島もないってカンジだ。こういうタイプ相手には、もっと誠実そうにしたほうが良かったかなぁ。反省しつつ頭を掻いていたけど、エルフさんはどこかへ行くでもなく、じっとオレを見つめている。 「? どうかしました?」 「……君、近くに森は有るか?」  困ってない、と言ったばかりなのに尋ねてきた。さっきのは建前みたいなものかな? と考えつつ、オレはこの辺の地理を思い出そうとする。 「えーっと、森かぁ。公園とかだったらあるんスけど……」 「できればそこに小川もあれば助かる」 「ちょっと待って下さいねぇ~、えーと……」  ポケットからスマホを取り出し、地図を開く。公園自体はそこそこあるけど、森と小川もセットになると細かく見なきゃいけなさそうだ。オレは画面を弄り回しながら、何気なく尋ねる。 「そこに何か用があるんスか?」 「今夜の宿にしようと思ってね」 「……エッ!? 野宿!?」  びっくりしてスマホを落としそうになった。思ったより大きな声も出てしまい、周りの人がびくっとオレを見る。いけない、いけない。急にガリア族が大声なんて出したら、怖がられる。そう思ったけど、目の前のエルフさんはオレの反応を気にも留めていないようだった。 「静かな場所ならなお良い」 「いやいやいや、だ、ダメッスよ。まだまだ寒いし、夜はもっと冷えますって。いくらエルフが丈夫だからっても限度があるっしょ、ホテルとか探しますよ。ほら、エルフ村の辺りならいいところも──」 「結構だ。そんな村には近寄りたくないし、人間文明の世話になどなりたくない」  と、エルフさんは表情を曇らせた。あちゃ~、とまた心の中でもらす。  でも、妙な話だ。この人類ごった煮の街まで来ておいて、エルフ村とも文明とも関わりたくない。だけど、オレとはこうして目も合わせて話をしている。たぶん、色々わけありなんだろうな、とは想像がつく。  ま、だからって「はいそうですか」ってほっとくわけにもいかないんだけどね。 「でもやっぱ、野宿は良くないスよ~。最近はそーゆーの、届け出とかなしでやるとケーサツとかにイジメられたりしちゃうし。お兄さんもヤでしょ、捕まるのとか」 「…………」 「それに、もうすぐエルフさんたちにとって大事な夕飯の時間っしょ?」  オレが空を指差すと、エルフさんも顔を上げた。  青い空は西のほうからオレンジ色に薄っすら染まりかけている。確かエルフは食事を大切にしているはずだから、この説得は結構効くハズだ。 「何かご飯用意しなきゃだけど、公園の花とか食べたくないっしょ。植物だって勝手にむしったら、それこそ捕まっちゃうよ。オレと一緒にご飯だけでも買いに行きましょーよ」 「……………………」  エルフさんはすごく微妙そうな顔をしてはいるけど、ちゃんとオレの話を聞いてくれている。あと一押しだ。オレはとびっきりの笑顔を浮かべると、できる限り優しく提案する。 「良かったら、オレんちおいでよ。そしたら周りの目もないし、夕飯も沐浴もちゃんとしたのができるっしょ。オレ、ひとり暮らしだからエルフさんが来ても困らないよ。あーでも、たぶんホテルでも同じことはできるからそっちでも……」  オレとしては、断られる前提だった。見知らぬチャラい男かケーサツの世話になるぐらいなら、ホテルを選んでくれるんじゃないかな、って思ったんだ。 「……わかった。お言葉に甘えよう」 「うんうん、そうするのがいいよ……、……って、エ?」  そんなもんだから、エルフさんがいやにあっさりオレの部屋へ泊ることを決めてしまい、提案したクセに心からビックリしたのだった。 「へ~、弟さんの反抗期ッスか? シルヴィオさん、そりゃ大変でしたね~」  エルフさんの名前はシルヴィオ、というそうだ。弟さんに会うためわざわざ田舎(エルフの郷)から来たのに、ケンカ別れした、みたいなことを説明してくれた。 「オレにも兄弟いるんスけど、結構フクザツな気持ちになるッスよね、反抗期って。あ~んなにかわいくて、ず~っと大事にしてたのに、「年上ぶるな」とか「アニキ面してくるな」とか。いや年上だし、アニキなんですけど~、ってオレもショックでしたもん」 「まったくだ。私は弟のためを思っているというのに……」  シルヴィオさんも、オレの言葉にうなずいてくれていた。  オレたちはあれから、百貨店の食料品売り場へ向かった。前にアズマっちも、ここでエルフ食材を見かけた、って話していたから。