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明日、一緒に歩こう 第2話 自立しなきゃ!
うつむいた光輝に、冷司が不安になる。
夜1人で過ごすのは、とても寂しかったからだ。
今は両親がいるけど、父親は書室にこもることが多いし、また母親と二人っきりの時間が増えるのは怖い。
「光輝、お仕事増やしたいの?」
「んー、そうだなあ。
ランチ懐石は好きなことさせて貰えるし、お客さんの反応も良くて面白いかな。
最近は予約で埋まることが多いし。雑誌に掲載されることが増えたんだ。
店の売り上げが昼夜逆転することもあって、居酒屋形態を変えようかって話もあるんだけど……」
「おや?何か他から話しがあるのかね?」
話そうか迷う光輝が、大きく息を吐く。
「実は、ホテルに来ないかという話をもらってて」
「ホテル?どこ?」
「クイーンベルホテル、懐石レストランに来て欲しいって。
でも、オヤジには恩があるから迷ってる」
「クイーンベル?いいホテルじゃない。
お給料も増えるんじゃない?」
「はあ、今の倍出すって言われてるんすけど、俺にそんな価値があるとは思えないんすよねえ」
「行くの?行きたいの?」
「いや、今のところ保留。
オヤジは好きにしろって言ってくれたけど、冷司が具合悪い時も色々融通してくれたから、俺としては現状維持で考えてる」
「そうなんだ。
うん、僕は光輝の決めることには従うよ。
ホテルに行って不規則になっても我慢出来る」
我慢出来ると言いながら、冷司は真っ暗な顔している。
光輝が苦笑して、彼の頭を撫でた。
「もし行っても週休2日だし、仕事は2交代だから、2人の時間は取れるよ。安心しろ」
「うん、僕のわがままなんだ。わかってる。
2人の時間を大事にするよ」
「お前は健康第一、ほら、もっと食え!」
「うん、食べる!
今日ね、1人で階段上って降りられたんだよ!ゆっくりね、嬉しかった!」
「えーー、マジか?
あー、家では上るなよ?家では必ずリフト!俺の心配増やすなよ?
落ちたらお前、死んじゃうんだからな?」
「もう!わかってるよぉ、せっかくいい話来てるんだから、僕は自重します!」
「赤ん坊はな、歩き始めの事故が多いんだ。心配だなー」
「僕は赤ちゃんじゃ無いんだから!もー!」
冷司の顔が真っ赤になる。
「あらあら熱いこと。光輝さん、家では私が見ているから大丈夫よ。
そうそう、今度、庭に家庭菜園作ろうって言ってるの」
「へえ、いいっすね。でも、土を入れないと、ここの土じゃ痩せてるかな?」
「僕も手伝うんだ!」
「お前は水かけだけな。また倒れたらこっちの心臓が止まるよ」
「もう!わかってるよ!」
冷司は何か言うと心配が返ってくる。
身体は相変わらずで、ちっとも進歩が無い。
あの死にかけた一件から、彼の身体は普通の事でも無理になる。
それにもどかしさを感じるようになった。
翌日、父親が出かけると、母は早速造園業者に庭の相談を入れる。
すぐに業者がやって来て、田舎の家庭菜園でどう言うものを育てていたか、話が弾んで居間からは楽しそうな聞こえた。
2階の部屋にいた冷司が開け放していたドアを閉め、1人不満そうな顔でパソコンに向かう。
ちっとも先生の話が頭に入らない。
休憩に入ると、ベッドに寝転がった。
「僕だけだ。僕だけが思ったこと1つも出来ない。
みんな思ったことはすぐに出来るのに。
僕はちっとも成長しない。
もう光輝と暮らして6年もたつのに、リハビリを数日休むとすぐに足は動かなくなるし、みんなと普通に動くと夜には熱が出る。無理すると次の日は動けない。
僕は相変わらず低空飛行でやっと生きてる。なんで?こんなに頑張ってるのに」
もどかしくて、イライラする。
前はただ泣いていた。
でも……そうだ、こんなに悔しかったっけ?
リハビリに行くと、首から下が動けない人もいる。
声も出せない人もいる。
「こんな身体でも、自由に動けるだけ、自由に飲み食い出来るだけマシだ。
恵まれてるんだ。
こうして大学だって、授業受けてる。
車いすで、月いちの登校も出来てるし。今年は単位落とさないでやってる」
自分に言い聞かせても、ちっともイライラが治まらない。
わかってる、きっとお父さんの言葉が突き刺さってるんだ。
“ お前が光輝君を独り占めしていると、光輝君は好きなことが出来なくなるよ? ”
僕は、1人で立たなきゃ行けないのに。
光輝の足は絶対引っ張りたくない。ちゃんと自立しなきゃ!
自立の為に、通学したいな。
自分の足で、車いすなんか使わずに。
足が不自由になったのは、事件で神経を傷つけられてからだ。
あんな事件、すべて克服したい。
ふと、リハビリで階段の上り下り出来たことが思い出された。
あれは、凄い自信になった。
今まで出来なかったことが、すんなり出来た。
何だか、昔のように何でも出来るような気分になった。
いいや、気分じゃ無い。最近筋力上がったし、杖で歩くのがちょっと早くなったじゃないか。
バッと起き上がって、杖を取った。
部屋を出て廊下を何周か歩き、なんとなく行けるような気がして階段を見下ろす。
リフトのレールに手を載せ、ゴクリとツバを飲む。
このくらい降りれないと、バスにも乗れないじゃないか。
前みたいに図書館くらい1人で行けるようになれば、もっと活動の幅も広がるし。
うん!
リハビリでもあんなに褒めて貰えたし、自信が付いてる今なら……
大丈夫!
レールをしっかり握って、杖を一段下に付く。
ハッと歓談していた母親が視線を上げて気がついた。
「冷司!駄目よ!!」
構わず左足を一段下に伸ばして、右足で支える。
身体を支えきれず、ガクンと右膝が崩れ、左足がドンと降りた。
左足がその衝撃に耐えきれず、ガクンと膝が折れてその上、杖が滑った。
「あっ!」
ドタタタタ!ガタンダンダンッドンッ!!
「 冷司っ!! 」
血相変えて母親が駆け寄る。
一番下まで転げ落ちた冷司は頭を打って、一瞬意識が途切れた。
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