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探偵の弔問
会社の自分のデスクで、木下は本日の一件の通夜の仕様書を書いていた。
昼間の1時からは昨日の通夜の本葬が行われることになっていて、社内は準備に追われている。
大きなホールを使う70歳の年配男性の葬儀で、趣味が広く弔問客もかなりいるだろうと大きな祭壇、大きなホールを家族が決めて来た。
普通にこういった葬儀でも十分なのだとは木下も思うが、賢也の社長としての存在感を持たせるにはもっと必要と考えてはいる。
しかし最近自分が建てた計画の本数が少し減って来た気がする。
探偵も馬鹿じゃないだろうから、などと蔑んだことまで思っていた木下だが、まさか手を打たれているのかと多少なりと思わないこともなかった。
そろそろ潮時か…次の収益を増やす計画を考えないとだな…と手を動かしながら違うことを考えるという器用なことをしながらキーボードを叩いている。
若い学生ならマインドコントロールにかかりやすいと踏んだが、今度は年寄りはどうだろうか…などとカタカタと手を動かしていると
「せーんせっ」
後ろから肩越しに顔が近づいてきた。
「け…社長、会社ではそう言う態度困りますね」
一瞬キョロっと周りを見て、小声でそう言うと椅子を回して振り向く。
「なんですか?ご用がありますか?」
賢也は近くのデスクの椅子を引っ張ってきて背もたれを前にして座り
「いやー、いつもホールとか歩き回ってるイメージが強すぎて、座って仕事してるの珍しいなと思って」
椅子を揺らすとキコキコ言うのを気にして、座ってる椅子の足の方を見てみる。
「私だって書き物の仕事ありますよ。椅子の音気になりますか?」
「ん〜この間ね、俺駐車場で転んだんだよね…うちの設備結構古くなってない?駐車場ひびとかうねりとかあるよね。あれ整備しない?」
ーこう言う備品もさ〜ーと、ますます椅子を揺らしてキコキコ言わせてきた。
「まあ…ここのところ業績も上がってますし、本社に掛け合ってみてもいいんじゃないですか?椅子とかはいずれにしろ、駐車場まで行くと本社がやる案件ですよ」
ーそうなんだー初めて聞いたような顔をして、窓から駐車場を眺める。
「もう少し広くもしたいしな。最近仕事も多いじゃん。お客さんも多くなったしさ」
意外にも業績を気にしてるのを少し前から感じていた。
少しは社長としての自覚が芽生えて来てくれたかと少し安堵するが、今までの行いを見ているとそこで芯から安心はできない。
「ホールの前まで伸ばす計画は前からあるんですよね。そろそろそれ進めてみますか」
引き出しから社内改装案と書かれた大きなファイルを出して、確かこの辺に…と紙を繰る。
「改装の話なんかもあるのか?」
「ああ、これはちょっと大袈裟にファイルのタイトルを私がつけただけですよ」
「しかも紙で保管とか…」
社内で1番改革をしたいのはパソコンで、古いタイプのパソコンを使っているために、こう言った書類等も未だ紙も多く徐々に改革はしてるが最新機がまだ1台という寂しい現状で中々データ化が進んでいなかった。
「社員はみんなスマホで管理してますけどね」
苦笑してこれですね、と一枚書類を抜き出して賢也に渡す。
「へえ、これなら雨の日とかもお客さんあまり濡れなくて済むな。これ進めないの?俺いいと思うけど」
「来月所長が本社会議に行くので、その時にでもお伺い立ててもらいましょうか。許可が出るかは分かりませんけどね」
用紙を受け取りファイルに挟み引き出しへ入れるのを確認するように、賢也は立ち上がって
「今日行くね、せんせんとこ」
そう言って戻って行った。
「何しに来たんだ?」
とつい口に出してしまいたくなるほど、些細な話で去って行ったなと後ろ姿を見送る。
ー今夜来ると言っていたが、最近二日と空けずに来るな…ー
いや自分は嬉しいが、何もしない日もあって最近何を考えてるのかがわからなくなってきた。多分あの性格だからそろそろ飽きられるかもしれないなとも思っちゃいるが、社長としてここにいてくれたら木下はそれでよかった。
お仕えするだけで本当に良かったんだから。最初から。
18時からの通夜が始まる頃になると、賢也は社長室を出て裏からまた駐車場経由でホールを覗き見に行った。
今日も19歳の男性の通夜である。
今日は木下が居るのでこっそりと覗く感じにならざるを得ないが、受付からすぐのところに立つ木下からは見えない位置で、弔問客の顔を確かめる。
それなりに頭を下げてホールの一員とした感じは出しながらいると、
ーきた…ー
毎日画像を見て顔を覚えていた中の1人がやって来たのを確認した。