ルービットの店員さんに売り場を聞くと、快く野菜売り場へ案内してくれたし、オレも一緒に食べられそうな簡単なレシピまで共有してくれた。店員さんにお礼を言うと、ナガなんとか的な聞いたことのない野菜をいくつか買って帰る。  散らかり放題のオレの部屋に、シルヴィオさんは何か言いたげな顔はしたけど、黙っていた。皿の残ったキッチンに案内して、とりあえずサっと片付けて夕飯の準備をしてもらう。やっぱり何か言いたげだったけど、シルヴィオさんは買ってきた実を調理し始めた。  オレのほうは、大急ぎでテーブルの上を片付ける。寝床も用意しなきゃいけないから、床に置かれた物をブルドーザーみたいに押し集めて、掃除機をかける。まあ、潔癖症の人はどう思うかわからないけど、マシにはなったはずだ。  オレも自分の夕飯を用意しにキッチンへ向かう。オレはいつも、作り置きしている鶏むね肉を茹でたやつとゆで卵、低糖質のパンに買ってきたサラダを食べている。だからほとんど準備はいらない。だけど、エルフの食事はマズそうな見た目なだけで、手作りしていて大変そうだ。オレも手伝うと言うと、シルヴィオさんはまた何か言いたげな顔をした後で、「頼む」とうなずいた。  そんなこんなで一緒に夕飯を食べる頃には、オレたちも少しだけ打ち解けていた、というわけだ。 「まーでも、今日はマジ大変だったでしょ、お兄さんも。ゆっくりしていってよ。あんま植物なくて落ち着かないとは思うけどね。エルフって精霊とかいないと休まらないんっしょ」 「君は随分エルフに詳しいのだね。君たちにとってエルフは希少で、あまり知る理由もなさそうだが……」 「あ~、まぁ大学でそれなりに習ったのもあるし……。ほら、ガリア族って昔は大陸中で戦士してたっしょ、そのおかげで色んな種族との交流物語も残ってるし。それに、身近にエルフさんと仲良い知り合いがいるんスよ。まあでも、なんか間違ってたり必要なものとかあったらどんどん言ってくださいね」 「……今のところ、不自由はしていない」  シルヴィオさんは真顔でそう言ったけど、ホントかどうかはだいぶ怪しかった。気を遣わせてる、とは思いつつも、あまり掘り下げるのも困るだろうとその時は言葉通りに受け取っておいた。 「君こそ、見知らぬエルフの面倒をみることになって世話をかける。すまない」  シルヴィオさんは高慢さの欠片もない、流ちょうな人類共通語を口にして頭を下げる。オレは「気にしないでって~」と笑いつつも、妙だなと思った。  長年エルフの郷にこもっていたにしては、エルフ訛りの高慢さがない。さっき文明を否定的に言っていたのに、人類共通語を完璧に扱えるのは、なんか変じゃないか? それに確かエルフは、他人類を小さくてかわいいペットと認識しやすいハズだ。なのにシルヴィオさんはオレに礼を尽くしているように感じる。  まあ、でも余計な詮索はしないでおこう。シルヴィオさんから切り出されない限り。 「……実は、人間にはあまり良い思い出がなくてね」  そう思った矢先、シルヴィオさんが静かに切り出す。 「人間はすぐ、己の非力さを忘れ、私達と同等であるかのように考える。そういうところがあまり好きではない」 「あ~、じゃオレも不愉快にさせてるかも。すいません」 「いや、君は構わない。どうか気にしないでくれ。君も人間だというのに、失言だったな」 「いや、別に謝ることじゃないし、こっちこそ気を遣わせちゃって」 「いいや、私こそ──」  これじゃ堂々巡りだ。まるでアズマっちたちと話してるみたいじゃん。ちょっとおかしくなって笑ってしまった。結局、人格が芽生えた者同士、色々違う部分もあるけど、同じところもちゃんとあるんだ。 「じゃ~、おあいこってことで。お互い謝ったり気にしたりすんのはナシにしときましょ」 「……ああ、そうだな」  シルヴィオさんも、ふっと柔らかく笑ってくれる。まるで宗教画みたいな美人な姿に、おお……と心の中で声を漏らした。そりゃ、アズマっちも毎日これを見てたらドキドキもするだろうと深く納得する。しかも、相手がこっちを好意的に見てくれているなら、好きになっちゃうのも仕方ないなと思った。 「すまない、本当にいいのかね」  オレのベッドへ腰かけたシルヴィオさんが、心配そうに声をかけてくる。オレはマットレスを床に引きながら「大丈夫ですって~」と笑った。 「ガリア族といえば、ドワーフの次に丈夫なのが取り柄ッスからね。