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カラオケ「スパーク」

「ボス、吉田龍平くんのお母さんから連絡ありました。明日の午後が全部空いていると言っていたそうです」   事務所からいつもの居住区へ戻ってきた唯希はそう言ってメモを渡した。 「明日か、なんかあったか?」 「依頼者の訪問が2件と、あとあの…例の黒服の件が夜ですね」(別件のお話です♪) 「ああ、じゃ依頼者は典孝に任せよう。来る日だよな」  唯希はすぐに調べて、ーはいーと返事を返す。 「じゃあ、明日午後イチで新宿のスパークのVIPルームおさえてくれ」 「え、あそこ使うんですか?」  すこ〜しだけ唯希が嫌な顔をする。そこは時臣の旧知の知り合いが個人でやっているカラオケ屋で、その店を任されているのが岩山というムキムキ体型のお姉様なのだ。  時臣にベタベタするし、唯希を敵対視しているので極力避けたい場所だ。 「ああ、悪いな。あそこならカメラも止めてくれるし、盗聴器の心配もないからさ。まあ吉田龍平くん自身についてるかはわからないけど、まあ軽くピピっとやらせてもらおう」  唯希は事務所の電話を見つめて渋い顔をしている。が、仕事だ。  電話をとってかけ始めた。 『はい〜カラオケスパークで〜す』 「こちら篠田エージェンシーの小宮ですが、明日の…」 『あら小狐ちゃんおひさ〜。何用〜〜?』  今から言おうとしたの止めたのあんたじゃん!!まだ小狐っていうか!  岩山は時臣の側にいる唯希が気に入らなくて仕方がないらしく、時臣を狙う女狐と認定しているのだが、女狐はもったいないわねえ女でもないし、小狐でいいわねヲホホホを目の前で言われて唯希も憤慨したものだ。 「篠田エージェンシーからの予約をとっていただきたくお電話しました。明日の午後1時からVIPルーム取れますか?」 「あら、時臣くんからのお仕事なのね。あんた先に言いなさいよ!いいわよ〜〜空いてなくても空けちゃう〜〜明日の13時ね。はい、もう予約入れちゃった。じゃあ時臣くん待ってるわ〜〜早くきてね〜〜じゃ」  いうだけ言って電話は切れた。  受話器を持ってイラッとしている唯希を見て、時臣はーあはは〜ーと笑って立ち上がり、まあまあと唯希のカップにミルクを入れて持ってきてくれる。  そのカップを見て唯希はニヤッと笑い 「ま、怒る必要もないか。私はいつでもボスの隣に居られるわけだし〜〜?あんな肉団子になんて負けてないんだから、言わせておこう〜〜っと。ボスありがとうございます〜ミルク♪」  ーい〜え〜ーと自分のパソコン前に戻り、気づかれないように小さく息を吐く。  あの店は使い勝手がいいから、毎回毎回こんな感じで諍いを起こさんでほしいと願う時臣だった。  待ち合わせは新宿駅の東口と言われ、自分自身は向こうの顔も何もわからないのに平気かなと、少々困惑しながら待っていると 「龍平くん?」  と声をかけられた。  みると、陽に透けるとピンクに見えるショートカットで、膝上10cmの黒のスカートに、その下は多分ノースリーブのハイネックのトップスを着てその上から膝丈の上着を羽織った女の人?が立っていた。 「え…?あの…」 「あ、私篠田エージェンシーの小宮唯希と申します〜」  そう言って、色々あって合わせた格好をするように言われたと笑って名刺を差し出す。 「あ、そうなん…ですね。いやちょっとびっくりして。探偵さんが来るのかなと思ってたから。でもなんで俺のこと…?」 「依頼の時点でお母様からお写真あずかってるんですよ。あ、歩きながらお話ししましょう。ちょっとだけ歩きますね」  あ、そういうことか。と自分の顔を知ってる謎は解けた。 「ただそこに立ってたらいいって言われても不安だったでしょ」  ちょっと暑い日だったために、唯希は駅中で買ってきたアイスコーヒーを渡して飲みながら歩いた。 「ありがとうございます。ええ、ちょっと不安でした」  龍平も飲みながら返事をする 「あまり学校の近くとかでこちらの動向を知られたりするのも困りますし、こちらの情報はすぐには教えないようにとボス…所長の言いつけで」  不安ですよねーと言いながら説明をしてあげた。 ーボスって言った…かっこいい…ー 「今日俺はその探偵さんと会って、なんの話をするんですか?」 「今はまだここで言えないけど、あそうだ大事なこと二つしなきゃだった。ちょっと…ええと、こっちにきて」  唯希は伊勢丹の脇の道へと引っ張っていって、壁際に立たせるとバッグからタバコの箱くらいのボックスを出して龍平の右耳から肩、バッグ、チノパンのポケット一個ずつ、靴、それの左側もなぞっていく。 「え?え?なんですか?」  細かく言われた通りに腕をあげたり足をあげたりしながら戸惑う龍平に 「盗聴器は…無しと」  言いながらそのボックスをバッグへしまい、そのバッグからスマホを取り出して 「なんかごめんね、これやっとかないとつれてきちゃダメっていうから」 「盗聴器っていったいどういう…」 「それと、とある人の画像を見てほしいんだけど、これ見せたらもしかしたらあなた逃げ出したくなるかもしれないのね、でもその人は今ここにはいないから安心して我慢してほしいの。