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勧誘の手口

 ファミレスのボックス席の奥に座らされ、後から来た唯希にその隣に座られブロックされたようになった岳は、結構大人しく座っている。  唯希を見て、女ならいつだってツキ転がして逃げられるだろうという余裕が見て取れる、が成りはこんなでも地は男なので岳が突き倒してきても多分唯希は負けない。  護身術は体得済みだし、中学高校と寝技目的で柔道をやってたくらいだ。  ガニ股を治すのに苦労したと時臣は聞いたことがある。 「一体なんなんですか話って!」  シートの隅っこに縮こまって、岳は上目遣いで時臣を睨む。 「さっきの封筒さ、あれの中身岳くん解ってるの?」  メニューのタブレットを見て、何食べる?の質問と同等に聞いてくる時臣に、唯希は 「まずメニュー選びましょうよ」  とタブレットを岳へと向けた。 「好きなもの食べていいわよ。奢りだから、このおじさんの」  時臣は経費で…と思っていたが、唯希の言葉から察するにその気はなさそうで… 「食事奢るって私聞いてなかったから」  とにっこりと微笑まれ、そういう事かと諦めるしかなかった。 「じゃ…じゃあ…ナポリタンと…アイスコーヒー」  結局こんな時間なので、岳もお腹が空いていたのだろう、普通に食事を注文してくる。自腹と聞いて少し遠慮めに…。 「素直ね」  唯希は笑って自分達のものを注文すると、はいどうぞと時臣に譲った。 「別段何か責めようとかそういうんじゃないから安心してくれ。本当に聞きたいことがあるだけなんだ。ああ、自己紹介しないとな」  時臣は名刺を出して岳の前に置く。 「探偵?」  名刺を見た岳は、改めて時臣を見返した。 「そう。いま岳くんが配ってる封筒の中に書かれている場所、そこにいる学生たちのことをちょっと調べててね。まずどうやって学生を集めてるか知りたかったんだけど、甥っ子に声かけてくれてありがとう」  運ばれてきた水を飲んで、極力優しい顔をする。  そう言うことか…と岳は理解した。 「聞きたいことってなんですか…。俺はその場所も知らないし、詳しいことなんか何も解ってないです…けど」  岳も落ち着きたいのか水を一口飲んで、両手をテーブルに乗せた。 「さっきの封筒さ、誰に渡されてるんだ?」  バッグから出すときにあと数通入っているのが見えたから、多分少し数をもらっているはずだ。 「コンビニ受け取りの…荷物にしてもらってて、だから誰からなのかわからないんです。書いてないので…」 「わからない人からもらったものを、人に渡してるの??」  隣で唯希が不思議そうだ。 「いやっ違くて、あの…バイト…に申し込んだらこういう仕事で…最初ラインで細かい指示がきて、封筒を送るけど自宅か違うところ選べるって言われて自宅は流石に怖いんでコンビニ受け取りで…」 「送り主はなんて書いてあるんだ?」 「鹿島とだけ…」  どこかで聞いたことがあった。  どこだったか。  唯希も同じようで、小首を傾げながら思い出そうと取り敢えず手持ちのメモ用紙をペラペラと繰り始める。  確か…誰か、この関係の…と思いながら繰って行くと 「あった…龍平くんが、高円寺の部屋で講師という人がいない代わりに『鹿島』という人が面倒見ているというか問題はすぐやれとか言ってくるみたいなこと言ってます。その人でしょうか」  唯希が、開いたメモを時臣へ提示した。 「ああ、それかぁ。言ってたな確かに。岳くんはこの人にあったことあるのか?」  未だ縮こまっている岳に、ちょうど来たアイスコーヒーを渡して問う。 「いえ、俺はその封筒を渡す…ってだけで…会ったことはないです。て言うか…あまり言うなって言われてて…」  言っていいのかな…と小さい声で言い淀むが、 「確証がなくて悪いんだが、多分話してしまっても平気だと思うぞ。雇い主はダメだと思った学生は切るだけで追ってはこない筈だ」 「判るんですか?本当に大丈夫?」  必死に言ってくるが、 「申し訳ないが確証はない。ただ、封筒の中身を見てもただの地図だし、あの数字がわからないが…」 「あ、あれは俺がその人を送り込んだという俺のナンバーみたいなやつです。