床のほうがかえって落ち着くとこもありますし」  笑ってそう返し、布団をかぶって転がる。最近のマットレスは優秀だ。床の上でも硬さは感じない。オレは来客が来るたび、こうしてベッドを客に渡して自分は床で寝ていた。  シルヴィオさんはなんだかんだと理由を付けて、自分が床に寝ようとしていたけど、オレも得意の話術で一歩も引かなかった。いや、「他人のベッドで寝るのは衛生的にも生理的にも無理」とか言うなら、譲っても良かったんだけどね。それにシルヴィオさんは、オレの話もちゃんと聞いてくれるいい人だったから、結局ベッドで寝ることを納得してくれた。  そんなこんなでオレが横になると、シルヴィオさんも諦めがついたらしい。おずおずベッドへ横になってくれた。少し電気の明かりを落とすと、スマホを取り出す。眠くなるまでの日課、SNS巡りをしていると、「君」とシルヴィオさんが声をかけてくる。 視線を移すと、彼はオレのほうを見つめていた。 「君にも兄弟がいるといっていたな」 「あ~、いますよ。上と下にひとりずつ」 「君は、……兄をどう思っている?」  シルヴィオさんの言葉に、オレは考えを巡らせる。  たぶん、シルヴィオさんはオレと弟さんを重ねて考えようとしているんだろう。でも、オレは彼の弟じゃない。家庭環境も種族も年齢も、きっと全部違う。シルヴィオさんほどのエルフが知らないわけもないけど、きっと参考になる部分がないか知りたいんだろう。 「まあそっスね~。正直なトコロ、嫌な時も多いッスよ。やっぱ比べられたりもするし、アニキは年上ぶってエラソーに説教してくることもあるし。ゆーても歳数年しか変わらんし、オレはアニキじゃないのに説教される筋合いなくないスか。なもんで、マジウゼーって感じることも多いスね」 「……そう、か……」  声でわかるぐらい落ち込んでる。エルフにもこんな一面があるんだなぁ。やっぱり、見た目や習慣が違うだけで同じ人類なんだと感じて、クスっとしてしまった。 「までも、家族ッスから。心から嫌いとか、そこまでは思ってねっすよ。いや若いころはどうだったか微妙いけど。アニキの言うことも全部的外れだったら、そもそも知ったこっちゃないし。正しいトコも有っから、嫌だなって思うトコもあるし。正論ぶつけられても気持ちは追い付かねえ~、っていうか」 「……ふむ……」  シルヴィオさんは考え込んでいるようだ。オレはぽつりと「弟さんのこと、大好きなんスね」と呟く。 「ま、オレも弟のことはかわいいかも。あでもどーしよ、オレもウゼーって思われてんのかな。だったらガチ凹むかも」 「そうだな、私には兄がいないからわからないが、弟は可愛いものだ。特に末の子は愛しいものでね。まだ幼いから心配なのだ。それなのに……」 「あーつまり、一番下の弟さんに反抗期されたんスね? いくつぐらいなんスか?」 「そうだな、人間に例えるなら……成人して少し、といったところか」 「じゃー、オレらとそんな変わらないんスね」  そう呟いてから、ん? と首を傾げる。もう成人してる弟に、そんな口出しすることあるか? もう大人なんだから、個人の自由じゃね?  いやでもなぁ、エルフって年齢の幅デッカいもんな、成人してるっていってもシルヴィオさんからみたらヨチヨチ歩きの赤ちゃんみたいに見えるのかな……。まあ、家庭ごとに事情があるんだろ。深くは聞かないでおこう。 「まあでも、やっぱ事実とは別に感情ってあるスからね。弟さんの気持ちも、ちゃんと聞いてみるのもいんじゃないスか? 案外、お兄さんも知らなかったこととかあったりするかもですよ。腹を割って話す……みたいな? いや、よそ者がエラソーなこと言って申し訳ないんスけど」 「……いや、ありがとう」  シルヴィオさんはややして「すまない、君は眠ると良い」と言って背中を向けてしまった。オレも少し表情を緩めて、スマホに視線を戻す。  シルヴィオさんと弟さん、上手くいくといいな。そんなことを考えながら、オレはいつもどおりの夜を過ごした。30分ほどして、オレも瞼が落ちてきて、寝るためにスマホを手放す。  睡魔が落ちてくるまでの少しの間、ウトウト現実と夢の合間を彷徨っていると。 「……ラゼル……」  また、シルヴィオさんが呟いた。オレはぼんやり、それが弟さんの名前なのかなと思いながら眠りに落ちていった。

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