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第21話 冷司にも夢があったんだ

丁度エレベーターホールで、冷司の兄と出くわした。 ちょっといい?と声をかけられ、時間に余裕があるのでうなずく。 近くの自動販売機でコーヒー買って、並んで長椅子に座った。 冷司の兄は垢抜けたスラリとした美青年だ。 こういうのがイケメンって言うんだろう。 冷司も美人系だから、きれいな兄弟だ。 お母さんも、普段はきっときれいなんだろう。 俺は髪を振り乱した姿しか見てないけど。 ため息を付き、話し始めた言葉もきれいだった。 冷司は意識が戻った時、ずっと怖い怖いというので、医師が何かあったのか聞いて欲しいというので母親に聞くと、彼女は冷司を精神的に追い詰めて、ストレスのはけ口にしていたと話したそうだ。 「もうね、あれは母親じゃ無かったんだよ。 心配という免罪符で、弟を監視して管理して、追い詰めていたんだ。 僕が家を出た時は、そこまでなかったからね。 冷司と連絡取りたくても、家の電話は母しか出ない、いつかけても冷司は留守。 メールしても返事は無い、LINEも既読がつかない。 雷でも落ちて、全部壊れたのかと思ってた。 でも何度言っても母は新しいスマホ1つ冷司に買ってくれないし、僕が買い与えても連絡が付かない。 不思議に思っていたら、全部母親に取り上げられていた。 ここまで弟が母に追い込まれてたなんて、そこまで想像つかなかった。 冷司にとって、あの家は地獄だったろう。 でも、僕らも悪いんだ。 母さんだけを責められない。 僕と父さんは、フリーをエンジョイしてた。 父さんは、転勤決まった時、単身赴任したいと言ったんだ。 心配で、家に冷司を1人残したくなかった。 母さんは赴任先の生活を張り切って口にしていたから、母さんにとって、それは裏切りのように感じてひどく傷ついただろう。 母さんは、あれでも家族みんなでいることを大事にしてた。 いっそ、冷司も連れて3人で行けば良かったんだ。 本当に、僕らは鈍感だったよ。 君には助けられた、礼を言う」 「いえ、俺は結局何も出来なかったし…… あいつの事情も知らなくて」 「いや、こうして毎日面会に来てくれるなんて、僕らはそれだけで感動してる」 感動なんて、言われたら恥ずかしくなる。 光輝が思わず赤くなって頭をかいた。 「で、これからの話なんだ。 父さんはすぐに戻るつもりだったんだけど、赴任先で来年から本格的に任されることになってね。 母さんは、それで向こうに行くことになったんだ。 もう冷司と2人暮らしは無理だろうし。何より冷司が耐えられないと思う。 僕は一応、退院したらしばらく冷司の面倒見るつもりだけど、大学が遠いから負担になる。 それで、悪いけど、考えてくれないかな。 あの家で冷司と暮らすこと。 うん、まあ、こっちの都合押し付けることになるのはわかってる。 つまり、さ…… 君に、冷司の世話を押し付けることに、なってしまうんだろうけど」 普通の男なら、冗談じゃ無いって所だろう。 半分は介護になるかもしれない。 だが、光輝はそんな事より他を気にしていた。 「え?ああ、なるほど、そう言うことですか。 でも、お母さん、いいんですか? 自分の家で息子が男と暮らすって……、付き合うのも反対でしょ?気持ち悪くないんです?」 冷司の兄は、ヒョイと肩を上げる。 「いや、今はそうしてくれる方がいいって言ってるよ。 冷司は母親がモンスターに見えるって言うんだ。 彼女がそうさせたんだ。文句なんて言わせないよ、言う資格も無い。 僕に言わせるとね、お前が出て行けだよ、親だけど。最低だ。 あの冷司がストレス発散のはけ口にされて、耐えられるわけ無い。 あの子は10リットル越える輸血でやっと生還したんだよ? まだ二十歳なのに、すでに身体中、満身創痍で生きてるんだ。 支えるべき親としてあり得ない、こんなの、当然の結果だよ。危うく殺されるところだ。 2度も殺されかけるなんて、心理的に耐えられないよ。本当に、君がいて良かった。 僕はそう思う。 まあ、そう言うわけで、考えといてよ。 あの、手のかかりそうな弟だけど。 優しくて、いい奴なんだ。小さい時から、正義感の塊だった。 小さい時から元気いっぱいで、身体を鍛えて、警察官になるのが夢だったんだ。 ひどいもんだよ、逆恨みで全部壊された。 退院してからも、身体はすっかり衰弱して、すぐに消えそうで怖いほどだった。 でも、君とちゃんと恋してる。 僕はホッとしたよ。 これから、出来れば……支えてやって……欲しいんだ」 ギュッと、膝の上で握る手が、白くなる。 警察官……か…… あいつにも、夢があったんだ。 そうだよな、同じ男だ、夢があって当然なんだ。 「わかりました。 丁度俺、引っ越し先探してたんで…… そうですね、下宿という形で構いませんから、家賃も払っても構いません」 「いらないよ、2人で使ってよあの家。 デカすぎるけど、たまに僕も帰ることあると思うし。 親も帰ることあるだろうし。 うちの家族が集う家である事に変わりない。 あの家、預かって欲しい」 「わかりました。家と冷司、面倒見ます。みさせてください。 俺も助かりますし」 冷司の兄、美紗貴の名刺をもらって、後日連絡を約束する。 光輝はふと、肩の荷が下りた気がした。 これでひっそり会うことも無い。ずっと一緒に生活出来る。 冷司は病院とは縁が切れないだろうけど、祖父が死んでから一人暮らしの長い自分には、誰かと暮らせる喜びの方が大きい。 兄と別れ、職場に向かう光輝は、2人で暮らす事を想像すると、自然と顔がゆるむ。 「冷司と、暮らせるんだ。冷司と…… 引っ越しの準備しなきゃ。そう言えばあの家……庭があったな。 随分荒れてたから手がかかるぞ、きれいを維持するのは大変そうだ」 でも、きれいにして、家に残る嫌な思い出を払拭させたい。心安まる所にしたい。 頑張ろう。俺らしく自然体で。 冷司が安心して暮らせる家を取り戻そう。 光輝は、誰かの為に生きることが、次第に心地いいと思い始めていた。

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