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第22話 愛情の裏返し
冷司の入院は随分長引いて、光輝は休みの日は冷司の付き添いを担い、リハビリにも付き合った。
「彼氏さん、これ、食間の薬飲ませて。よろしくね」
「はい、しっかり飲ませますんで、了解です。
あ、身体は俺が拭いてやりますけど」
「それは私たちの仕事だから」
「あ、すいません。了解です」
「もう、彼氏さん、気の利く人ねえ」
一般病棟では彼氏の彼氏で何だか有名になっちゃって、随分冷やかされたけど冷司はいつも嬉しそうだった。
2ヶ月間内科の一般病棟で、その後はリハビリ病棟に移る。
冷司は驚くほど体力落ちて、車いすが離せなくなってしまった。
せめて杖歩行まで持っていこうと目標を立て、光輝も仕事の合間に付き合って冷司も奮闘していた。
それは今年こそ大学を受けたいというのがあったのだが、もう12月だ。
諦めるしか無いほど、すでにタイムリミットは過ぎ去っていた。
「ああ、もう図書館に行けないな……」
リハビリから病棟まで戻る時、冷司がぼやく。
光輝が車いすを押しながら、何気なく聞いてみた。
「お母さん、最近来た?」
「……うん、たまに。
もう兄さんと一緒じゃないと、ここに来ることが出来なくなってるみたい。
正月に来るお父さんと一緒に行くって、引っ越しの準備してるらしいよ。
婦人会抜けて、凄く顔が変わってた。
ここに来ても、ずっと謝ってるからさ、僕ももう聞きたくない。
兄さんが、なんであんな物に入ったんだろうって。
父さんの昇進スピードが速かったから、いじめられてストレス凄かったらしいし。
やだね、どこに行ってもイジメがある。人間が嫌いになりそうだよ。
今は田舎に行くの楽しみだって、昔の優しい母さんに戻ってた。」
「そっか、良かったな。
いじめる奴は腐ってる魚だよ、臭い物嗅ぎに行くことないんだ。辞めて正解だね」
「うん……でさ、家、1人になるから、光輝が来てくれないかなって。」
「ああ、うん、話聞いた」
「そう、別れるまで一緒に住んでいいって。
また父さん達こっち来たら同居になるかもだけど。
その時はまた考えよう。とにかくゴミ屋敷にだけはするなってさ」
「ははっ、ゴミ屋敷か〜
て言うか、誰が別れるんだよ、一緒にちゃんちゃんこだろ?」
エレベーターに乗ると、誰も乗ってない。
「冷司、キス」
言われて冷司が横を向く。
光輝が横から口に軽くキスをした。
「んー、コウ、もっと」
「またゆっくりね」
「ケチ。ねえねえ、そのちゃんちゃんこって、なに?」
「バーカ、年取った祝いに着るんだよ、60才が赤、99が白、だっけ?
爺ちゃんが老人会入ってて、祝いの時はごちそう食えたから楽しみだったなあ」
「きゅうじゅうきゅう???僕無理だよ、そんなに生きる自信ない」
「何言ってんの、俺より先に死んじゃいけない。えーと、関白宣言だ!」
「なんか光輝って、昭和だなー」
ポーン
病棟階について、車いす押してエレベーターを降りる。
「んー、俺、シングルだった母ちゃんガンで死んで、山ん中で爺ちゃんに育てられたからな、仕方ねえ。
でも、だから母ちゃんがいる冷司はうらやましいんだぜ?
時間かけてもさ、関係修復して欲しい。ちゃんとな?」
「うん、わかってる。時間かかると思うけど、母さんの前に立って笑えるようになるよ。
光輝も色々あったんだね。あっ!えっ?勇二??」
廊下に雄一と、車いすで長髪に赤いキャップかぶった勇二がこちらを向いて手を上げた。
「よ、えーと、2年ぶりだっけ?お前なんで返事寄こさないわけ?」
勇二がこちらへキュッと車いすを寄せる。
さすがに車いす使い慣れて、切り返しも早い。
「ごめん……僕、まだ手が震えて字が書けないんだ」
「あーーー、違うだろ、もっと早く何でくれなかったんかって言ってんの。
俺、めちゃくちゃ怒ってんのかと思ってた。
この馬鹿兄貴が迷惑かけてたんだろ?
