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音声
栗山の手術は丸一晩かかり、明け方に手術を終えてとりあえずICUで疼痛管理が行われていた。
結城は昨晩から病院に張り付き、栗山と土井拓実の様子を一定時間ごとに医師や看護師に確認をしている、
栗山が命に別状はないことがわかった時点で、強制的な家宅捜査ができなくなったが、話せる状態になったらいち早く調書を取りたいと思っていた。
許可を得て家宅捜査もしたいが、多分それは無理だろうとは踏んでいる。
土井拓実もICUで集中管理をされながら治療が行われており、幸か不幸か頭部への大きな障害はなかったようだが、全身打撲と幾つか内臓が破裂していたらしく、その手術も昨晩行われていて、容態はまだ予断を許さないようだ。
病院のロビーに座って、うとうととしていた結城はコーヒーの香りで目を覚ます。
「お疲れっす」
「須賀、早いな」
腕時計を見ると午前4時45分だ。
ロビーの端に置いてある、カップベンダーのコーヒーを手渡して、部下の須賀が隣に座ってきた。
コーヒーを買っている音も、この手の自販機は結構音がするのに気づかなかったということはどうやら自分は寝てたらしいと今更ながら気づく。
「昨夜結城さんを署で待ってたんすけどね、帰って来ないんで病院だろうと思って来てみましたよ。眠いなら署の仮眠室で寝てください」
コーヒーの礼を言って、一口啜る。
「三鷹署 より美味いな」
とカップに書かれている会社名を眺めた。
「結城さん」
「ん?」
7月には入ったが、病院のこんなところにいると温かいコーヒーは美味いものだ。
「なんか隠してますよね」
須賀は結城の横で、正面を向いてカップで両手を温めている。
結城も隠しているつもりはなかったが、まだあまり大事 にしたくないと言う時臣の気持ちを汲んで言わないでいただけだ。
須賀は、結城もできる刑事だと認めている人物で、いずれは本庁へ推薦したいとも思っているほどの男だ。
気配は見抜かれていたらしい。
「いや…隠してるわけじゃあないんだが…。ただまだ言えないって言うだけでな。お前にはバレると思ってた」
「一緒でしょう」
苦笑して、須賀もコーヒーを啜る。
「で、なんです?俺が口固いの知ってるでしょ」
こんな時ばかり目を見て言ってくるから、油断のならないやつなんだ!と内心イラっとしながらも、須賀には隠し通せないと時臣から聞いた話を全て須賀に話して聞かせた。
「そんなことが起こってるんですか。探偵さんも大変なんですね。で、今回の件がそれに相当するか否かってところなんですね」
「ああ、物的な証拠が今のところないから、その高円寺の『塾』との関連は決めつけられないんだよな。栗山に話が聞ければすぐに判ることもあるかなと、できるだけ張り付いて話せると言われたらすぐに確認を取ろうと思ってここにいる」
「しかしそれが本当だとして、都内中の所轄でそれが事故死や自殺として扱われているとしたら、ほんと一種完全犯罪っすよね…実に巧妙だと思います。まあ、その探偵が言うように、目的が全く見えないのがまた…」
須賀の頭も回り始めたようだ。
まだこの段階では動けないし、今回の事件が発展しても『犯人』は土井拓実で『被害者』が栗山省吾というだけで終わってしまう。
なんとかこの事件が『塾』の一件と繋がれば、そっちもかなり動き出せるはずなのだが。
結城は話を聞いてから、若い学生がぞんざいに扱われていることが許せないのだ。
「土井拓実がなんで栗山を襲ったか、それは今の俺たちには解らない、と言うか調べようがないんだ。怨恨の線を探るしかないが、徒労に終わるかもしれん。まあやるしかないがな。土井拓実の意識が戻っても彼にも答えがでない気もするし」
