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社長の疑念

 今は通夜の最中で、誰も社長室には来ないはずだ。まあ来客中とドアのプレートを変えておけば誰も不躾には入ってはこないし。 「裏からの方が近いんで」  と社長室へと通し、プレートを変えて鍵までかけた。 「実はですね…」  と言いながらも、家具調の小さな冷蔵庫からこんなものしかなくてといいながら缶コーヒーを出してくれて、やっと応接セットの対面に座ってくれた。 「これを見てください」  テーブルに置いたのは、例の木下のスマホから持ってきた数名の男の画像である。  2人がそれを覗き込むと、知った顔が何名かいてそれのどれもが知りうる限り探偵か興信所の者だ。時臣も天野もいた。 「これは…」 「あなた方も…先ほど名刺で確認させていただきましたが探偵の方ですよね。この方達もご同業ですか?」  そこで頷いていいのかは迷ったが、頷かないと話も終わってしまいそうだったので 「そうですが…これはどこで…」  明らかに盗撮で、この人数を集められるのは不気味だ。 「この画像は、とある人物からちょっと拝借してきたもので、どこで入手したかまではわからないです。その人のスマホにこれと、後これが入っていて…」  その画像は、本庁で話をしていたときに唯希が龍平から送ってもらった『塾』内部の画像だった。土井拓実が後ろに写っていて、数名の学生が楽しそうにピースなどをしている例のあれだ。 「これは…」  中条はこの画像を知っていた。これを持っているとしたら、持ち主はかなり黒に近い…。 「これの持ち主のお名前は…教えていただけ…ないですよね」  今聞いておきたい。まだ全然そいつを追い詰められる資料(モノ)はないが、名前だけでも知っておきたい。  しかし賢也は首を縦に降らなかった。 「私はこの画像が最初は謎でした。持ち主は男性が好みなのかとも思いましたが、先日…3日くらい前かな、この中の方が弔問にこられましてね、興信所の方だと教えてくれたんです」  賢也はスマホを取り上げその男性をタップした。  大きく映し出されたのは、中条も天野も知らない人物である。 「その時も19歳の学生さんで、この方は居場所のわからなくなった対象者を探したまではいいが、こんなことになって申し訳なくいる、と言っていました。僕はその日から通夜の弔問客を全て見てきました。年配の方や女性の方の通夜にはこの画像の方は現れませんでしたが、今日ですよね。20歳(はたち)前後の人の通夜はあれから今日で2度目ですが、貴方がたが来たと。まだ自分にも何がなんだかわかりません」  たまたま若い子の通夜で、たまたま興信所の人間に当たったと考えるのが妥当だろうが、この社長はなぜそこまで調べようとしてるのかが2人は気にはなった。 「ぶっちゃけますと、この画像を持っていたのは我が社の社員です。なのでもしも刑事罰などが下るような案件だったとしたら会社にも少なからず影響が出ますよね。できれば私はそれは避けたいです。20歳前後の方の弔問に、探偵さんや興信所の方がいらっしゃることについて、なにかあるんでしょうか。今日はそれを聞きたくてお声がけしました」  そう言いながら、缶コーヒーをカシュッと開けて口にする。  2人はどこまで話せばいいのか悩んだ。  まだ推察の段階だし、蓮清堂用賀支店(この会社)がどう関わっているのかまでは、社長の言葉だけでは判らないし、信用もできない。  しかしこう切り出されて、知らぬ存ぜぬを突き通しても得策ではないかもしれない…というのは2人の見解だ。  2人はー失礼ーと立ち上がって、ソファの脇に立ち短い確認を取り合った。  そして戻って中条が話を続けることにする。 「社長がお気づきの通り、今私どもはその20歳(はたち)前後の子の自殺や事故に関して調査しております。その事が、こちらの会社と何か関係があるかどうかは判りません」  中条は一旦区切って、天野ともう一度頷きあった。 「こちらに限らず、どの葬祭会館でも学生のご不幸は弔われているので蓮清堂用賀支店(こちら)だけが特別という訳でもないです。しかし貴方が言うその画像を持っていたという社員さんは、その事実だけで少々こちらも思うところが出てきます。それを含めてこちらでその調査をさせていただくことにしますが、よろしいですか?」  賢也はーありがとうございますーと軽く頭を下げたが 「それと」  と、言いながら顔を上げた。 「私どもは、会社ぐるみでどうとかは本当にないので、そこは信じていただきたいと思います」  お飾りと聞いていたが、なんだか会社に対し真摯じゃないか、と天野も中条も思う。 「でしたらまずは、その社員さんですね。お名前等をまだ言いたくないのであれば、結構ですがもしもこちらで突き止めた時は素直にご回答していただけたら助かります」  それはそれで降参するしかないので、賢也も頷いた。 「私は私で、何かありましたらお伝えいたしますが、画像を持っていた人物に関しては暫く様子を見ることにいたします。そちらも何かありましたらご連絡下さい」 「よろしくお願いいたします。名刺にメールのアドレスもLINEも載せていますので、ぜひそちらから」 「わかりました」  あまりにも物分かりがいいのでーまさか逃しやしないだろうなーと言う一抹の不安も覚えたが、それはその時だ。