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画像の中の面々

 夕方結城から電話が入った。 「結城さん、どうでした?栗山の話聞けました?」  別件の仕事のまとめをしていた時臣は、唯希にボイレコを要求した。 『ああ、ほんの5分だったが話が聞けてな、土井拓実は栗山が依頼を受けた子で、当日も保護目的で近くにいたと話してくれた。篠田、繋がったなかろうじて』 「高円寺に居た事実はまだですけど、おっしゃる通りかろうじて可能性があがりました」   そう言いながら唯希と共にグータッチをした時臣は、 「ところで、さっきの音声聞いてもらえましたかね」  と先ほど送ったものの確認を取る。 『ああ、聞いた。話しに聞くのとはやっぱり感覚が違うな。奴の携帯はトラックから1mのところに落ちててな、だからあんなに鮮明に音拾ったんだな』  しかし音声があった所で、土井拓実が栗山に依頼してきた親の子であった所で、今回の事件は『土井拓実が栗山省吾を襲って怪我をさせた殺人未遂』は免れないのだ。  土井拓実(この子)は『無事』に助けることは無理だ。頑張ってこの一件を立証して、情状酌量を狙って少しでも軽い刑にしてやることが限界だ。  心神喪失で行けたら、と思う。  結城にも時臣にも重い空気がまとわりついた。 『篠田』 「はい」 『犯人あげような。なんでも協力するし、お前らもありったけの情報を出してくれ。この事件で帳場は立たないだろうが、俺は一応本庁の知り合いに話を通すつもりでいる。そうでもしないと横のつながりだけで全員をカバーするのは無理だ。その時は資料よろしく頼む』 「わかってます、近々そうなるんじゃないかと思ってましたので。こちらも資料作っておきますよ」  そう言い合って電話は切れた。  賢也は木下の携帯から盗んできた画像を眺めていた。 「誰だろこの人達」  画像のホルダーに、見たことのない男達数人の顔画像があった。見るからに盗撮で、若いのもいれば結構な年配もいる。 「まさか夜のお友達っていうわけじゃないよな」  そう思い至ってついプッと吹き出してしまう。 「だとしてもこれはないなぁ」  1人のもう老人とも言える男性を指でつついて、アップにする。 「いや、もしかしたらこういう趣味も…」  社長室で相変わらず暇そうにしている賢也は、独り言など言いながらデスク上のパイン飴を口に入れた。  毎度舐めている飴は、女子社員が自分たちの休憩の時のお菓子を買うときに一緒に買ってきてくれる。  愛想はいい賢也は女子社員には結構人気があって、お菓子の交換や旅行のお土産のグッズなどをもらったりやったりもしているのだ。 「それにこの画像はいったいどこなんだろう」  どこぞの会議室にも見えるのだが、そこには数人の学生風の男性がすわってて、カメラに向かってピースなんかをしていて楽しそうだ。 「なんでこんな画像持ってんの先生は。実はどっかで塾講師でもやってんのかな」  本当にそう思わせる和やかで平和な一枚だ。  蓮清堂は本日も通夜が2軒入っていて、忙しそうである。 「たまには手伝いにでも行こうかな」  時間は18時。そろそろ1回目の通夜が始まる頃だ。  賢也は服を整えて黒のネクタイをし部屋を出た。  裏から出て駐車場経由で外から見てみようと歩いていると、弔問の人たちが車から降りてホールへと向かってゆく。  今日はどんな人なんだろう、と正面から祭壇を覗こうと弔問客と一緒にホールへ向かう。  木下に見つかったら怒られるな〜などと呑気に思いながらいたが、木下はこの後の準備に行っているらしくいなかったので、堂々と中へ入り込んで祭壇を眺めた。  若い20前後の子の写真が真ん中に飾ってある。  サッカーでもやっていたのか、ユニフォーム姿の笑った顔。 ーまた若い子なんだなー  漠然と写真を眺めてぼんやりとそう思う。  最近多いなとは思っていたが、本当に多い。若いと色々あるけどなぁ…などと考えながらまた外へ行こうとホールを出た所で賢也は足を止めた。  前から歳はとっているが足取りはしっかりとした老人がホールへと入ってこようとしている。  咄嗟に賢也はホールの人間にきりかえドアの脇で一礼をすると、その老人も数秒止まって丁寧に挨拶をしてくれた。  なんか見覚えある人だなと思って足を止めたが、つい最近…っていうかあれ?なんかめっちゃ… 「あっ!」  つい声を上げてしまい、振り向いた老人にすみませんと愛想笑いをして外に出る。そしてスマホを出すとさっきの画像を開いた。 