須賀も手の中のコーヒーの表面をじっと見つめ、少し揺らして波を起こした。
話を聞いて興味を持った須賀は、一連の『塾』関連を追求したくなった。追う側にして見たら、完全犯罪などはさせるわけにはいかない。主犯のやつの狙いも俄然知りたい。
「結城さん、この一件面白いですね。探偵さんたちの手を借りてでもこの犯人あげていきましょう。自由に動けるのは探偵でも、逮捕ができるのは俺たちしかいないんですから」
結城の意思を読み取り、協力すると言ってくれている。
「やっぱり頼りになるんだよなぁお前」
「やだな、今まで頼りにしてくれなかったんですか?これからもどんとこいですよ」
笑ってない目でにっこりして、
「じゃあ俺、土井拓実の確認しきますね、結城さんは栗山の確認どうぞ」
と言って、コーヒーを飲み干し立ち上がった。
結城はそれを見て、手の中のカップを掌で確認しそれに続いてコーヒーを飲み干した。
「篠田!これ聞いてくれ」
事故が起こった次ぐ日の昼12時半。
ダイニングで素麺を啜っていた事務所メンバー3人と悠馬を入れた4人は、インターフォン越しに叫んでいる中条に眉を寄せた。
インターフォンを繋いだ唯希は、
「そんな大声出さないで、とりあえず中入ってください。あ、そうめん食べますか?」
「あ、うん食べる。じゃあすぐ行くわ」
まるで素麺を食べにくるような口ぶりでインターフォンはきれ、2分後くらいに部屋のインターフォンが鳴って唯希は開錠してやった。
「いやあ、悪いね昼時に。素麺いいね、お?天ぷらまである!唯希ちゃんの手作り?俺カボチャ好きなんだよね〜」
テーブルの真ん中に置かれた皿から天ぷらを摘もうとした手に
「手を洗ってからね!」
と唯希に箸を刺され
「いっでえ!普通刺す?箸刺す?」
とまた一騒ぎ
「中条 なんか変だぞ、どうした?何か聞かせたくてきたんじゃねえのかよ」
お椀を置いて箸でかぼちゃの天ぷらを口に入れてやる。
「ほうほう、ほれへひゅうひんほはんふぇいかは…」
「食ってからしゃべれ」
言われてかぼちゃをもぐもぐしてから再び話だすには、
「これ、友人の探偵から貰ってきたんだけど、これすごいよ。昨日の三鷹の事故の、事故が起こった瞬間の音声なんだ」
「え?瞬間?」
「そんなのがあったのか!」
時臣と唯希はいろめき立つ。
典孝は今日は瀬奈のマインドコントロール解除の進捗を話に来ていたが、昨日の事件のことも解っていた。
「瞬間ってどう言うことなの?」
ボイレコをもってダイニングに着いた中条は、又聞きだけどと前置きしてから
「昨日の事故の直前に、栗山っていう興信所のやつは電話してたんだよ。電話をしながら土井拓実に襲撃された。だからその瞬間がばっちり録れてるんだ。電話の主も探偵で反射的にボイレコスイッチ入れたらしくて…聞いたけどちょっと生々しいから…悠馬くん…聞かせてもいいのかな」
時臣はあまり聞かせたくはないとは思ったが、悠馬は別に平気だよ〜と飄々としている。
しかしまだ20歳前なので、一瞬部屋行ってて欲しいと時臣に言われ
「も〜〜過保護だよ!」
とぶつぶつ言いながら部屋へ行ってくれた。
「まだ食べるからね。終わったら呼んでよ」
「わかった。悪いな」
悠馬が部屋へ入ったのを確認してから、中条は覚悟して聞いてねと言いながらスイッチを入れる。
んだおまえ!なになにっっっ!』
『殺させねええええええ!お前は誰もころせねええ』
「おい!栗山!おいどうした!」
『やめろなにしっあああっひいいいっ』
キキキーーーーーーーッ バンッ
ひあああっ
ぐううっああ
メキメキメキメキっ
キャーーーーーッ
事故だ!警察へ連絡しろ!誰かAEDを!