言われた話は実はボイレコ済みなので、盗聴は証拠にはならないが言った言わない論争には効果的だ。 「ではこのことは、纏めているものがおりますので、その者には話を通しておきます。では、もうしばらく様子見、と言うことで」  そう言いあって、天野と中条は帰ってきた。 「社長が?」  帰りに中条は時臣の事務所の前に下ろしてもらい、天野は別件があると言って帰って行った。 「そうそう、びっくりしたわ。なんか転がってきてきてクルリンパって立ちあがってきたから、最初は物理的にもびっくりしたけど」 「どういうこと?」  煮込んだカレーを温めながら唯希が眉を顰める。 「言った通りのこと」  肩をすくめてお皿にご飯を盛ると、カレーをかけて中条へ持ってきた。 「ごちー」  両手を合わせていただきますをしてから、中条はカレーに食いつく。 「みんなは?」 「もう食ったよ。7時半過ぎてるんだぞ」  デスクについて今聞いた話をパソコンで入力していた時臣は、コーヒーを入れに立ち上がった。 「唯希時間は大丈夫か?毎日残業悪いな」 「晩御飯頂いてますから。お気になさらずですよ」  サラダも持って行ってやり、さらにお水まで。 「なに?今日サービス良くない?」  中条が不気味そうに唯希を見ると、 「いい情報持ってきたっぽいから。早く食べてお話聞かせてくださいよ〜」  角を挟んで座って、両頬杖をついてじっと見てくる。 「食いづらいけど…」  眉を寄せた顔で口だけ笑っている唯希が、急かしているのは解った。 「もー、食べながらでも話すよ。んでな、その伊丹賢也な、社長だけどスマホに…あれは何人だろその画面では12人ほどだったかな、男ばっかの画像があってなその中で俺が知る限り4人、天野が知ってるのが3人全員探偵か興信所のやつだった」  コーヒーを入れたついでにダイニングテーブルに着いた時臣は、唯希が書いているメモを覗き込む。 「中条(お前)が4人で、天野が3人か…ほぼ全員業界人だと思っていいな。もしかしたら、その画像を持ってた奴ってあいつかも知らんな」  熱いコーヒーを難なく啜り、中条のスマホを持って首を鳴らした。 「あいつって、お前知ってんの?その画像の持ち主」 「多分としか言えねえけどな、用賀支店で怪しい奴ってったらあいつしかいねえ」  イラついて、もう頭から離れない嫌な笑みの木下を思い浮かべて顔を顰める。 「木下裕二、年齢はわからん。身長は俺くらい。多分用賀支店(あの会社)でも、主任とかそういう役職はついてそうな雰囲気ではあったな」 「へえ、そう言う奴が居るのは知ってはいたんだな」 「そいつは、猪野充の通夜の時俺見て笑ったんだよ。嫌な笑みで頭から消えねえ」 「笑った?」  時臣は、猪野充の通夜へ行った時のことを話して聞かせた。 「それ以来ずっと考えてた。なんであいつはあの場で俺を見て笑ったのかってな」 「たまたまなのか、お前だからなのかはわからねえけどなぁ。でもお前だからだとしたら嫌な感じするな」 「だろ?でもな、調べていくうちに段々と推測ではあるが俺には確信めいたことが出てきたんだ。今調べてるのは、俺らの顔を学生に植え付けて俺らを怖がらせ、それで事故に遭わせたりビルから飛ばせたりしてる原因(大元)だろ?その子達の通夜とか葬儀に、その怖がった探偵(俺たち)が弔問に行ったとしたら…原因(大元)だったら面白くてしょうがないと思わねえか」  中条が大きなじゃがいもを1、2回噛んだだけでそのまま飲み込んでしまい、唯希が背中を叩いてやる 「エゲツな!なんだそれ、エゲツなさ過ぎねえ?」 「まだ俺の推測にしか過ぎないから、本当のところは判らんが…本当にそうだとしたら、まじでエゲツねえよな。俺にはどうも面白がってるとしか思えないんだよ」 「じゃあもっと言えば、業績を上げるために学生を操って…てことか…?」 「それがもう楽しくて仕方ないのかもな…実際業績は上がってるだろうし」   時臣は怒りを抑えるように目を瞑って、コーヒーを啜りあげた。  中条もスプーンを置いて水を飲み、食べるのをやめる。 「その…木下ってやつはさ…業績上げて何がしてえんだろうな…自分の立場かな…いずれ1店舗任せられたいとかそういうさ…」  やりきれないと言った声で、中条はグラスを握りつぶしそうだ。 「まだそこまでは全然わかんねえ。推測だし。そうなのかもしれないし、そうじゃないかもしれねえ…でもな中条。俺らの勘ってバカにならねえだろ」  一旦中条からグラスを取っていた唯希が、飲む?と差し出すと中条は受け取って残りを全て飲み干した。 「ダテに『探偵』は名乗ってねえしな…」  中条もどうあっても許せない行為を推測とはいえ聞いて、気持ちが沈む。  やっていいことと悪いことは世の中にはあるのだ。  唯希の意見もほぼ一緒で、一会社の売り上げのために学生の命を狙うのは人としてどうかしている。  そんな時 「うわっ!びっくりした〜」 「あれ、結城さんだ」  静寂の中不意になったスマホを見て、中条が驚く間になんだろうと取り上げた 「はい、しのd」 『篠田、今から本庁の捜一が高円寺の『塾』とやらにガサに入るぞ』 「え?」  時臣はスマホをスピーカーに切り替えテーブルに置く。唯希はボイレコを設置した。

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