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明日、一緒に歩こう 第3話 人の気持ちがわかること

動かない冷司に、母がわなわな恐怖で凍り付いていると、造園会社の人がサッとスマホを取り出し、電話をかけ始めた。 「奥様!救急車呼びます!」 「お、お願い……」 頼みながら、気が遠くなって後ろによろめく。 嫌な記憶ばかりが思い出され、背筋がゾッとする。 すると、冷司がピクリと動いた。 「うう……いた、痛い……」 冷司が気がついて、痛みに顔を歪め、身体を丸める。 なに?何がどうなった?え?え?落ちた??なんで?なんで?なんで落っこちたの? あーー!どうしよう、怒られる、滅茶苦茶怒られるよおおお!! 「冷司!なんで無茶するの!動いちゃ駄目よ!そのままで」 母がホッとして背をさすっている間に、救急車の音が近づいてきた。 「ううう、ああー、やっちゃったよぉー、怒られる−」 「怒られなさい!光輝さんに連絡するから!」 「駄目ー、したら怒るー」 「何言ってんのっ!すでに激おこ案件よ!」 「うー何それ何で変な言葉知ってんだよぉ」 救急車で、かかりつけの総合病院へ運ばれて、全身の骨折がないか調べられた。 幸運にも打撲のみで、異常が無かったので、今日は帰宅して様子見になった。 ホッとしたのもつかの間、医師から怒られ、リハビリの指導員にも怒られ、父親にも怒られ、そして駆けつけた光輝には火が出るように怒られた。 「お前はっ!!何考えてんのっ?馬鹿?馬鹿ですか??! 何の為にお義父さんが金かけてリフト作ったって思ってんの?? 今でも車いす必需品なのに!なんで、よりによって階段の一番上から降りようとすんの??!!」 ガーーーッと火を吐くように怒られながら父の車で帰る間、母は泣いてるし、冷司はひたすら謝ってぐったりする。 もう、なんであんな事したのか、自分でも後悔しかない。 「だからー、なんか降りられる気がしたんだってば。うー、いったいよぉ〜 もうしません、もうしませんって」 「光輝君、大丈夫だから仕事に戻りなさい。私もオーナーさんに挨拶しよう」 「すいません、お義父さん。今日は早く上がりますから」 「いいよ、心配ないから、普通に働いておいで。頭はたんこぶで済んでるから大丈夫」 「はあ〜〜そうっすね、運が良かったっす」 「まったくだよ〜、あれだけ君がクギを刺してたのに、簡単に抜いちゃうんだから、うちの子は〜」 父親が、光輝を職場に送ってオヤジさんに挨拶した。 父親はメインバンクの副頭取で、オヤジさんと面識もあるのでにこやかに光輝を随分持ち上げてくれる。 ホテルの話もちょっと出たけど、そこまで育ってくれたのは嬉しいんですと言ってくれた。 お義父さんが帰ったあと、光輝がオヤジさんのあとを追う。 店に迷惑かけたけど、オヤジさんは何も言わずに光輝の肩を叩いた。 「オヤジ、急に抜けてすいません、ありがとう」 「いい親父さんじゃないか。 お前が男と付き合うなんてなあ。まあ男も女も、好きなら仕方ねえや。 子が欲しくても生まれないことだってある。そんなもんさな。 ははっ、俺も子供がいねえからな。 男嫁さん大事にしろよ」 「はい、うん、大事にするよ。 オヤジ、色々都合付けてくれてありがとう。俺はオヤジに感謝しても仕切れねえよ」 「まあ、お前のおかげで儲けさしてもらってるからな。 うちにいる間はよろしく頼むぞ」 「うん!来月のメニュー、もう考えてんだ。 あとで2,3作ってみるから、味見お願いします!」 「おうっ!」 バンッとオヤジが背中を叩く。 その手の大きさが、温かな包容力を持って心強い。 そこにはもう、答えがあるような気がして、スマホに残っているホテルの人からの受信記録に、気が重かった。 