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第18話 冷司がヤバい
光輝は勇二の兄、雄一と連絡を取り合い、夕方彼の車の中にいた。
2人ともなにを話していい物かわからず、雄一が重い口を開く。
「あんたの言うとおりだったよ。
俺は弟の気持ちが全然わかってなかった。
……おかげで、弟と久しぶりにまともに話した。
弟は、とても落ち着いていた。
俺は、俺自身が弟を見ないようにしていたんだ。
足が悪くなったあいつを、可愛そうだと決めつけていたのは俺だけだった。
あいつは、引きこもりじゃなくて、漫画描いてたよ。
驚いた。
SNSで随分人気でていた。
今度同人誌作るから、一緒に売りに来いだってさ。
なんだ、弟は自分でちゃんと自分の道作ってた。
俺は馬鹿だ」
「ふうん……
じゃあさ、謝れよ。
ちゃんとさ。冷司に謝罪しろ」
「わかってる。わかってるよ。
そこだ、その脇にシャッターのある大きな家。あれ?今日はシャッター開いてるな。
車がある?親父さんかな?」
「えっ?あのきれいな家?」
見ると、真っ白な随分大きくてきれいな家だ。
門の横にデカい車庫があり、1つシャッターが開いて大きなRV車が斜めに突っ込んであった。
考えてみれば、冷司は育ちが良さそうなイメージがある。
なのに、いつも金を持ってなかった。
昼ご飯一緒に食べに出た時も食欲が無いからと言ったけど、安いのを探している様子で、おごるって言うのに断ってばかりで、誘ったのを後悔したっけ。
いつもお金をひどく気にして、バス停までどんなに暑くても必死で歩いてた。
スマホもパソコンも、買えないって。どうしてだろう?
「ああ、親父さんが銀行の偉いんだってさ。
今は息子の事件でちょっと飛ばされたらしい。
被害者なのに、被害者の名前はマスコミに出るからな。
加害者は未成年でA君なのに、理不尽だよ、ほんとに」
「その、加害者って奴は?」
「刑務所。逃げる時あと2人被害者出して1人死んだ」
それって何年か前に起きた事件?
なんだったっけ?よく覚えてない、
近くのコインパーキングに止めて、家に歩いて行く。
心臓が、ドキドキする。
なんと言えばいいのか、昨夜からずっと考えていた。
それでも答えが見つからない。
きっと、冷司を前にして、スッと出る言葉が正解だと思う。
雄一が何度かチャイムを押す。
しばらくして、お母さんの声らしい女の人の声が聞こえた。
『 今、取り込んでて……あの、またにして……
母さん!駄目だ、消防呼んで!鍵は開いたけどドアが開かない! 』
遠くの声が、はっきりインターホンに入った。
雄一と光輝が顔を見合わせる。
「すいません、冷司の友人です。力になりたいので失礼します」
門を勝手に開けて中に入り、玄関を開ける。
「冷司!冷司!兄さんだ!開けろ!!」
2階から大きな声がして、母親がおびえてリビングで座り込んでいる。
「冷司の友人です!入ります!」
2人で玄関ホールから廊下に上がり、リビングに入ると吹き抜けのある部屋の広さに面食らう。
大きなテレビのあるリビングの奥にはダイニングがあり、更に奥にはシステムキッチンが並んでいる。
左の正面には大きなガラス戸の向こうに、雑草が生えた芝生の庭が広がっていた。
「何で……冷司は金を持ってなかったんだよ」
信じられない面持ちで、豪華な部屋を見回す。
「光輝君、上だ」
右の壁際の階段を見上げると、上には手すりが見えている。
ダイニングの上に2階の部屋の一部の床が張り出し、部屋は2階にあるようだ。
階段を上ると、廊下が逆L字になっていて、奥の部屋のドアはの奥へ続く廊下に沿ってあるのに、一番手前の部屋は居間から見える位置にある。
その手前の部屋の前で冷司の兄らしい人が格闘していた。
「開かないんですか?」
「鍵は開いたけど開かないんだ。
この感じ、本棚だと思う。
以前から何かあると本棚とボックス倒してバリケード作ってたから。
クソッ、あの本棚捨てれば良かった。
他はみんな外開きなのに、弟の部屋だけ内開きになってて……」
「どいて下さい、壊してもいいですか?」
「構わない、頼む、助けてくれ」
雄一が、ラグビー仕込みの筋肉を盛り上がらせた。
思い切り何度も体当たりをかける。
ドーン!ドーン!メキッ!バリィッ!!メキメキッ!
派手な音を上げて、家が揺れた。
ドアの上の蝶番が外れ、上半分斜めに開いた。
凄い、この体格の体当たりでも割れない、なんて丈夫なドアなんだ。
「くっそう!君入れるか?」
「やってみます!」
3人で一番小柄の光輝が前に出ると、雄一が彼の足を持って抱え上げる。
ドアの上の隙間に頭を入れようとするが、入らない。
「鏡、鏡持ってきて!」
兄が隣の自分の部屋から持ってきた鏡を上の隙間から差し出し、なんとか部屋の中を見た。
それほど広くない部屋の中、チラリと冷司の足が見える。
「あっ!あっ!ヤバい!冷司が倒れてる!」
「やっぱり!」
「細長い本棚がかんぬきみたいに縦に置いてある。これは駄目だ。
外は?窓から入ります!はしごある?」
「2階まで届くのは無いな、買っとけば良かった」
光輝が隣の部屋に回りながら階下のリビングへ大声で叫ぶ。
「おばさん!救急車呼んで!冷司が倒れてる!
俺が外から入ります!
この家上等で頑丈すぎる」
廊下を進んで隣の兄の部屋から窓を開けてみる。
泥棒対策なのか、今の家はのっぺりしている。
だが運がいいことに、この部屋の下は階下の窓のサンが少し張り出して、ヘリに指がかかりそうだ。
母親が、電話をかけながら裸足で庭に出てきた。
電話を切って、呆然と見上げている。
網戸が閉まってて窓が開いてるかわからない。
「おばさん!こっち側の窓開いてる?」
母親が、何度もうなずく。
「こっちから行くの?無理じゃ無いか?」
「冷司の命にかかってる。
無理とか言ってらんない、俺も命かける。
俺は山育ちで、木渡りして遊んでた。だからやってみる」
兄が、ああとつぶやいた。
「君が光輝君か」
「そうだよ、俺が光輝だ。冷司はなんて言った?」
「何も言ってないよ、君が冷司の首にキスマーク付けたばかりに大騒ぎだ。
母親がヒステリー起こしてね、お前達は汚い連呼したおかげで、弟は母の食事が食えなくなってしまった。
もう一週間食ってないらしい」
「なんでだよ、なんで電話くれないんだよ。
俺が説明に来たのに、俺達は真面目に付き合ってるんだ」
「電話とパソコンは母が取り上げてしまった。
こっそり僕が渡したスマホも、全部。
みんな母のヒステリーにはウンザリ、オヤジも僕も家を出るとあまり帰らなくなってしまった。
冷司はいつ聞いても大丈夫しか言わないし、油断したよ。
冷司1人に押し付けた僕達も悪いんだ」
「そうだな、あんた達みんなで冷司追い込んでさ」
靴下を脱ぎ、窓から外に出て、狭いサンに足の指を引っかける。
「みんなで謝れ!この馬鹿野郎!!」
光輝は、吐き出すように怒りをぶつけた。
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