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盲点
次の日、午前中のうちに唯希は伊藤瀬奈の家へ連絡を取った。
報酬の振り込み確認という名目でかけながら、さりげなく瀬奈の様子も聞いてみる。
しかしそれが、唯希の勘が当たったというべきか瀬奈は家に戻って以来、部屋に引きこもり状態なのだという。
親が声をかけても震える声でー大丈夫ーというだけで出ては来ないし、食事はトレイで部屋の前へ置くと自分で引き入れきちんと食べるらしかった。
『もう何が何やら…』
母親の嘆きの声を聞きながら、そばで聞いていた時臣へ筆談で引きこもっている事を伝え、時臣もペンで一度会えないか聞いてみてと書いた。
その返答は、
『あの子が話すのならば私どもはいいのですが…』
という事だったので、お互いの都合が合う日を合わせて明後日自宅へ伺うこととなった。
そしてこれは依頼と関係ないので気にしないで欲しいともきちんと伝えて、電話を切る。
「やっぱり親御さんとも上手くいってなさそうですね」
今の事項をパソコンに書き込んで、唯希はメモを一枚めくった。
「じゃあ、明後日は中条と行ってくれな。考えてみれば中条なら伊藤瀬奈の母親と一度病院で会っているから馴染みはいいしな。俺も行くけど外で待ってるわ。余計に興奮させてまた飛び出されても大変だし」
「わかりました、じゃあ中条さんにも連絡入れておきますね」
唯希はテーブルの上の事務所の電話で、中条に連絡を入れた。
『はい、親切丁寧がモットーの中条探偵事務所中条です!』
唯希は聴きなれていたが時臣は初めて聞いたらしく、思わずーなんだ?ーと声にでてしまい、
『何だとはご挨拶だな。わざわざお前のところだとわかってて丁寧にでてやったのによー』
「あーすみません。小宮です〜先日は病院まで行ってくださってありがとうございました」
『唯希ちゃんがかけてたのか、あの失礼なやつは何偉そうにしてんのよ。で、何用?』
気心知れた探偵仲間ではあるが、なぜ自分の周りには口さがのないやつが多いのかとため息が出る。
「あのですね、少しお願いがありまして、明後日お時間ありますか?」
『明後日?ああ、ちょっと待ってね。俺んとこ唯希ちゃんみたいな有能なバディいないからさ〜自分で調べないと…ね…あああった、うんとね明後日?午前中ならいいけど、それで間に合う?』
「はい、助かります、じゃあ、午前10時頃からお昼頃までお時間お借りしてもいいですか?」
『うん、いいよ。何すんの?』
「最近そちらでも依頼の増えた若い子の失踪事件&追跡者を怯える現象をちょっと調べてみようということになったので、先日病院へ行ってくださったときに会った伊藤瀬奈くんのお宅へ話を聴きに一緒に行ってほしいと思いまして」
その言葉に電話の向こうで皮なのかのソファに座り直す音がギュッとした。
「ああ、その件か。一昨日もさ、俺の知り合いの探偵が同じ感じで探してた若い子が見つけた途端に車に飛び込んだらしくて、今重傷で病院で面会謝絶になってるらしいんだ。話聞けばやっぱり顔を見て逃げ出したって言っててさ』
「そうだったんですか…。なんだか私達が悪いみたいな感じになってきちゃいますよねほんとに。なのでその辺突き詰めてみませんか?ご協力お願いしますよ」
『時臣はなんで…あ、そうかあの子は時臣を怖れているんだっけ、で俺な訳ね。了解した!この一件は俺たちにも関わりあるしな』
「そうなんですよ。では明日ちょっと話し合いしたいので、お時間ある時にうちに来ていただけますか?何だったら伺いますけれど」
『あ、いいよそっちに行きます。オタクのコーヒー美味いんだよね』
「じゃあ、1番いいやつ用意して待ってます。そちらを出る時にご連絡くださいね」
「そんな所に集められて何してんの?」
次ぐ日の午後一でやってきた中条は、昨日の唯希と同じようなことを言いながら、土産に持ってきたイチゴのミルフィーユにかぶりついていた。