冷司は2日ほど、うんうんうなって寝たきりで、そして3日目にようやく起きてきた。 その日は光輝は休日で、造園会社が入る前の庭の片付けをしているのを椅子に座って眺めている。 渋い顔で、作業している光輝が顔を上げて笑うと、ため息付いた。 「よう、調子はどう?」 「んー、ちょっと動いたらラクになったよ。どうするの?」 「あー、なんか向こう半分畑にして、こっちに庭造りするんだってさ。 元々芝生にしたの、お義父さんのゴルフの練習用?」 「そ、でもさ、お父さん多趣味だけど、読書以外何一つ伸びないの。 だから、ヘタのままヨイショする事に路線変更したの。 じゃなくってー、ホテルの引き抜きー」 光輝が軍手ぬいで、冷司の横に来ると床にあぐらをかいた。 「あれなー、どうしようかなあ。断ろうと思ったけど、話聞くと面白そうなんだよなー」 「煮え切らないねー、光輝らしくないよ」 「優柔不断にならざるを得ない。条件が良すぎるんだわ。は〜」 「いいけどさ、早く決めないとどちらにも迷惑だよ? 向こうはいいけど、オヤジさん。 腕のいい料理人なんてさ、そうそう見つからないじゃない。早く決めなよ」 「わかってる!」 立ち上がって冷司の頬にキスすると、頭を撫でて中に入っていく。 丁度買い物から母親が帰ってきて、2人がキッチンで楽しそうに話し始める。 冷司はキスのあとを撫でて、その指先にキスをした。 いつもと変わらない様子でテレビ見て、お風呂入って、夜一緒にベッドに入ると、光輝は口数少なくため息ばかり付いて、天井見ている。 冷司がその横顔を見ながら、ほっぺをグイッと指で押した。 「何だよ、眠れない?」 「眠れないの、光輝もじゃない」 「早く決めろって言っただろ?だから決めてんだよ〜」 「ねえ、僕が言うのは説得力無いけどさ、オヤジさんの好きにしろは、断って欲しいに聞こえるよ?」 「んー、だよな〜、オヤジはあまり目を合わせないし。 ランチで懐石コースやり始めて、やっと人気出たんだし。 俺は今の雰囲気だから力が出せると思うんだ。 でもやっぱり給料がなー、倍ってのは魅力だ」 「お金欲しいの?」 「あって困らないだろ? お前の貯金だって、減るだけだし。 俺は趣味やタバコとかないから、ほどほど貯めてるけど、家買えるほどじゃない。 お前がまた病気でもしたらと思うとさ、若いうちに貯めとかなきゃって思うんだよ」 「そんなの、考えてたら切りが無いよ?光輝だって、健康不安は同じだもの。 僕はね、思ったんだよ。 光輝はオヤジさんに相談した時点で、どう断っていいのか相談したんだって、ね?」 「えっ??!!あ、……ああ、そうか……な。うーむ、そうかもしれない」 お、なんか、答えが見えた? 「だいたいさ、昼のチーフになって2年じゃない。 まだまだ一人前には早いよ、光輝はオヤジさんに育ててもらってる途中って感じ。 やっとチーフ任せられるなーって所で、大事な息子を横からさらわれたら、オヤジさんガッカリだよ?」 光輝が大きく目を見開き、冷司を見る。 なんだよ、ちっとも社会に出てないクセに、なんでこんなに人の気持ちわかるんだよ。 「ど、どしたの?僕なんか変なこと言った?」 「言った、ズキューンと来ること言った」 「えーー、何言ったっけ?」 光輝が身を起こして冷司に覆い被さり、ギューッと抱きしめた。 胸に耳を当て、心音聞いてハアッと息を吐く。 「いててて、なーに?くふふ」 「あーなんか、したくなった」 「え〜、寝るんじゃないの?まだ僕、身体中痛いんだけどぉ」 「でもしたいだろ?冷司クン」 「ん〜〜、した〜い、痛いけど、した〜い!ん、チュッ」 唇に軽くキスをして、見つめ合い、くすりと笑った。

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