一人そこへ行かせれば…その…5千円振り込まれます…。だから多く送り込みたくて勧誘にも熱入っちゃって…」  なるほど…今流行りの闇バイトに近いなと時臣も唯希も思った。 「知ってること全部話してほしい」  岳が思わず時臣の顔を見るが、すぐに神妙な顔になり 「でも…なんかされない保証は…ないんでしょう…?なんか怖くなってきた。あまり話したくない…です」  若気の至りといえば仕方はないが、得体の知れない仕事をやっておいて良くもまあと唯希は思った。が、そうも言ってられない。 「あなたが送り込んだ子もね、何人かそこから離脱してるけど特になにもされてないのよ。無理に追いかけてきて、素性がバレることを恐れるんだと思うの。だから貴方も大丈夫じゃないかっていう推測が立つわけ。これは私たちの経験値。だから確証はないけど、『多分』大丈夫。心配なら一人暮らししてるなら暫く実家に行ってるといいかもね。連絡が途絶えたらそれでおしまいでいいと思う」  唯希が全部言ってくれて、その間に来たナポリタンやケーキやコーヒーを時臣はそれぞれの前に置いてやった」 「で、最初はなんだった?もう一回いいかな」  岳は目の前に置いてくれたことに頭を下げて、ポツポツと話し始めた。  唯希が前に置いたボイスレコーダーを起動すると、それを見て岳が不安そうな顔をするが 「大丈夫外には漏らさない。安心して」  落ち着かせるようにそう言って、じゃあ|録音《録る》わね、いい? と尋ね、岳はうなづいた。 「ネットでバイト探してて、ある条件の人に封筒を渡すだけの仕事。完全出来高制。一人渡してその人がある場所に来たら報酬GET っていうのがあって…あまり時間取られなそうだったから面白がって書いてあったラインに連絡しました」 「つまり面接などはなく、最初からラインだけと」 「はい」 「さっきある条件って言ってたけど…」 「なんか、昔に怖い目にあった人物を探してその子にって言われました。最初はそんなんわかんねーよって思ったんだけど、聞き耳立ててると、結構昔にこう言うことあった的なこと話してるやつ多くて…それ聞いてそう言う子に…封筒を渡してました…」  唯希は要点のみメモをし、やはりトラウマ抱えた子を最初から狙っていたと言う確証は得た。 「それで、封筒が無くなるとLINEで無くなったと連絡して、何日にどこそこのコンビニに到着するって言われて受け取ってました。本当に俺はそれだけなんです。後は何も知りません」  そう必死に訴えてくれば来るほど、時臣の頭には怯えて飛び降りた猪野充の顔や自分を見て怖がった龍平、その他会ったこともない若者が怯えて事故になったことなどが思い浮かび、軽い怒りを抑える作業が必要だった。  岳が『それだけです』『何も知らないでやった』ことが人を死なせることになっていた事は伝えるかどうかは悩む所だ。 「俺…大丈夫ですよね…このままこのバイトぶっちぎっても何もないですよね」  仕方のないこととはいえ、自分の保身ばかりを言い募って来る岳に、時臣は心で数を数えることで怒りを抑えたが 「岳くん!貴方ね自分のことばかり心配してるけど、あなたがy」 「唯希!」  我慢できなくなった唯希が、向き直って怒ろうとしたがそれは時臣に止められた。 「だってボス!」 「岳くんも彼らと同年代だ。憎むなら利用した方にしよう」  急に怒鳴られて、再び岳は縮こまる。自分…なんかしちゃったのか…? 「その髪と、さっきのお仲間見ると察しはつくが、バンドかなんかやってるのか?」  急に時臣にそう言われて、一瞬びっくりしたが確かに岳はさっきの二人と一緒にバンドを組んでいた。 「はい…練習のスタジオとか借りたり、楽器の修理や色々金がかかるから、バイトしてって思って…」  なんかやらかしたのかな、と少ししょんぼりしてしまった岳に、冷める前に食え、とナポリタンを指差し、 「だよな、バンドは金かかるからな…でもな、岳くんが封筒渡した子達も好きな趣味あったと思うんだよな」  時臣はそこまでで止めた。  岳はそれを聞いてもーまあ…そうだろうなーとしか思わなかったみたいだが、いずれ時臣の言葉が解る事態にはなるかも知れなかった。

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