その人を見送り急いで社内に戻り中からその人の焼香を見守る。外からだと木下に確実に見つかるから。
画像にいた人はもう1人を伴ってやって来ていた。当人が黒髪短髪を今日のためにワックスでまとめているのと反面、連れの人はきちんと礼服は着ているがオレンジに近い茶髪をそれなりにワックスはついているようだが後ろで束ねているだけの頭でやって来ており、結構目立ってはいた。
受付を済ませてホールの入り口を入る瞬間を確認することができたが、そこには木下が頭を下げて弔問客を迎えている。
会場の脇から木下に気づかれないようにのぞいていたがその画像の人物が入り口を入る時、頭を下げた木下がニヤリと笑ったのを賢也は見逃さなかった。
ー笑った?あの画像の人を見て笑ったよな、先生…ー
2度見した時にはもう普段のクールな顔に戻っていたが、絶対に今笑っていた。
ーなんだろ…やな顔だったー
そう思ううちに画像の男は連れと共に列に並び、数珠を取り出して焼香を待った。
順番が来ると前に来た興信所の年配の人のように遺影をじっと見つめ、そしてふっと諦めたような顔をして焼香をしてから親族へ頭を下げる。
その時に画像の人が母親に頭を深くさげ、今日は声まで聞こえなかったが母親がその人の肩に手を置いて頭を上げさせるような素振りを見せているところから、またなにか謝っているようにも見えた。
ここのところの通夜全てで画像の人を探したが、興信所の人と会って以来の19歳の通夜で、またしても画像の人が現れ、そして親に頭を下げる行為が見受けられた。
ーあの人も興信所かなんかの人なのかー
そしてそこからまた木下の前を通ってホールを出たが、その時は木下は笑わなかった。
ーなんなんだろう。変な違和感がある…ー
賢也は画像に写っていた人となんとか話がしたくいたが、前回のように転ぶ作戦は服を痛めそうで嫌だし、かといって気さくに声をかけるのも憚られる。
どうしたら…
廊下の窓から見ると、先日の年配と違ってスタスタと歩きも早く車へ向かうのに迷いがない。
「あ、やっば…もう…うん仕方ない」
賢也は走り出し、どストレートに話しかけようと裏口から駐車場へ向かったが、今度は本当にコンクリートのめくれに足が引っかかった。
「うわああっ」
なんとか膝をつかないように体を丸めて前に倒れたら、つい本能が受け身をとってしまい。背中はついたがくるっと地面を回ったと思ったらスタッと立ち上がってしまう。
「え」
流石に両手を上げることはなかったが、服を守ろうとする余り返って恥ずかしいことをしてしまったのではないかと、少し先で口を開けてこちらを見ている2人に
「たはっ」
と笑ってしまい、それを見ていた2人はーおお〜〜ーと言って拍手をくれた。
「いやいや、大丈夫っすか」
茶髪を纏めただけの男が近寄ってきて汚れをたたいてくれ、画像に載っていた男も近寄って髪についた小さな枯葉をとってくれる。
「すみません。お見苦しいところをお見せして」
内心ほんとだよ、と情けなく思いながらー大丈夫ですからーと服の埃叩きや髪のゴミ取りに後退りした。
「先ほどお焼香された方達ですよね、あ…失礼いたしました、私はこういうものでして」
うまく受け身を取ったらしく、服の汚れは叩けば落ちる程度で良かったと襟のあたりを少し叩いた後、胸ポケットから名刺入れを出し一枚ずつ2人へ渡し、2人も仕事柄どう繋がるかわからないから名刺を渡しておいた。
賢也はその名刺を見て、ーやはり探偵かーと納得し、2人は2人で
「えっ!社長さんなんですか?びっくりですよお若いから…へえ〜〜」
お若そうだから新人かと思ったという言葉は避けて、改めて挨拶を交わした。
「ええと、こちらが天野さんで、こちらが中条さん」
そう、今日お供でやってきていたのは中条だった。
今日天野が来たのは、天野の依頼者の子が今までの定説通り天野を見て道路に飛び出して事故に遭い、病院での必死の処置も虚しく亡くなってしまったからだった。
中条もそれを聞いて、いろいろ調べている中だったので少し凹んだが、時臣から聞いていた葬儀屋だと聞き、通夜に参列すると自ら名乗り出てここへきたのだ。
「敵情視察言ってくるぜ〜」
と出発前に唯希へ連絡をしてからきたので、後で話さねばならないからそこの社長自らが話しかけてきてくれたのにはラッキーでもあり、何か意味がありそうだった。
「我々に話しかけてきたのは、転んだからではないですよね…」
それを言ったのは天野だった。
天野も中条から今回の話は聞いており、この蓮清堂用賀支店が何やら怪しいのもわかっている。
「いやぁ、探偵さんにはごまかしは聞かないですよね、少し話いいですか?」
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