「本当に生々しいな…」
時臣が唾を飲み込んだ。唯希も口元に指を当てて硬直している。
典孝は素麺を啜りながら、
「最後の方、骨砕ける音ですねえ。粉砕骨折でもしたでしょうか。おおかたタイヤに踏まれでもしたんでしょうね」
などと涼しい顔で言って来た。
「医者って怖いわね…」
先に結城から粉砕骨折 を聞いていたので、その通りだからほんとうに怖いし、平然と食べてるのも怖い。嫌なものを見る目つきで典孝を見る唯希に
「失敬な。慣れているだけですよ。たまに治療で骨をね、こう…」
「要らない要らない!そう言う説明要らないから」
唯希が耳を塞いで声を上げている端で、時臣は
「よく録ったなこれ」
「まあ偶然なんだろうけど、即座にボイレコ入れるのは俺も感心したわ」
と、中条ともう一度聞き直す。
「臨場感あるよなぁ…」
「あーあーあーもうききたくなーいー」
唯希はアイランドキッチンへ逃げ込み、ついでに中条の素麺の準備を始めた。
そうなのだ。話で『殺させねえ』と言っていたと聞いてはいたが、実際に聞いてみると、感情が伝わってくる。
「でも…これは確かに彼女を守る感じが出てますよね…」
「彼女?」
中条が唯希が用意してくれたお椀と箸で、目の前の素麺をツルツルと吸い上げた。
「ああ言ってなかったか。昨日興信所所長 を襲った土井拓実には彼女がいてな、その彼女が地面に血を流している土井拓実のそばで半狂乱で泣き喚いてたらしい。土井拓実が栗山を襲ったのも、マインドコントロールで麻痺した頭で彼女まで殺されるんじゃないかと混乱して彼女を守るためなんじゃないかって、唯希と話してたんだよ」
「そんな話があったんだな。あー今日来てよかったわ。そう言う話すぐに教えてくれよ。俺だってこの件に最初からからんでるんだからさ」
皿の上の素麺を全て攫って食べ尽くし、後は唯希が作ってくれているのを待つだけだ。
「ねえもういい?素麺食べたい」
部屋のドアから悠馬が顔を出してきた。
「お、すまん。もういいぞいっぱい食え」
呼ぶの遅いよ、無駄話してるのきこえてたからn…あああ!俺のそうめんないじゃん!!」
悠馬が座っていた隣に陣取った中条が、目の前のものを食べていた。それが優馬の分。
「中条さん!俺のそうめん食っただろ!」
「あ、目の前にあったから…つい」
「ついじゃないよ!唯希さん俺の分も茹でて!」
「あー…あはは。残り1人分しかなくて…じゃあこれ悠馬が食べる?」
「えーそれ俺のでしょ」
もう小学生みたいなやりとりの中、時臣は小さく絞った音声でさっきのを聞いていた。
やはり少し声も言い方も常軌を逸している気はする。絶対とは言い切れないが、これは『|マインドコントロールをかけられてる』…とは思う。
これは結城にも渡しておいた方がいい気はする。
「中条」
「ん?」
「皿を奪い合っている中すまないが、これパソコンに取り込んでいいか。三鷹署の刑事にも聞かせたいし」
「あ、いいよ。俺だって友達の友達経由だし。まあばら撒くのは困るけど、これは探偵同士の戒めにもなっててさ、調査対象者の扱い方が浸透してってる」
それが1番の抑止力なのだ。
対象者を刺激しなければ事故は起こらない。事故が起こらなければ、まだ推測の域は出ないが葬儀屋も仕事が減ってゆく。
「そうなった時、主犯のやつはどう出てくるんだろうか…」
時臣はデータをコピーし、それを結城に送る準備を始めた。
そんな時典孝が
「瀬名くんのマインドコントロールの解除の進捗を送っておきました」
言いながら一枚の用紙を持ってデスクまでやってくる。
「お、サンキュー。まあ見ればわかるんだろうけどどうだ?」
「はい、綾瀬さんに3回退行法で『塾』にいた記憶を排除してもらいました。まだ少し残っているようですが、あとは周りの人間が言葉で諭すように『誰もあなたを狙っていない』と言い聞かせるしかないようです。ボスの写真で確認をしてみましたが、まだ瞬時に顔色が変わるので、ボスは砧 (瀬奈の家のあるところ)の方へはしばらく行かないでくださいね」
「でも逃げ出すようではないんだな」
「はい、そこまでの回復はなんとか。でも本物見てしまうと判らないので、できるだけ…。もし用があるなら唯希さんや中城さんに頼んでくださいね」
「おいおい先生!俺はここの従業員じゃゃないんですけど〜」
なんとか悠馬と半分こした素麺を食べ終わらせ、中条はお茶を飲んでいた。
「ああ、そうでした。最近よく会うのでつい」
という訳なのでよろしくお願いします と一礼して、典孝は事務所の方へ戻っていった。
「なんなんよな、あいつ。でも瀬奈くん回復してきてるようでよかったな」
「まあな、解除って本当にできるんだって俺思ったわ」
取り敢えず結城へと音声を送って、改めて典孝がくれたデータと用紙をじっくり眺めることにした。
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