私ではあなたに追いつけないかもしれないから」  さっきからこの女性は何を言っているんだろう…全く意味がわからない。画像を見せられただけで俺が逃走する?なんで? 「あ…はい、わかりました。逃げないようにします」  しかしそういうしかなく、龍平は小宮さんという人がスマホの画像を準備しているのを見守った。 「じゃあ見せますね、絶対に逃げたくなっても逃げないでください。私どもの予想では、逃げるほどではないとは思っていますが、わからないので念押しです」 「はあ…善処します」 「では、この人です」  唯希はスマホに映された時臣の画像を見せた。このために撮ったラフな格好で普通に笑っている顔だ。  龍平はその画像を見て一瞬背筋が冷たく感じ、ヒュッと声が出た。  会ったこともない人だが、何故か一瞬だけ猛烈に嫌悪感が走った。怖い。逃げ出すほどでもなかったが、顔色は少し青ざめる程度には効果があった。 「この人は…」  声まで震え、それは自分でもびっくりした。  唯希はスマホをすぐに下げて 「少し怖かったみたいですね。でも逃げ出さないでくれてありがとう。この人は私の事務所の所長です。今日貴方に会ってもらう人なんですけど、もしも嫌なら違う者に話をしてもらえますけど…会えますか?」  龍平はなんで今の画像が怖かったのかが解らなかった。でも確かに一瞬ではあるが激しい嫌悪感と恐怖は感じたのだ。 「いや…わかんないです…一瞬だったし画像だし…でも画像でこれだと…」 「そうですか〜じゃあマスクとかすれば大丈夫ですかね、たとえばこんな」  そう言ってもう一枚の画像を提示してきた。それは時臣がサングラスをしてマスクをしている画像。 「顔が見えなければ…ああ、大丈夫です何も思いません」 「わっかりました、ちょっと失礼」  唯希はその手のスマホで電話をかけ始め、 「あ、私です、はい盗聴器は無し、ええ、画像も見せてみましたら一瞬でしたがボスに反応されてましたので、マスクとサングラスお願いします。え?仕方ないじゃないですか、会わないでいいんですか?直接…でしょ?だったら、はい、はい…じゃあ頑張って、あと5分ほどで着きますから。はい、では」  スマホをしまって、アイスコーヒーを口にしながら待っていてくれた龍平へ向かい 「すみませんでした、じゃあ行きましょう」  と、路地を出て先を促す。 「ほんと色々すみません。自分たちが危険というのはいいんですけど、それよりも邪魔されて真実が暴けないのが1番嫌で」  苦笑して唯希は言うが、龍平は探偵って思っていたのと違うなと思っていた。  浮気調査とかそう言うのばかりなのかと思ってたのだ。 「危険って、そう言う危ない仕事もするんですか?」 「探偵って興味あるよね〜。危険っていうかまあ巻き込まれがちですよ、色々と。それは仕方ないことだとは思ってますけどね。そういえば先日ご実家にお帰りになったでしょ」  一瞬なんで?とは思ったがそれも母親からかなと思ってみたが、 「その時ね、うちの所長貴方のこと尾行してたんですよ」  クスクスっと笑う姿が可愛いな、とちょっと見惚れる 「え?ほんとですか?」 「本当だよ〜。大学から御実家行って、それから高円寺のとあるビルに戻ったでしょ」  高円寺のビルの場所は、なんでだか他言無用とされている。それを知っているということは…ガチだ! 「すげえ〜全く気づいてなかったです!」 「そりゃあ基礎ですからね〜そこで気づかれてたら探偵やれません。うちのボスは尾行ほんと上手で私も一回されたんですけどほんとわかんない」  どこか誇らしげな唯希である。 「へえ〜探偵ってすごいんですね」  尾行だけで褒められてもアレだが、まあ唯希は時臣に絶対的信頼を置いているので、小さなことでも誇らしい。 「あ、ここです。中の個室にさっき見せた画像の人います。マスクしてサングラスしていますけど、もしも逃げ出したくなってもともかく逃げないで、この店のロビーに絶対いてくださいね」  さっきの嫌悪感を思い出すと、サングラスとマスクをしていようが実際にあったら逃げたくなるかもしれない。なんでなのかは解らないけれど。  カラオケスパークって聞いたこともないな、などと思いながら一緒に中に入る。 「いらっしゃ〜い」  顎髭を蓄えた髪の長い金髪が、スリップドレスの濁声で迎えてくれた。  唯希はお客がいるんだから余計なこと言うんじゃないわよ!な顔で龍平が見えないところで睨み、岩山もそれに動じずに 「小宮ちゃ〜んいらっしゃい。もうきてるわよみなさん。階段の上ね。ご存知とは思うけど」  最後の言葉はちょっと強めだったが、唯希は無視をして 「お世話になります〜〜。今日も派手ね〜店長〜」  そう言って龍平を案内しながら階段へ向かった。  ハブとマングースの戦いみたいなのを感じながら、龍平は岩山に軽く会釈をして唯希に続いてゆく。 「あら、お客さんは可愛い♪」  カウンターに頬杖をついて、龍平に指をパラパラさせて見送った。

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