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マニア

「警察の案件になったんですねえ」  唯希が、帰ってきた時臣に感慨深そうにお茶を淹れてくれた。 「俺たちには俺たちなりのやることもまだまだ有るぞ。気を抜くなよ。 「何するんですか?」 「蓮清堂を探ろうと思う。あと探偵等(俺たち)の面割れの経路だな」  一口飲んだお茶は、いつもと違って美味しい気がして湯呑みの中をついのぞいてしまった。 「取り敢えずワンステップ上がりましたからね、お疲れ様です」  意を汲んだのか、いいお茶仕入れておきましたと笑いながら自分も飲んで美味しいとニコニコしている。  まあ、男性とはわかってはいるが、唯希のこう言った時の笑みは意外とリラックスをさせてくれた。  勿論仕事面の有能さと、普段の気遣いには本当に感謝をしている時臣だ。 「でも、随分切り込む覚悟しましたね。いよいよ本丸ですか」 「今のところは、絶対的に蓮清堂の用賀支店が関係してると断言できる要素は全くないんだけど、なんて言うか俺の勘がなぁ…あそこがやばいって言ってて」  勘で人を裁けたりできないのも重々わかってはいるが、この稼業をやっている以上その『勘』も解決の糸口には必要だ。 「猪野充くんのお通夜で笑ってきた人、そこは私も引っかかります。そもそもボスと知って笑ったのかそうじゃないのか、知ってたとしたら何故、とかからまず始まりますもんね」 「そう考えると、調査するって言ってもほぼ最初からって感じだなあ。まずは、蓮清堂が本ボシと決めて考えないとだ。自殺なり事故にあった子達の葬儀を、どうやって自分の会社に持ち込むかを調べなきゃだよな」 「そうですね、漠然とエグい営業とか病院や総看護師長との癒着は噂ですしね。その噂をまず調べますか」  電子ケトルから急須にお湯を入れ、二杯めを注いでくれながらー本当に1からです よねーと唯希が呟き 「ま、やりがいと思おう」  と、時臣もありがとうと礼を言いながら湯呑みに手を添えた。  しかし意外にも、と言うか病院関係はやはり典孝が強く、典孝が務める病院の近隣の病院ならあらかた情報が入ってきた。 「蓮清堂は、病院関係者の中でも比較的有名です。どこ支店と言わず、営業強いですよ」  取り敢えずたまたまいた典孝に相談したらそんな結果だった。  「どこも生き残りをかけて大変なんだなぁ」  時臣も、企業努力とは解っていつつも少々呆れるほどだ。 「救急車入ってくるとほぼ営業の人いますからね。僕たちの間では、救急車を盗聴でもしてるんじゃないかと噂になってるほどで」  あははは、と面白そうに典孝は笑うが、時臣と唯希はーそれか…?と顔を見合わせ、半ば本気で考える。 「発信機…と言う手も考えられますよ?」 「あ、学生の方にか?」 「でもどうやって…」  一瞬で閃いたのは、全員に支給されるというパソコンだった。しかし今回の土井拓実は持っていなかったっぽいし…とは思うが亡くなってはいないから、まだこの話に載せてはいけない。 「パソコンか…誰か詳しい奴いたか…瀬奈くんか龍平くんのパソコン解体してみるか」 「ボスの知り合いに、盗聴マニアの人いたじゃないですかあの…一ノ瀬さんでしたか」  知り合いというと少し抵抗はあるが、この稼業には割と欠かせない人材なので少し大事にしている男、一ノ瀬。 「あいつの髪…どのくらい伸びたんだろう」 「そこじゃないですよ、気にするところ」  唯希に言われるが、以前会った時…一年くらい前は背中の半分まで行っていた。 「半引きこもりだからなあ…あいつ」  ちょっと小太りのニキビ面が思い浮かぶ。 「頼むんですか頼まないんですか?」 「いや、お願いしよう。その前にパソコンここに持ってきておかないとだな」 「発信機ついてるのにですか?」  本当によく気付く。 「ああそうか…でも脱けたやつのパソコン気にするかな。初期化もされてるし」 「念には念をです。それに発信機はそれ自体の電池がある以上半永久的ですよ。どっかの会議室も押さえますね」 「そうしてくれ」  本当にいいバディを持ったわ。  典孝は、自分が軽く言ったことが調査のきっかけになって満足そうに唯希の淹れてくれた『美味しいお茶』を飲んでいたが、盛り上がる2人を横目に「美味しいお茶」がたいそう気に入ったらしく、自ら電子ケトルから急須にお湯を注ぎ湯呑に注いでいた。 「唯希さん、このお茶の銘柄あとで教えてくださいね」  呑気にそう言いながら湯呑みを持って、事務所の方へ行ってしまう。 「あ、ごめんね典孝。わかった、後でねー」  伊藤瀬奈に連絡を入れながらそう返事して、唯希は瀬奈にパソコンを借りる段取りをつけた。  