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高円寺の『塾』

 高円寺のビルの5階、壁際の2段ベッドの上段で吉田龍平は寝転んでいる。  今日帰ったのが6時ちょっと過ぎ頃で、そのくらいの時間の時はあるのに今日は何故だか少し注意された。 『6時過ぎる時は連絡欲しいって言ってあったと思うけど、言ってなかったかな。それだったらこっちが悪いけど、今度から6時過ぎる時はちゃんと連絡してね』  という感じである。 「以前7時に帰った時は何も言われなかったけどな…」  龍平は最近ここがつまらないと思い始めていた。  なんでみんなここにいるのかが解らない。  一緒にいる子は家に戻りたくないと言っていたが自分はもう家に帰りたいとさえ思う。  もらう問題は結構ためになるから、それはいいんだけどそれ以外がどうにもつまらない。しかも 「パソコンに来た問題をやると必ずと言っていいほど頭が痛くなるんだよな」  と言う状況が続いていて、ためになるとはいえ問題を解くのも嫌になっている。  ここやめるって言えば帰れるのかなぁ…そんな事をぼんやり考えている時LINEの通知が来た。  母親からである。 [ある人があんたに会いたがってるんだけど、時間取れる?] 〔ある人って誰よ〕 [今ここで言えないんだけどね、空いてる日と会える時間を教えてくれない?]  一体なんだこのメッセージは。一方的に誰かも知らされない人に会わせされるって何。 〔言ってることわかんねえんだけど〕 [じゃあ明日大学(学校)に行ったら電話頂戴] 〔今するけど?〕 [ううん、明日大学(学校)からかけて頂戴]  ほんとになんだ?おかしいな。でもなんなのか知りたいからかけるとは思うと思いながら 〔解った。じゃあ明日な〕 [待ってるからね]  そういって終わらせた。  どう言うことだよ…スマホを枕の下に入れて取り敢えず今はこのまま少し寝てから風呂はいろ、問題も来てないしと目を瞑ったが、いつも傍に置くように言われたノートパソコンに問題が来た音が鳴った。 「んだよ…寝かせてくれよ〜。今日のペナルティかな…」  無視しようとも思ったが、ここに居る間問題が来たらできるだけ早くと言うのは決まりであって仕方なく起き上がってノートパソコンを開いた。  次の日、龍平は1限からあった講義を終えて机に突っ伏していた。  昨日の夕方7時頃に届いた問題は、量も多く中々集中しないと解けない問題だった。しかも必修の英語の他に第二選択のスペイン語まで問題が来て、建築の歴史や専門の問題含めて4つの科目がやってきていたのだ。 「あ〜頭いて…」  机に伸ばした右腕に右頬を当てて窓を見ながらツキツキと痛むこめかみに耐えていると、友人の隼斗(はやと)が心配そうに覗き込んで来る。 「どした、平気か?」 「ん、ちょっと頭痛するだけ。ロキソニンかなんかある?」  そう言われて隼斗は胸にかかったバッグを漁って、 「優しさでできてる薬やるわ」  笑って箱を手渡してくれた。 「バファリンか。優しくなくてもいいんだけど」  そう笑ってさんきゅと受け取り、来る時に買った水を取り出し一錠飲む。 「効くといいな」  隼斗は龍平の前に後ろ向きに座って、錠剤のシートをしまってくれた。 「ああ、悪ぃ」 「いいよ、休んでな。とは言っても、教室(ここ)すぐ使うぞ」  え、と顔を上げると周りのメンツが変わっている。 「いつの間に…お前これから?」  箱をしまっている隼斗に聞くと、うんと答えたので龍平は仕方なく 「カフェテリアでも行ってるわ」  と立ち上がり、昼一緒に食おうと隼斗に告げて教室を出た。 ーも〜なんなんだよ昨日の問題…いつもより頭痛えやー歩きながらこめかみに手を当てて、1番近いカフェテリアへ向かう。  向かいながら思い出したのは、昨日母親が電話しろと言ってたこと。  校舎を出て庭に出たところで、近くのベンチに座り母親に連絡をとった。 「俺だけど、どうした?何昨日のLINE、おかしくね?」 『ああ、ちょっと言い難かったのよ』 「何が」  母親はちょっと言い淀んでから話し出した。 『実は、龍平が帰ってこなくなって1週間もした頃母さんね探偵に貴方の事探して欲しいって依頼したのよ』 「探偵?まじで?」 『本当よ。その探偵さんがあまりあんたが今いるところで電話しないようにって言ってたから昨日LINEしたの。今龍平がいるところを少し調べたいらしいわ』 「へえ…探偵ってほんとにいるんだ…で、なんで俺?今いる所って、この間母さんに話したとこの事だよな」 『そうみたい。あんたまずいところにいるんじゃないの?もう戻ってきなさいよ』  俺もそうしたいよ、とは思うが普通に帰っていいのかの判断がつかないでいるってことも言おうかな。 『それで、なんであんたなのかは教えてくれなかったけど、取り敢えず会って話がしたいって。龍平(あんた)の空いてる日と時間言ってくれたら場所を手配するって言ってるんだけど』  いまひとつ自体が飲み込めなかった。自分が家に戻らない事で、そこまで親に迷惑をかけていたことも今知った。  ちゃんと伝えたんだけどな。しかもこの間家に行ったじゃん?なんで?高円寺(あそこ)やばいとこなん?? 「ん〜…じゃあ明日は?午後から丸々空くから、そう伝えて。そんな急で平気かな」 『あんたに合わせるって言ってたからね。一応伝えてみるね。明日の午後からね。じゃあまた、連絡する』  母親は忙しそうに電話を切ってしまった。 「これは、まずいのか?俺」  暫くベンチに座って通り過ぎる学生を眺める。頭痛は薬が効いたのか、それともびっくりさせられたからなのか、すっかり気にならなくなっていた。 「今月収益すごいね」  パソコンの収益データを見ながら、蓮清堂用賀支店の社長伊丹賢也は目だけをあげて木下を見た。 「社長のお陰です」  30度ほど腰を曲げて木下はその目線を外す。 「え〜?俺何もしてないじゃん?ディスってんの?」  怒った様子ではない感じで笑ってパソコンを閉じた。 「まあさ、売り上げがいいなら俺はなんでもいいんだよ。俺のお陰だろうとそうじゃなかろうとね」  今日は机の上に堂々と置かれたミルキーを口にした。 「営業の人頑張ってるもんね、夜中でも病院行ったりしてて頭下がる」  木下の眉が上がり、それを見て賢也は 「俺も一応見てんのよ。会社の事」  と、今度は口の端をあげる自重的な笑みを浮かべる。 「何してるかまで知らないけどさ、木下(先生)なんかやってるでしょ…裏で。じゃなきゃこんな業績上がんないでしょ」  そう来たかとは思ったが、気取られない自信はある。 「この忙しい中、裏で何かができると思いますか?もう帰ったら風呂も入らずにバタンですよ。お陰で朝シャワー派になりました」  苦笑しながら言う木下を真顔で見ていた賢也は、 「俺、遊んできたけど違法な事してないんだよね。そう言うのは嫌いなの。ダサいから。木下(先生)信じてるからね」 「はい、勿論です。違法な事など一切ないですよ。うちは蓮清堂です。清廉な仕事がモットーですから」  嘘くさい笑みを浮かべているのを胡散臭そうに見た賢也も、胡散臭そうに笑って 「わかったよ。仕事は清く正しくやろうね」  といって、ミルキーを一つ手渡してくれた。

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