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状況把握
「こんちはー」
そんな折、時臣の甥悠馬がやってきた。
「何だーみんな食べてんのー?俺も腹減ったよー」
時臣が立って、唯希と自分の間に悠馬を座らせ
「こいつ俺の甥っ子の悠馬。あの事務所件マンションで一緒にすんでる。会ったことないよな」
中条が手を出してきて、
「中条です、同じ探偵やってる。よろしくね」
悠馬も手を出して握手をしながら
「篠田悠馬です。初めまして」
と挨拶をした。
唯希が大皿にあったグラタンを悠馬につぎ分けている最中に、おしぼりをもらった悠馬は
「今日さあ、3限終わったときに知らないやつに声かけられてね」
などと学校であったことを話し始めた。
「俺あんまり周り見ないからさ、同じ講義受けてるやつかどうかも知らないんだけど、ともかく知らない奴が俺んとこ来てさ、『専攻の勉強もっと詳しくやってみたくない?』とか言ってきたんだよ」
そこにいた悠馬を除く4人は、何だかちょっと嫌な予感がして悠馬を見つめてしまう。
それにも構わずに、盛られたグラタンを頬張りながら、
「なにそれって聞くじゃん。俺の専攻なんて社会学っつー取り止めのないものでさ、一つの…数学なら数学だけやればいいってもんじゃないんだよね。だからそんな都合のいい勉強はないと思ってるから断ったんだよ。でもちょっとしつこくて、いいところがあるんだよ〜 なんて言ってくるから、間に合ってる!って強く言ってきちゃったんだ。あいつなに!て思うわ」
4人はこれが手口なのか…と思っていたが、まあ…悠馬が行かないでくれてよかった…と胸を撫で下ろすしか無かった。
「なに?どうしたの?」
変な空気は流石に伝わったようで、唯希が
「ねえ悠馬、一個聞きたいんだけど、小さい頃になんか事件っていうか男の人に怖いことされたことってあったの?」
と、少し探ってくれた。
「え?何でそんなこと聞くの?あったけど?」
何で聞くの?とかいう割にあっさりと言う悠馬に全員が頭の中で『あったんかーい』と言ったのは絶対。
「痴漢にあったんだよね。ほんと気色悪いんだけどさ!小4だったかな〜。1人で帰ってたらおっさんがついてきて『気持ちいいこと、きもちいいこと』って言いながらずっと後ろにいるわけよ。きしょいじゃん?だから走って逃げたんだけど、大人の足の方が早くてさ、追いつかれるんだけど商店街だとついてくるだけだったんだよ。でもその先公園あるなあって思い出してさ。そこまで行ったらやばいかなってちょっと思って路地にかくれたんだ。でもそれ良くなかったみたいで、その路地で押し倒されちゃってさ〜」
聞くからに気持ち悪いし、悠馬少年危うし!な場面だったが、そこは居酒屋の裏口が目の前にあったところで、仕込みをしていた居酒屋の若い店主がちょうど出てきて悠馬からおっさんを引き剥がし、スマホで警察に連絡をしてくれたらしい。
おっさんは逃げたが、のちに捕まったときいた、と言う話を聞かせてくれた。
「う…わぁぁ…気持ち悪ゥゥゥゥゥ」
唯希が自分の両腕を抱きしめ、残りの3人も苦い顔をしている。
「お前結構なトラウマもってんな…」
時臣が可哀想になぁと頭を抱えてやると、悠馬は
「全然?」
とケロッとしてる。
「あんなのさ、覚えてると一生損するじゃん。俺は1日は流石に怖くて怯えたけど、あんなおっさんのために怯えてやるもんかって思ったら忘れてたわ」
中条はお前の甥だなぁとゲラゲラ笑い、唯希も
「これじゃあ連れてかれたとしても、何の効果もでなそう」
とやはり笑っていた。
「おじさん?何かあったの?」
時臣が食べていたミートソースをいつの間にか食べ始めていた悠馬は、曖昧に自分の頭を撫でまくる時臣に、ーそれこそ訳わかんねえーとグラタンとミートソースを交互に食べている。
「なんでもねえよ。お前すげえな」
叔父バカ全開の笑顔で悠馬の頭を再度抱え込んで、巻き込まれた人たちには申し訳ないとは思ったが、内心安堵した。
しかしこれで勧誘の手口も入手したことになる。
この現状が少しでも動いてくれたらいい、そう願って悠馬にメニューのタブレットを渡した。
次ぐ日は、時臣も唯希も勿論中条も電話攻勢で、唯希は事故や自殺と言われた事件を調べた後、まずは知り合いのいる所轄へ連絡を入れていた。
昼頃には所轄以外の大体が揃い、ともに時臣の事務所で作業していた中条と共に一階の喫茶店のデリバリーを頼むことにする。
喫茶店と銘打ってる割には昼のランチだけは和定食などを扱う店なので、結構助かっている。
唯希が淹れたお茶でお昼休憩となったが、実際は午前中に調べた結果の報告会だ。
「もうね、びっくりしましたよ。まさかって感じ」
唯希は数枚のA4用紙をテーブルに置き、わかめとお豆腐のお味噌汁を口にする。
その用紙を取って時臣がパラパラとみると、一瞬で眉根を寄せた。
渋谷区 自死1名 事故2名(内1名死亡) 第三者介入 未調査
所轄:渋谷署
・自死: 三宅 凪(みやけなぎ)21歳⭐︎
・事故死:森川 駿(もりかわしゅん)20歳⭐︎
・事故入院中 詳細不明
世田谷区 自死0名 事故2名(内1名死亡) 第三者介入 未調査
所轄:世田谷警察署
・事故死:石川結翔(いしかわゆいと)19歳⭐︎