3日後の午後3時に、世田谷公民館の一室で一ノ瀬がパソコン内部の発信機を探し当てた。 「やっぱり仕込まれてたか…」 「因みに、これは今でも発信し続けてますがいいんですか?潰します?」  一ノ瀬はワクワクした顔で言うが、今「ここで」潰すのはまずいと判断をする。  もし何かの折に仕込んだ発信機が潰されたことがバレると、向こうに警戒をさせてしまう。  今はまだ現状維持でいるべきだ。 「いや…元通りにしておいてくれ。まだ時期じゃない」  時臣の期待虚しく襟足までさっぱりを髪を切り揃えた一ノ瀬が、つまらなそうに またパソコンを組み立て始めた。 「それにしても一ノ瀬、髪の毛伸ばしてるんじゃなかったのか」  以前とは打って変わった姿に感心して時臣はその背中に話しかける。 「いやーただ単に金がなかっただけっすよ。最近ちょっと定期的に金が入ることがあったんでやっと切りました。洗うのが楽っすよね、やっぱ」  精密ドライバーを操り、見ている間にパソコンは元通りになってゆく。 「へえ、いい仕事あって良かったな、まさか違法じゃないよな」  冗談まじりに笑いながら言ってみるが 「まー、ギリギリ?っすかね」  おいおい、とは思うがまあ人様の食い扶持を稼ぐ方法に口出しはしないほうがいいかとは思う。自分とてギリギリなことはやってるし。  とは思うが次の言葉は聞き逃せなかった 「警察とか消防の無線をね、傍受してとある所に伝えるんすよ〜これが楽しくて楽しくて。俺の趣味にぴったりでしょ。一件につき5000円貰えるんすよ。ボロいですよ」 「ちょっと待て、警察や消防の無線を盗んでたのか?それどこに渡してたんだ」 「傍受自体は別に法律違反じゃないっすよ〜。俺はそれを伝えるだけ。先様が何に使うかは俺には関係ないっす。それとどこにって、依頼主の話はあんたも探偵ならわかるでしょ。言いませんよ」  まさかこいつ…が…? 「ああ…そうだよな、すまんすまん。で、その仕事って他にもいるのか?」 「あー俺も盗聴仲間から貰ったから他にもいるんじゃないっすかね。俺らみたいのにはうってつけですし。趣味と実益兼ねてるなんてサイコーっす」  サイコーっすっと言いながら、パソコンをひっくり返し、 「こっちも終わりましたー」  と振り返ってきた。 「一ノ瀬、今日の支払い一万にするからさっきの話、依頼主までは聞かんけどちょっと詳しく話聞いていいかな」 「え、倍くれるんすか?いいっすよ。依頼人以外ならなんでも」  目が¥になって立ち上がり、 「じゃあケーキセットも」  抜け目なくそう言ってきて 「わかった」  と2人で近くのイートインのケーキ屋へと移動した。  一ノ瀬に言わせればこうだった。  盗聴の仲間から1ヶ月半程前に、警察と消防の無線傍受やらないかと話があったらしい。  範囲が狭いから人数がいると言うので、『協力してやらんでもない』くらいな気持ちで始めたらしいが、さっき自分でも言っていたとおり『趣味と実益兼ねてて、これが実に楽しい』かったらしい。  内容は、主に事故や自殺に関してだけで、『どこどこで何歳の人が事故にあった』とか『飛び降りがあった、年齢は何歳くらいで』とか言うものだったらしい。  なかなかに生々しいのだが、警察を傍受するということが金になることで舞い上がり、今も継続中だとも言っていた。 「あまり興味がなくて警察車両等の傍受してなかったんですけど、意外と事件って多いんすね、びっくりします。特に最近20歳前後の自殺や事故多かったなぁ」  目の前でケーキを食べながらオレンジジュースを飲むという、ちょっと受け入れ難いことをしている一ノ瀬だが、話の内容はきっちりと今回の件にはまっていた。  関わっている人間の範囲が広すぎる。 「俺の情報を受け取った先様が何かしてたとしても、俺は依頼を受けて仕事を全うしただけっすからね。さっきも言いましたけど、警察や消防の傍受自体は罪にはなりません。だからギリギリって言ったんすよー」※  こうなってくると、一ノ瀬や同じような者たちの連絡を受けて依頼者は病院へ向かっていたと言うことになる。  その受け手が蓮清堂だとしたら、これは疑惑がより濃くなってくる話だった。  しかも、警察では亡くなった学生たちは全て「自殺」「事故」で片付けられているのだから、ここまで手の込んだことをされたことが解明しても、依頼者は安全圏だ。  この一件は…果たして刑事罰は問えるのか…という薄暗い不安が心に湧いてきた。    [※現行では、すでにデジタル化が整備され緊急車両の無線傍受はできなくなっています。まあ、その隙をつくのもこう言う方々の趣味なんでしょうけれど]

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