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インタビュー『伊藤瀬奈』
次ぐ日11時15分
中条と唯希は伊藤家のリビングにお邪魔していた。
目の前には瀬奈が伏せ目がちに座っており、母親は瀬奈の背中になるダイニングで見守っている。
瀬奈は俯いたまま落ち着かなそうに麦茶を口にした。
母親が同席をしていないのは、瀬奈が部屋を出る条件に母親と顔を合わせないようにしたいという条件を出してきたからだ。
唯希は許可を得てボイスレコーダーをテーブルの上にセットして、時臣への中継のマイクも置いた。
「え…っと瀬奈さん、最初に聞いてもいいですか?」
唯希はとメモ帳を持った手を膝の上に置いて、目の合わない瀬奈を見る。
唯希がするメモは、話を聞きながらの自分の思ったことや引っかかったことの書き出しだ。ボイレコ聴きながらだと2度手間なのでいつも話を聞く時はこのスタイル。
「お母様と顔を合わせないのはどう言う意味があるんですか?」
瀬奈はちょっと体を硬くして、目だけで後ろを見るような素振りをし
「別に母が嫌とか…そう言うんではないんですけれど…何でなのかわかりませんが母が怖いんです…顔を合わせると、あの…助けてくれた探偵さんほどじゃないんですけど逃げ出したくなって、体が逃げに向かってしまうので…母にも失礼だと思って部屋に…います」
唯希は話を聞き、中条はその話をしている瀬奈の挙動をじっと観察していた。
「何故怖いのかはわからないんですね」
「はい…理由は分かりません…」
「お父様は?」
「父親は怖くないです。何ともありません」
ー母親だけ恐怖の対象ーとメモをする。
中条は、瀬奈の挙動が嘘をついている感じではないと確認し、そこから時臣に言われた質問をすることにした。
「今日来たのは、2、3聞きたいことがあってきました。僕の事は怖くないですか?」
瀬奈が少し顔をあげて中条と目を合わせる。
「はい…大丈夫です」
「オッケーです。それではまず最初に、高円寺のとあるビルにいましたよね」
瀬奈の脳裏に、会議室のような教室が思い浮かびいつも話をしていた数人の顔が思い浮かんだ。
「最初にそこに言ったきっかけって何だったんですかね」
「最初に行ったきっかけ……何だったかな…ん〜〜」
首を傾げて記憶を辿っていると、さっき思い起こされた数人の中の目の細い石川が思い浮かんだ。
「あ、石川…石川って言う大学の友人がいるんですけど、そいつにいい塾があるって誘われました。多分それが最初じゃないかな」
「元々の友達ですか?」
「はい。学校入ってすぐくらいにできた友達です学部も一緒なのでなんやかんやで一緒にいる時間も多くていろんな話もできるやつです」
「塾って言って誘われたんですね」
「はい」
「実際行ってみてそこはどうだったですか?」
「あー、はい…塾っていう堅苦しい感じじゃなくて…なんていうか教室の広いところ?みたいな…同じくらいの子が10人くらい居て…ん〜…まあ勉強をしたり話したり…あ、パソコンを一人一台支給されて、そこにその塾から問題が送られて来るんです。
「学部はみんな一緒?」
「いえ、ほぼ全員違うと思います。俺は石川がいたけど他に同じ学部はいなかったかな…なんなら学校も違うと思います」
「パソコンが支給されたって言ってましたけど、それ見せてもらっても?」
中条はまず洗脳だとか暗示だとかが気になった。
送られてくる問題が確認できればと思って聞いてみたが、
「はい、一応ここに持ってきてはあるんですけど…」
脇に置いてあったノートパソコンをテーブルに乗せて開いて見せるが
「俺も勉強の遅れが気になったので、貰った問題解いておこうかなと開いたんですが…」
言いながらノートパソコンの向きを変えて二人に向けてきた画面はセットアップ画面だった。
「え、初期化されてる…んですか?」
「はい、気づいたらこうなってまして。考えてみたら問題もメールで送られてくるものではなく、アイコンが切り替わる形でくるので、完全にリモートで管理されてるんですよね。俺が塾に帰らなかったからきっとこうなったんでしょう」
管理されてるパソコンは使えないからこれはもういらないですけどねと脇に置いて瀬奈はまた一口麦茶を口にした。
「あ、それとですねもう一つお聞きしたいんですが」
中条も流石にリモート管理されたパソコンには引いたが、どうしても聞かなければならないことがもう一つあった。
「その『塾』と言われるところにいた時に、なにか儀式めいたことはなかったですか?なんていうか、みんな揃って同じ言葉を唱えるとかそんな感じの…」
「そう言うのはなかったですね。みんな部屋に来るのもバラバラですし、課題の提出は絶対だったんですけど、それ以外は自由でしたね。上の階が寝泊まりできる部屋になってて、2段ベッドが両壁際に2台ずつ設置されてました。部屋の真ん中は広く空いてて、テレビもおいてあってゲーム機で対戦もできましたよ」
合宿みたいだな…と唯希と中条は思った。学生を引き留めておくには格好の場所でもある。
「そこは全て無料で?」