誰でも思うことではある。
「何やってるかはわからないから、明日伊藤瀬奈に聞きに行くんだろ」
時臣も珍しく上に乗ったイチゴとクリームを平らげてから、惜しげも無く一枚剥がして口に入れている。
「それもそっか」
唯希はそんなやり取りも側でパソコンに入力しながら、ミルフィーユを上手に切り分けて食べていた。
「昨夜ちょっと眠れなくてな、色々考えてたんだが色々おかしいんだよ」
ティッシュで口を拭って、時臣はその時に書いたのであろうメモを取り出す。
「なんかな、俺らが依頼されて探すだろ?その時に確実に失踪者は依頼された俺たちを恐れるんだよ」
中条も一度天井を見て時臣の言葉を頭で反芻する。
「当たり前だと思ってたことがちょっとだけ盲点だった。自分たちが依頼されてたから、自分を怖がっているって…当たり前のことじゃなくないか?特定されてるんだぞ」
ーああ、そっか!ー
中条もやっと腑に落ちたらしい。
「え、じゃあ…え?どういう事?」
唯希もちょっと混乱してきた。
「大体がおかしいんだよ。俺を怖がるのは俺の依頼者の子供。中条 を怖がるのも、お前の依頼者の子。昨日聞いた車に飛び込まれたやつだって、そいつの依頼者の子だろ。決め打ちじゃねえか」
「そうか、探偵全員とかじゃないもんな」
確かに探偵や興信所を逆恨みしているならば、その報復は誰にでもかかるものであろう。
「何でそういうことになっているかはまだわかんねえけど、どの子の親がどこの探偵なり興信所なりに依頼に行っているかを…大元のやつは把握してんじゃねえのかな」
「どうやって?」
中条の素朴な疑問だが、それには勿論
「俺が知るか」
であった。
「しかしそうなると、例えば新しく若い学生を引き入れたとして、暫く家に帰らないようにして親が動くまで待つって随分気も長いし、暇だよな…」
中条も首を傾げる。
「そこまでして得られる何かがあるってことなんでしょうね…」
唯希はパソコンを打つ手を止めて何かを思案するが、どうにもまとまらないようで再び指を動かした。
「はっきりしないなぁ…」
可愛い顔を顰めて指を動かす唯希を見た中条は
「俺さあ」
と呟き始め、皆が中条を見る。
「唯希ちゃんのちんこ見ないと、男って信じらんねえ」
「ちょっ!」
「お前なあ…!」
唯希は憤り、時臣は頭を抱える。
「何なんだよ中条 。何で急にその話になるんだよ」
「いや、ごめん。つい思ったことが口に出た。キュってした眉が可愛くてさ」
中条はーごめんごめんーと手を合わせて唯希に謝っているが
「一生見られないから、女だと思っててくれていいです!!」
思わず立ち上がった身体をまた椅子に収めて、唯希はそう言って最後の一口のミルフィーユを口に押し込んだ。許してはくれなそうだ。
「え〜〜、サウナ行こうぜ〜」
「もう!しつこい!」
「おい、中条…話戻していいか…」
流石の時臣も、こめかみに血管浮かせて今にも中条の胸ぐらを掴みそうな勢いだ。
「あ、うんそうしよう」
まあこれには従った方がいい…うん絶対。
「明日、伊藤瀬奈の家で聞く内容はこれだ、よく読んで頭に入れとけ」
一枚の用紙を中条の前に出し、車で待機の自分の代わりに行くんだから失敗は許さんの空気を醸す。
「はいはい、ええと?最初どうやって誘われたか、高円寺のビル内で何が行われてるか、何か儀式めいたことをされた覚えがあるか…この3点な。しかし儀式めいたものってなんだ?」
「昨日唯希とも話してたんだけどな、なん〜か洗脳だとか暗示だとかそれっぽいものがある気がしててな、まずはそれが物理的に行われているかを知りたい」
「ああ、なるほどね。確かにそんな事ありそうな感じはするな」
中条は、用紙をおいて納得したようだ。
「じゃあ明日、11時に伺うよう連絡してあるから、10時にはここに居てくれな」
「わかった」
唯希はあれから口を聞いてはくれなかった。
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