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第2話 2、PTSD

 数日後、冷司は久しぶりに図書館に行って、いつもの角席に座り本を広げた。 全く勉強する気を失い、家でぼうっと過ごす日々が続いたのだが、母親も色々言ってくるし気分を変えようと出てきたのだ。 しかし、やはりいつもの時間になっても彼が現れるわけもなく、本を開いているだけで目を通す気も起きない。 頭の中で、あれからずっと決意を固めている。 眠っては夢の中で、光輝と電車で遊びに行く夢を何度も見ては落ち込んだ。 電車、せめて電車に乗れれば………… あの時光輝の勤める店にも行けたのに。 電車…………駅………… そうだ。 そうだ、今日、せめて駅まで行ってみよう。 今度会った時は、普通に光輝と一緒に電車に乗りたい……… 会いたい、会いたい、 冷司の中で、彼を大事に思う気持ちが、こんなに大きく占めていることに、少し戸惑いながらうつむいて笑った。 ガタン! 突然、光輝がいつも座る隣のイスが乱暴に引かれた。 ドキッと見上げると、知らない男が本を手にしている。 「あ……」 思わず目が合い、ジロッと睨まれた。 冷司の背に、サッと冷たい物が走る。 その男の視線が、暗く重い記憶を思い起こさせる。 心臓がドキドキと緊張して鼓動を強く打ち、それが次第に早くなって行く。 手がかすかに震え、浅く、早くなる呼吸に胸苦しさを覚えながら、目を閉じて何とか整えようと努力した。 駄目、駄目だ。やっぱり駄目だ。 冷司は小さく首を振り、本を慌ててたたむと片づけ、逃げるように違う席を探す。 壁側の席は少なく、今日は人が多い為にどこも誰かが座っていて、あいていても誰かの隣だ。 せめて左右、隣の席との間に空席を置きたい。そうしないと耐えられない。 中央の机に行こうか、。 迷っていると、スッと真横を大柄の男が通り過ぎ、冷司はビクンと驚きつんのめってしまった。 「あっ」 ガタン! えっ?と男が、ぶつかった訳でもないのにと訝しい顔をする。 「す、いません」 視線に耐えられず、冷司は青い顔でカバンを抱きかかえ、急いで場所を変えようとした。 ドンッ!「あっ!」「キャッ!」 バサッと、ぶつかった女性が手から荷物を床に落とす。 「もう、なに急いでんの?」 「ご、ごめんなさ……」 冷司はパニック状態のまま、床に散らばったそれに手を伸ばす。 しかしそのまま四つん這いで、手足が動かなくなってしまった。 「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあはあはあ」 息が、苦しい。 動けない。 「どうしたの?ねえ。きゃっ!」 女性が彼の背をポンと叩くと、驚くほどにびくんと跳ね上がる。 冷司は真っ白な顔をして、自分の荷物もそのままに、出口に這って出ようとあらがい始めた。 「ちょっと、あなた大丈夫?誰か!」 ザワザワとした中を、図書館のスタッフが驚いて集まってきた。 「大丈夫ですか?どうしました?ああ、樹元君?樹元君だわ。誰か手を貸して。」 「また?樹元君?今日は一人?」 たくさんの声が冷司に集中し、無数の視線が集まってくる。 誰か…………誰か、誰か!コウ!光輝! たすけて! 声にならない声を上げ、そのまま意識が遠くなって行く。 「お、願い……家には……言わない……で…………」 「樹元君?あの事件の?」 どさりと横になり、何か記憶を探るようなその女性の声に見上げると、ぼんやりとポニーテールが揺れていた。 冷司の目が覚めた時、目を開けるとそこは図書館の一室だった。 子供達の声が壁の向こうから聞こえ、見慣れた木が窓の外にちらりと見える。 タオルケットが掛けられて、カーペットの床に寝かされていた。 これじゃ、駅……行けないな………… しばらく発作が無かったから、油断してた。 やっぱりまだ、治ったわけじゃ無いんだ…… ぼんやり思いながら、もぞっとタオルケットを引き上げ、顔を伏せた。 「あら、気分はどう?」 声をかけられ、ハッとする。 母親の顔が、ドンと頭に浮かんだ。 「母には?連絡したんですか?」 「あなた連絡しないでって言ってたから、電話しないで様子見ましょうって。 ここの人、相当迷ってたけど、お母様に気を使っているのね」 ほうっと、息を吐いた。 「すいません、またご迷惑かけたようで」 「倒れるの、初めてじゃないそうね、樹元君」 あれ?図書館の人じゃない……? 返事も忘れ、彼女の手元を見ていると、若い女性はトントンッと本をそろえガサガサと大きな紙袋に資料らしい物を入れる。 その袋には、小さく週刊誌の名が印刷してあった。 「週刊誌?図書館の人じゃないの?」 冷司がそれを見て、眉をひそめる。 「あ、しまったなあ。ばれちゃった?私、川池美奈よ、よろしく」 女性はぺろりと舌を出し、さっと名刺を出す。 揺れるポニーテールに冷司がハッと目を見開いた。 彼女こそ、光輝が密かに思いを寄せていた女性だ。 以前一度、本を探していたときに気が付き、光輝が嬉しそうに教えてくれた。 「私のこと、覚えてる?ほら、事件のあと取材に行ったじゃない?」 覚えてない。 来た奴、みんな僕は会うことが出来ずに追い返してもらっていた。 「お父さん、お元気?私、一度銀行の方へ取材に行ったことがあるのよ。 まあ、追い返されたけど」 女性は愛想良く聞いてくるが、冷司は無視して答えない。 やがて起きあがりタオルケットを畳んで、ゆっくり立ち上がり、ふらつく足下をグッと踏みしめながら、テーブルにある自分のカバンに手を伸ばす。 すると、さっと横からカバンをさらわれた。 「PTSD?やっぱりね、酷い事件だったもの。送ってあげるわよ。遠慮しないで。」 「返してください。自分で帰ります。」 「顔色悪いわよ、鏡を見てごらん。また倒れたい?」 はあっと大きくため息をつく。 ここで彼女と言い合う元気は今の冷司にない。 それに、バスにも乗りたくない。 タクシーを頼むのも面倒だ。 冷司は仕方なく、彼女に送ってもらった。

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