「この人だ…なんでだ…なんでこの人がここに…?」  妙な高揚感が体に湧いた。  何かが起こっているようなそんな高揚感  通夜の読経は始まっており、老人は順番に焼香を待ちそして順番が来ると深く頭を下げて遺族へと挨拶をし、正面の写真に向かって30秒くらい眺めて頭を下げ泣いているかのような素振りで焼香を終わらせて、あとはホールの人間に肩を抱かれて脇へとズレた。  遺族の母親らしき人が寄って行って頭を下げ合い、かすかに聞こえたのは老人のー申し訳なかったーという声だった。  賢也は謎だった。  木下のスマホに入っていた画像の老人がやってきて、通夜の本人に頭を下げ遺族に申し訳ないと泣いてるのはいったいなんなんだ???  賢也は慌てて社長室へ駆け込んだ。  以前木下に『なんかやってそ〜』とは言ったが、まさかなとも思っていた。  一緒にいる時にも携帯が頻繁に鳴るし、電話に出る時は部屋を出てゆくのを見て、なんか怪しい…と思っただけなのだが、今日のことで何かが引っかかってきた。  ともかく、木下のスマホにあった画像の人が通夜に来て、遺族に謝ってるなんていうのは普通ではない。  賢也はハッとして窓から駐車場を見ると、さっきの老人が駐車場を歩いている。  咄嗟に身を翻し駐車場に向かい、失礼のないように近づいてゆく。いかにも通りすがりの従業員のように一度立ち止まって 「本日は、残念なことでございました」  と頭を下げ、老人も立ち止まって挨拶を返してくれたが去ってゆこうとするのをどう止めようか…と悩んだ末あまりにも陳腐だったが、転んだふりをした。 「いったぁ!」  思い切りコンクリートにダイブして、なんなら膝の辺り破けたかもしれないほどに擦り付けて賢也は前のめりに這いつくばった。 「だ、大丈夫ですか…」  流石に見逃せず老人が近づいてきた 「あ、すみません。みっともないところを。我が社の駐車場整備不足で、貴方もお気をつけになって下さい」  なんとか起き上がって膝やら胸やらをパタパタするが、案の定膝が擦り切れていた。 ーポールスミスのおろしたてが…ー  涙も出なかった。 「先ほどもお会いしましたね、ご焼香に同席させていただいておりました」 「そうでしたか…なんだかお見苦しいところをお見せいたしました…」  ハンカチを差し出してくれるのを丁寧に断って、それでも老人は脇などをパタパタしてくれた。 「お若い方が亡くなるのは、私どもには堪えましてね…しかもそれが自分の所為だと思うと余計にねえ」  はあ、とため息をついて老人は肩を落とした。 「え?貴方のせいって…そんなこと思い詰めなくてもいいのでは?」  普通に弔問に来て焼香している時点でなんの事件性もないのになと思う。 「私ね、興信所を営んでおりましてね、今日亡くなった子の捜索をしていたんです。でも結果助けられずに…こんなことに…」  興信所というと…浮気調査やまあ企業の調査などもしているはずだし…こんな人探しもするんだと思った。 「仕方のないことではなかったのですか?あまりお気を病まずに…」  車まで足元にお気をつけてと言いながら送り届け、 「こういう生業をしていますが、私どもも若い方のご葬儀は胸が痛むものです。ご本人様をご存知の方なら尚更ですよね。あまり気を病まずにお過ごし下さい」  車のドアを開けてやって、挨拶をする。 「ありがとうございます。少し前が向けそうです。では」  そう言って老人はドアを閉め挨拶をしながら車を発進させていった。  流石に学生時代上下関係も有りで遊んだ経験か、意外と卒無くこなす賢也だった。 「興信所か…人探しの途中でその探している子が亡くなったと…ん〜」  それだけでは何もわからないなと首を傾げながら部屋へ戻って画像を確かめる。  もしもまたなんらかの通夜や葬儀にこの中の人が現れたとしたら…何かが起こっている証拠だろうなぁ… 漠然とそんな事を考えて、次の通夜の依頼書を引き出しのファイルから取り出した。  19時からは55歳の会社員のお通夜だった。 「…まあ、一応覗いてみるかな」  ファイルをめくって明日明後日とめくってゆくと連日通夜や葬儀が入っていて、我が社安泰か?と思わせてくれる。 ー取り敢えずは何日か弔問客に注意してみようー  そう決めてファイルを閉じた。  そして今夜も先生の部屋にいって先生いっぱいいじめて寝かしちゃおう。 また新しい画像があるかもしれないし。  などと楽しそうに考えて、またひとつパイン飴を口に入れた。

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