・事故入院中 詳細不明
板橋区 自死1名 自死未遂1名 事故1名 第三者介入有
所轄:板橋警察署
・自死:館 由和(たちよしかず)22歳⭐︎ 大塚豊(大塚探偵事務所)
・事故死未遂:若林 碧(わかばやしあおい)20歳
事故入院中 詳細不明
葛飾区 自死0名 自死未遂1名 事故2名(内1名死亡) 第三者介入 未調査
所轄:葛飾警察署
・自死未遂:御手洗蒼空(みたらいそら)19歳
・事故死:三沢陽太(みさわようた)21歳⭐︎
・事故入院中 詳細不明
三鷹市 自死1名 第三者介入 第三者介入有 篠田時臣 事件性なし
所轄:三鷹警察署
自死:猪野 充(いのみつる)19歳⭐︎
国上市 自死1名 自死未遂1名 事故1名 第三者介入有
所轄:国上警察署
・自死:半井優一(なからいゆういち)19歳⭐︎ 湯沢総一郎(YSエージェンシー)
・自死未遂:河合圭介(かわいけいすけ)22歳 事故入院中 詳細不明
自死者4名 事故死者3名 計 7名
「こんなに?」
「でしょう?ちょっとびっくりですよね」
中条もその用紙を時臣から受け取り
「え…今迄に7人も亡くなって…んの…?」
流石に驚く数字だ。
もちろんこれは唯希が調べただけの人数で、15名のうちの約半数の7名が亡くなっていると言うのは些か考えさせられる。
20 前後の子が集められている全体数は未だ掴めてはいないが、20名はいなそうな中で少なくとも現状7名もの人数が、ここ一か月ちょっとでこの世から消えているのは尋常ではない。
もしかしたら、他の探偵や興信所も入れた上で単なる自殺で片付けられてニュースにもなっていないものがあったとしたら、もっといるかもしれない。
「俺の知り合いの探偵や興信所当たったけど、この一件に噛んでるの1件しかなかったわ」
中条も一枚の紙をテーブルの真ん中に置き、
「唯希ちゃんのそれに照らし合わせると、葛飾区の事故死ってことになるかな、三沢くんか。それで1名…関連者は探偵で溝口宗吾。「探偵溝口」って言う社名」
「それって前に話してたやつか、病院に搬送されたって言う」
「そうそう。あの後病院でってことだったらしい。でもそいつは街中での事で道路に飛び出した経緯は目撃者もいっぱいいたから、溝口 が篠田 みたいに警察に疑われることはなかったみたいだ」
唯希はその用紙をとり、葛飾の所に関与者ありと共に名前も書き込んだ。
時臣も一枚の用紙を出して、
「俺のとこは3件あったな。その内の一件が、唯希のを見る限り世田谷区のやつで…事故2人内1名な。石川くんだな。関連者は探偵で本庄護。『エージェント本庄』が会社名だ。もう1名はまだ動きがなかったらしいから、一応今回のことを話して慎重にことを運んだ方がいいとだけ伝えておいた。あとの1件はここに無い。動きはなかったようだからさっき同様慎重にと言っといたわ」
3人とも言葉が出なかった。
単に若い子の家出調査だと最初は思っていたものが、随分大きな事件になっていきそうな気配がしてくる。
「で、警察はどうだった」
唯希は手にもった用紙を見た。
「直接の交渉はこれからです。今お見せしたのはあくまで報道された物と、知り合いに聞いて紹介された人とかですから、直に所轄に聞いたわけではないです。ここに書かれていない所を所轄に凸 ってみますが、多分事故か自死までは引っ張れても第三者関与は難しいかもですね。頑張りますけども。まあ、今まで調べたことを鼻面にんじんにしてやるしかないですね。いいですか?ボス」
「いいんじゃねえかな。マインドコントロールまでは言わなくてもいいけど、こんなことが起こってる位はいいと思う。いずれ話には行かなきゃなんだし」
「ありがとうございます、じゃあその線で。探偵 側から攻められるといいんですけど、知り合いの同業者でもないと都内の探偵さん全部に声かけなんてとてもじゃないですけど無理ですし」
それから暫くは、食事の音しかしない時間が続く。
「鯖はさ、味噌煮と塩焼きどっちかっつったら、俺は味噌煮が好きなんだよな…」
と、サバの塩焼きをつつきながら中条が唐突に言ってきた。
「塩焼きに文句言ってるんですか?」
唯希は天丼のカボチャを口に入れるのをやめて中条を一瞥。
「なあって、まだ怒ってんのかよ〜俺の軽口、いつも軽快にいなしてくれんじゃん〜」
時臣はトンカツを咀嚼しながら、ーああ、あのちんこの1件かーと2人の動向を他人事に眺めている。
「怒ってませんよ。呆れてるだけで」
「見捨てないでよぉ〜」
「仕事はきちんとしますよ」
とにっこり微笑んで、ーエビ美味しいーと海老天をパックリ
「なあ篠田!何とか言ってやってオタクのバディに!」
モグモグとカツをかみながら一旦箸を置き、両人差し指でバッテンを作り直後に親指を立てた。
「あん?『いやだよ。がんばれ』ってこと?」
もう一度時臣が親指を立てるのを見て、もういいよ…とサバの塩焼きをそのままガブリと噛みちぎった。
もう一度淹れてもらったお茶を飲んで一息をついたら、また午後も電話で各方面へと連絡を取りまくらなければならない。
それを思うと、もう少し長く昼休憩を伸ばしたい気分だった。
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