俺共々、兄弟で迷惑ばかりかけて、ほんとすまんかった」
勇二がぺこりと謝り、雄一が慌てて頭を下げる。
「すまなかった、怖がらせてばっかで。弟が謝罪の手紙書いてたの知らなかった」
4倍頭下げろと言われたのが効いたのか、雄一は膝に頭が付くくらい身体を折り曲げる。
「うん、お兄さん、本当に怖かったよ。掴まると投げ飛ばされてたし」
「えーーーーーーーーっ!!マジ?!だからほんとクソ兄貴!!」
勇二がボカボカ隣の兄の尻を殴る。
「すまん、ほんとうにすまん」
勇二が顔を上げ、光輝のことを聞く。
「そっちの、誰?彼氏っぽい」
「え?あ、うん、パートナー」
「そっか、いい人っぽいじゃん、良かったな。
俺はネット彼女いたけど振られたわ。女と思ってたら男で遊ばれてた。
くそったれ、引きこもりじゃリアルで彼女も彼氏も出来ねえから部屋を出ることにした。
引きこもって2年棒に振った。
でもあの野郎は15年だ。ざまあみろ、刑務所出たら首つって死ね」
毒づく勇二なんて久しぶり見る。
こんなに強そうに見えて、あの時は可哀想なほど弱っていた。
飛び降りたと聞いた時は、もの凄いショックで絶望感に襲われたっけ。
「勇二、性格変わったなー」
あんなに弱々しかったのに、冷司と逆転してしまってる。
「俺はネットの世界で生きて、叩かれるのにも慣れた。
俺、漫画描いてんだ。体験、強烈だろ?ネタには事欠かないからな。
冷司のこと書いたらいっぱい応援メッセージ来たからさ、プリントして手紙に入れたんだぜ?
だから読め!」
「わかった、兄さんに持ってきてもらうよ」
「俺、しばらくここのリハビリ通うから、また来る。
筋肉落ちてへろへろになってた、引きこもりは身体に良くない。
お前痩せたよなー、ひょろひょろじゃん。
警察官になるって、あんなに鍛えてたのに。
なんかさー、彼氏さん出来るのわかるわ。何かお前エロいもん」
ポッと、冷司と光輝が赤くなる。
「こっ、こら!勇二失礼だろ、お前口が軽いぞ!」
「兄貴だって、惚れてたんじゃねえの?
兄貴がストーカーみたいな事2年もやるなんて、ちょっち信じられねえよ」
え?っと、2人で見ると今度はボッと雄一が赤くなる。
正解か。乱暴は愛情の裏返しだったらしい。
「わかりやすい奴、そんなんじゃ恋愛は無理っぽいよ、なー冷司。
それじゃDVじゃん?」
冷司がうつむいて唇を噛む。
ニッコリ、笑って光輝が冷司の前に出た。
「あんたラグビーやってんだろ?
どこなら殴られても支障が無いんだ?殴らせろ、俺は絶対許さん!」
殴られたあとなんて作ったら、出場停止にもなりかねない。
雄一が凍り付いた時、弟の勇二が兄をにらみ付けた。
「冷司に手ぇついてあやまれ、弟を自殺に追いやった奴と同じようなことしやがって、このゲス野郎。
俺も許さん。冷司に土下座して謝れ。
俺がどんな気持ちで屋上から飛び降りたか、知らんとは言わせん。
俺は今でも時々飛び降りる恐怖で飛び起きるんだ。
土下座して謝らんと、もう兄貴と呼ばん」
勇二はお父さんの仕事の関係で、あちこち転校したのでなまりがある。
それがイジメの標的になった。でも、冷司は温かみがあると思う。だから許せなかった。
「勇二、ありがとう。もういいんだ」
「駄目だ、これはけじめだ。でないと俺は、冷司に顔向け出来ん」
弟の強さに気圧されて、雄一が青ざめてよろめく。
その場に膝を付き、冷司と光輝に土下座した。
「つきまとい、暴力振るって申しわけありませんでした!!」
驚いて2人がどうしようもなく見回す。
廊下にいた人や病室からも、何ごとだと顔を見せる。
しかし、勇二はニッと笑い、冷司に手を差し出した。
「冷司、車いす慣れた?向こうの広いとこで曲がる時のコツ教えてやるよ。行こ!
兄貴!いつまで這いつくばってんや、行くぞ!」
勇二が冷司を誘って廊下の広いところへと誘う。
光輝は車いす押しながら、ようやく頭を上げた雄一をチラリと見て吐き捨てた。
「バーカ」
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