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明日、一緒に歩こう 第1話 6年後
6年後……
冷司が大学の授業を終えて、時間を見る。
彼は通信制の大学に入り、今年4年目だ。
体調不良の単位不足で去年進級出来なかったので、あと一年頑張ってから卒業する予定でいる。
だが、その先も考えねばならない。
光輝は俺が稼ぐからと言うけれど、自分も働きたい。
カウンセラーを考えていたけど、実習があるのであきらめた。
なんの仕事もハードなことは必ずある。
司書の資格を取って図書館の司書になりたかったのに、重い本を持って歩くのは無理だと思う。
身体の弱い自分に出来る仕事を、ずっと探しながら大学の授業を受けている。
自分も、何かの役に立ちたいんだ。
一息ついて、教科書を閉じて杖を取り、部屋を出た。
階段に来ると、椅子式のリフトに座る。
スイッチを入れると、ゆっくりリフトは降りて行く。
これのおかげで、2階を使えるようになったのだ。
父には書室を返したけれど、いつでも使えるようにと、元々冷司の部屋にあったシングルのベッドを置いている。
ダブルベッドは2階の奥にある部屋に入れた。ここは寝室と、冷司の勉強部屋だ。
そう、冷司の父と母が去年転勤で帰ってきたのだ。
どちらかが家を出るかという選択肢もあったが、光輝と冷司の生活は変えない、それが嫌なら庭に水回りを建てまして2世帯にするか、どちらかが出るという条件で同居になった。
「あら、授業終わったの?コーヒー飲む?」
「うん、晩ご飯なに?」
「ハンバーグよ、ソースは何がいい?」
「普通にケチャップとワインかな。
光輝の作ったキノコソースが美味しかったけど、レシピ知らないし」
「あらそう、食べてみたいわね。光輝さん、ハンバーグ大きい方がいいかしら?」
「そうだね、1.5倍?」
「ホホ、あの子よく食べるわよね。好き嫌いもないし。
家事も料理も上手だから助かるわ」
「そりゃあね、プロだもの。彼の料理は最高だよ」
「あらあら、ごちそうさま」
冷司は最初、母とは多少確執が残っていたが、それを仲立ちしてくれたのは光輝だった。
母と家事を一緒にやる光輝は、まるで本当の親子のように馬が合って、いい関係を築けている。
父親は相変わらず忙しい人だけれど、光輝は昼懐石専門になってくれたので、早朝出勤で夕方には帰ってくる。
おかげで、家族はトラブル無く過ごしていた。
「母さん、さ」
「なに?」
「自分のしたい事していいよ。僕は自分のこと、自分でやれるから」
「してるわよ、私はあなたにつぐないがしたいの」
「有り難いけどね、いらないよ。僕はお母さんの重しになりたくないんだ」
母の手が止まる。
傷つけたかな、光輝がいる時言うべきだったかなと思う。
でも、これは親子で解決した方がいいと思った。
「そうね、重しとは思ってないわ。家族だもの。
でも、あなたはもう26の男だものね、自分のしたいことを自分の意志で動いていいのよ」
ビニールの手袋して、ハンバーグの種をギュッギュッとこねる。
母が光輝を受け入れたのは、意外と早くて僕が救急車で運ばれた時らしい。
立ち尽くす自分の手を光輝がサッと握って救急車に引っ張った時、もう僕に必要なのはこの人なんだと気持ちが切り替わったと話していた。
通りで気がつかなかったはずだ。
ミンチをこねる手を止め、ふと、母が顔を上げた。
「私、トマト植えたいわ。そうね、庭を家庭菜園に出来るか、お父さんに聞いてみようかしら」
「いいね!僕も手伝えるかな?」
「もちろんよ、お水をかけたり肥料をまくのはあなたでも出来るわ」
「いいじゃない!僕もやってみたい」
その話は大歓迎だ。冷司は自分も土いじりをやってみたい。
お湯が沸いて、コーヒーを入れる。
クッキーを2枚、皿に出して食卓に置いた。
庭に眼が行く。
雑草だらけだった庭は、光輝が休みのたびに手入れして、とりあえず雑草は消えた。
だけど、芝生ばかりで華が無い。
最初の頃は花を植えていたけど、僕が手入れに集中しすぎて2回倒れた。
2度目が最悪で、彼が帰るまで庭に倒れたままだったんで、また救急車に乗るハメになって、退院したら芝生に戻ってた。最悪。
家庭菜園か。
父さんも来客は昔ほど多くないし、確かに畑が出来るのは悪いことじゃないなと思う。
ガチャンッ
「ただいまー!光輝が帰ったぞー!」
玄関から、元気な声がする。
「あれ?今日は早いね」
冷司が杖を取り、玄関に迎えに行く。
「お帰り、早かったね」
「たまには早く帰れってさ。魚屋でいい鯛があったんで買って来た。
カルパッチョ作ろう、冷司好きだろ?」
「うん!今夜ハンバーグって」
「お、いいね」
お帰りのキスを交わし、冷司が光輝と手を繋いでリビングに入る。
「お義母さん、帰りました。着替えてきます」
「お帰りなさい、今夜ハンバーグなの、ソース頼めるかしら。
冷司があなたのキノコソース食べたいって言うの」
「了解でーす」
光輝が冷司と顔を見合わせニッコリ笑って、冷司に魚の袋を渡すと、光輝は2階に上がっていく。
元々の冷司の部屋は、今はクローゼットに使っていた。
間の兄の部屋はそのままだ。
彼はいまだに独身で、時々帰ってくる。
彼女はいるらしいのだが、随分年下で言い出しにくいらしい。
食事の支度をしていると、冷司の父親が帰ってきて先に風呂に入る。
彼はいつも風呂が先だ。
それが気持ちの切り替えらしい。
晩酌に光輝とビールを飲んで、カルパッチョに舌を打つ。
「あー美味い、光輝君の料理は美味いなあ。
いや、お母さんの料理ももちろん美味いよ?」
「あら、私も光輝さんには敵わないからいいわよ。
ねえ、今の居酒屋さん長いのでしょう?ランチ懐石だけじゃ勿体ないわね」
母の言葉に、冷司が驚いた。
慌ててブンブン首を振る。
「駄目駄目!ランチ専用になるまで、僕はいっぱい待ったんだからね!
また帰りが不規則になるなんて、僕は嫌だよ」
「冷司、食事の時は大きい声出さない。
マナーだよ?」
光輝が指を振って首も振る。
冷司がしゅんとした。
「だって、飲食業は夜のお仕事が多いんだもの。
光輝と一緒の時間が減るのは嫌なんだ」
クスクス父親が笑う。
本当に、嫌になるほど2人はべったりだ。
帰ってきて、自分たちがいても生活を変えないと宣言しただけに、ソファでテレビを見る時は光輝の膝枕、風呂も一緒に入る。
父親は妻の反応を心配したけど、覚悟していたのか意外と受け入れて、ソファでテレビを見ていても、自分も夫に持たれてくるようになった。
互いに夫婦仲が良くて問題ない。
だが、それで心配も増えていく。
光輝と冷司は、互いに依存が強いと思うのだ。
「冷司、お前が光輝君を独り占めしていると、光輝君は好きなことが出来なくなるよ?」
ハッとして、冷司が光輝を見る。
光輝は視線を落として何かを考えているようで、一瞬冷司の心に不安が走った。
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