「大抵みんなバイトをしていたので、そこから…と言うほど誰も長くいないんですけどね、バイト代が出た人から1万円徴収してそれだけです。俺も一回払いました。払わないでいなくなる人もいたかもしれない」
確かに依頼を受けてから数日で見つかる傾向が高かったと思い出す。
依頼者からの話を聞けば、依頼は子供がいなくなって最短でも1週間は空いていた。
唯希はメモ帳にーいなくなるーと書き記した。
「いなくなるって言うのは」
もしやと思い、中条が代わりに聞いてくれた。
「文字通りです。毎日顔を合わせているので、居なくなった人はすぐに判ります。夜にいなければもうずっと戻らないんです。そうすると次の新しい子が入ってて」
新しい子が、まで聞いて2人と、それをインカムで聴いていた時臣は察した。
『いなくなる』と言うのは多分、見つけられて瀬奈のように保護されたり、逃げて事故にあって入院したり、不幸にも亡くなったりした子なのだろう。
3人の胃がムカムカした。
しかし話の内容は理解できるが、システムがよく理解ができない。ほぼほぼ無料で10数名の思春期を抱え勉強を教える。
「食事とかはどうしていたんですか?」
金銭的に無理だろうと思うところを唯希が聞いてくる。
「朝昼は大抵自分で好きなものを買って食べてましたけど、朝に晩御飯をお願いしておくと、無料でお弁当貰えましたね。だから結構みんなそれ食べてました。街のお弁当屋さんのでしたよ」
「食事が無料?」
流石に驚く。
その資金のからくりも想像がつかなかった。
中条もそこには首を傾げつつも話を戻す。
「さっき問題とかが出されると言いましたけど、成績はそれで上がるんですか?」
「さっきも言いましたけどそんなに長い間みんないないので、たまたまテストとかに被ったりした人の話を聞いてると、成績は上がるようでした。確かにしっかりした問題出されますので、解く時はこちらも真剣にやるから自然と力がつく感じですかね」
よほどできる講師陣がいるようだが、その話は出てこない。中条はそこを不思議に思う。
「塾のように講師とかが教壇に立つってこととかはないんですか」
それを聞いて瀬奈の眉が寄った。
「そこなんですよね…あ、まず講師という人が来て教えるというのはなかったです。みんな学部も専攻も年齢も違うので、それは無理だったんでしょう。それで確か1人の男性がいつも部屋に来て、勉強の世話をしてくれてた記憶が朧げにあるんですけど」
「朧げ?」
その言い方に唯希が反応する。
「ええ…実は思い出せないんです…。部屋に来ていたのは同じ人だというのは何となく覚えてるんですが、顔も名前も全く思い出せません」
唯希と中条は顔を見合わせ、車で聞いている時臣もーん〜ーと腕を組んだ。
その記憶も初期化されてしまった感じを受ける。
「中条さん、最初に高円寺のビルって言いましたよね、それももうどのビルなのか思い出せません…」
「ええ…」
もうびっくりを通り越して呆れるしかない。どんなことしたらこうなるのか…。
時臣はタバコに火をつけて、初期化されたパソコンのことを考えていた。
毎日一人一人に与えられたパソコンを見る。そして提供された問題を解く…その時に何かがあったのかもしれない…までは想像がついた。
しかし肝心の中身が見えないのでは、たとえそこになにかが仕組まれていようとも解析も何もあったものではない。
何とかそのパソコンがそのまま見られないかな…。
「そんなに色々忘れてしまっても、まだお母様のこと怖いの?」
言われてみれば家に戻って約1週間が経ち、あの部屋にいた時の記憶も薄れている今、ずっと会わないでいた母はどうなのか…。
唯希は立ち上がって母親のところへ向かい、中条はもしものために瀬奈の後ろに立ち、逃げたりしそうだったら止める役割を引き受けた。
唯希が母親を連れてソファの脇までくると、中条も瀬名を立たせて母親とむき合わせてみる。
支えている肩が少し震えているのは、母親を嫌いたくないと言う気持ちなのかそれとも怖いからなのか。
目を瞑っていたが、唯希が声をかけてゆっくりと目を開けた瀬奈は、正面に立つ母親の顔を見ても、衝動的な何かは起こらなかった。
「はああぁ〜、大丈夫です…」
安心してソファに座り込み、母親もその場で涙を流してティッシュを慌てて取りに向かう。
「よかった、瀬奈…お帰りなさい」
抱っこは流石にお互い気恥ずかしいのか、ティッシュで目を拭った母親は瀬奈の隣に座り両手を握りしめた。
「ごめんなさい…勝手に変な所へ行って変なことに巻き込まれて」
「もういいの。無事に帰ってくれたから、それでいい」
ここの所瀬奈と同年代の子の自殺や事故のニュースが流れることが多く、母親もそれを見てまた家を出ていかれることを非常に恐れていたから、本当に安心しただろう。
ソファで慰め合う二人を見ていた中条は、それならば、時臣を見たらどうなのか、と思い立ちテーブルの上のマイクに、車を降りて家の前に立って欲しいと告げた。
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