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調査の仕方
「あ、もしもし後之上 さんですか?元東京地検刑事部の小宮です。はい、そうです。覚えていてくださったんですねありがたいです」
唯希は各所轄への連絡を取り始めていた。まずは渋谷署。
後之上は、検事時代場所柄会いがちな刑事だった。
そして今は、誰もいない事務所の方で事務所の電話でかけている。検事だった頃は一応男性として仕事をしていたので、いつもの声だと通りが悪いので地声で話すためだ。
『久しぶりですね、小宮さん。検事やめちゃったんでしょ?勿体無いなぁ』
「いやいやそう言っていただけると嬉しいですけどね」
『それでどうしました?いきなり連絡なんていただいて』
来た来た、刑事の探り…内心そう思って唇を舐める。まあでも今回はストレートに言った方がいいと踏んでいる。
「ええ、こんなお願い他にできなくて後之上さんにご連絡したんですけど、少し話聞いてもらっていいですかね。今大丈夫ですか?」
『ああ、15分くらいなら平気ですよ。何でしょう』
時間を区切るのも、要点を先に言ってほしい時によく使う。
「単刀直入に申しますとね、今僕探偵事務所にいまして、とある案件調べてるんですよ」
『ほう、探偵ね』
「はい。それでですね、6月21日にあった21歳の子の自殺事件のことを少しおききしたいんです。いいですかね」
『6月21日…?ああ、宮益坂の飛び降りのやつかな』
「そうそうそれです。その事件って、例えばですね探偵とか興信所の人間が絡んでいたりしますかね。言える範囲でいいんですけど」
後之上は何か考えるように押し黙った。
後押しするか
「これ教えてくださったら、一ついい情報差し上げますけど」
刑事にはいい情報というのがよく効く。どんな情報がもたらされるか、自分の所の事件のほんの少しを差し出して得になるかを考えるのは個人差もある。
『いい情報?』
「はい、あ、でもあれかな。まだ突拍子もない話なんで、「いい」情報とは言えないかもしれないんですけど、あと少ししたら大化けする可能性は大の事件って言っちゃうと大袈裟かもしれませんけれど」
事件になるかも、と聞けばその一端でも聞いておきたい。
『じゃあ交換条件でいいですかね』
「勿論です、ではもう一度聞きますね。宮益坂の事故に、探偵もしくは興信所絡んでましたか?絡んでいたらそれが誰かを知りたいんですが」
『さっきは人物特定まで聞いてないぞ?』
「後から絶対化ける事件ですから…そのくらい損はないですって」
電話の向こうでーんんぅぅむーと言う文字に書いたような呻き声が聞こえた。
『わかった。探偵が絡んでたよ。AKエージェンシーと言う探偵事務所で、所長は粟飯原 邦宏。この人が、自殺者が自分を見てビルに駆け上がり落ちたと言っている』
ボスと同じ感じなんだと思う。
「その人と自殺者の関係は?」
『それは言わんかったな。急にそうなったとは言っていた』
「わかりました。ありがとうございます。あと、6月15日の富ヶ谷の交通事故とと17日の明治通りの交通事故。これも後ほどまたお電話でお聞きしていいですか?」
『おいおい、先に情報とやらを聞かせてくれよ』
「あ、そうですよねすみません。あのまだここだけの話にして欲しいんですけれどね。今聞いた自殺の件。いま都内で20歳 前後の子の自殺や事故 が増えてるんですよ。こっちの持ってるの2.3いいますとね、6月10日に三鷹でやはり同じように探偵の顔を見た19歳の子がビルに駆け上がって飛び降りて亡くなってるんです」
後之上が少し息を詰まらせた気がした。
「あと、葛飾区でも同じように声をかけた探偵の顔を見て道路に飛び出した21歳の子が車に撥ねられて病院で亡くなってます。もしかしたら富ヶ谷も明治通りも同じような感じで事故起こっていませんか?確かどちらかは亡くなってますよね」
まあ所轄とは言え捜査一課の刑事が誘導にかかるとも思えないが、何だってやってみるものだ。
後之上は考える。富ヶ谷と明治通りの件は事実だ。1人亡くなって1人は今病院で命に別状はない。もう小宮 では調べがついているんだろう。
小宮の言っている他のことも嘘ではなさそうだ。だとしたら都内で云々の情報も間違いではないと言うことになる。
そして実際に明治通りの交通事故も、探偵が絡んでいて同じように顔を見たら飛び出したと言う証言もある。
元地検の小宮 の言ってる事は真実だと確信した。
『わかった。明治通りの事故も同じように興信所の所長の顔を見て道路に飛び出した事故だった。嶋村という興信所で所長は嶋村隆だ』
「え、教えてくださっていいんですか?ありがとうございます」
電話の口調とは裏腹に、手を握りしめてガッツポーズ。
『その代わり』
「はい」
『今そちらでの調査がある程度まとまったら、教えて欲しい』
それには時臣も是としている。
「わかりました。ここまで教えてくださってありがとうございました。ということは、富ヶ谷の事故は亡くなっていないという事ですね。それはそれで解決なのでオッケーでした」
『解決ってなんだ』
「それはまたいずれ。絶対にお知らせしますので。こちらの情報がまとまるまでお待ちください。今はまだ可能性の段階をちょこっとのぼっただけなので。いずれはさっき言った都内の関連所轄に話するつもりですから」
そこまでの事件性があるのか…一体なんだ。後之上 も気になり始める。かといって他の所轄との事件の情報交換などは今までにない。いずれは本庁にでも行く事件か…
『わかった…気になるが待つことにする。俺のところに先に教えてくれよ?』
「まあ、どこが最初でも結果一緒ですよ多分。それでは長い間ありがとうございました。あ、今から僕の携番言いますね。後之上さんのもよろしくです」
お互い携帯番号を交換してその電話は終わった。
「ああ〜疲れた。最近低い声出すの疲れちゃうのよね」
唯希のピンクストライプのカップにはいつもの牛乳。
今日の出立は、相変わらず綺麗な足を見せる太腿半分の水色のスカートに真っ白のビスチェを合わせ、その上から麻のジャケットを羽織っている。
最近急に人と会うことも多いので、ジャケットは手放せない感じだ。
その格好で地声で電話しているのを住居の方でパーテーションに耳をつけて聞いていた悠馬は、さっき見た唯希の格好と声のギャップで頭にいっぱい???を刺してへたり込んでいるのを時臣に
「何してんの」
と笑われていた。
会場で作業をしながら指示を出している木下を、賢也はドアに寄りかかってみていた。
あまり社内をうろつくなとは言われているが、別に口出さなきゃいいだろ自分の会社だし、とやってきたものだが今設営している今夜の通夜も21歳の子だ。
流石に若い子が多いと賢也も感じていた。
木下が何かやってるのかな、などとも思うが若い子を狙ってなんかしてるとも思えないし、この用賀支店にその若い子の葬式が集中すると言うのもなかなか考え難い。
だとしたら偶然か…
木下の動きを見ながら賢也は考える。
真面目にやんなきゃな…とかちょっとは思う。
ここがどうにかなってしまったら自分の行き場もないくらいはわかる。
遊びたいわけではないのだが、宛てがわれたことに反発してるだけなのもわかっているし、それが子供っぽいことも30にもなった今、理解している。
ただ門外漢過ぎているだけだ。今は様子見と称して学ぼうという真摯な気持ちもないことはないので、木下の言う通り大人しく社長室へ閉じこもっているのだ。
ー木下先生、頼むよ?ー
裏でなんかしてそうな木下を見つめてから、賢也はその場を去った。
「ゲームしよ」
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