16 / 16

最終章

引き裂かれたカーテン、そして割られた鏡と窓。嶋村潤が戻った時、今加幹の病室は、嵐の後の荒れ地のようだった。割れた窓から入った冬の冷たい空気が、病室に吹き荒れる。 傷がまだ塞がっていない幹の左顔には、爪で引っ掻いた痛々しい痕があり、血が再び流れ出していた。その上、両方の拳にはガラスの破片が刺さっている。拳で鏡と窓のガラスを割ったのは、一目瞭然だった。 驚いた潤は「何をやっているのですか」と珍しく厳しい声で叱ると、幹の肩に脱いだコートをかけ、的確に応急処置を始めた。幹は、激音に駆けつけた看護師には「入るな」と激しく拒絶したが、潤には黙って従う。 すべてを諦めた幹の表情に、潤は心配になった。 「どうしたのですか」 静かな声で問うと、幹がのろのろと顔を上げた。怒りとも悲しみと言い表せない、その表情に潤は目を少し開く。 「……僕を捨てて下さい」 静かに絞り出した幹の声に、潤は手を止めた。 「僕は、もうこんな体になってしまいました。これ以上、潤さんや雪隆さんの負担になりたくないです」 泣いているように見えたが、幹は涙を流していなかった。潤は何も言わずに、幹の言葉を待つ。 「潤さんと雪隆さんは、誰よりも僕を大切にしてくれました」 他人に頼ることを知らない幹を、今加雪隆と嶋村潤は今までの悲しみが嘘のように、甘やかし、大切にしてきた。幹が安全に好きなだけ学べるように、環境を整えた。ずっと幹を守ってきた。暴力を恐れ、眠れなかった過去が、嘘のように……。 どんなに醜い姿でも抱き締め、優しく背中を撫でる。幹にとって、二人は命より大切な人だった。 ───もう十分だった。 「僕の体のせいで、潤さん達の自由を奪いたくないです」 だから、僕のことは捨てて下さい。 哀願する眼差しに、潤は悲しげに微笑を浮かべた。以前、雪隆が幹のことを「泣き方を知らない子供」と言っていたのを思い出し、潤はその通りだと考える。 泣かないのではなく、泣き方を知らない。 揺れている瞳が、悲しみに嘆く幹の姿を鮮明に映し出している。潤は怪我の応急処置を終えると、そっと幹の前髪を優しくかきあげた。失った左目から毒のように青黒く広がる傷。 この世界が、幹をバケモノと呼ぶのなら、この世界を壊せばいい。幹を害する世界なんて、何ひとつ価値はない。 「貴方も、私達をとても大切にしてくれましたね」 深みのある声は、とても穏やかだ。 「そんな貴方を、私達が負担に感じる事など一度もありません」 「でも、僕は───」 否定しようとする幹の唇を、潤が指で触れる。言葉を飲み込んだ幹に、潤は柔らかな微笑を浮かべた。 「相手がどう思うか、それは相手にしかわからないものですよ」 どんなに理解しているつもりでも、相手の心を覗けるわけではない。 「この世界で謂われる美しさは、私と雪隆さんにとって、無意味で価値のないものです」 床に膝を着くと、潤の視線が幹と同じ高さになる。 「例え、貴方の体がすべて不自由になろうが、顔に傷を負っているようが、私達の気持ちが変わることはありません。こんなに、貴方を愛しく思っているのに、貴方を邪魔に思うわけがありません」 「───」 泣きそうなほど顔を歪ませた幹は、唇を震えさせた。 「何よりも、私達が貴方と一緒にいたいと思っているのです。だから、これは私達の我が儘なんですよ」 「……潤さん」 「───愛していますよ、幹」 「……っ」 もう我慢出来なかった。幹は足が動かないことも忘れ、車椅子から潤に飛びついた。その勢いで潤は床に腰を着くが、何も言わずに、ただ幹の背中を撫でる。必死に必死に……父親に縋りつく子供のような幹を、救ってやりたいと強く願う。 +++ 二週間以上、まともに睡眠をとっていない幹が眠りにつくまで、潤は傍にいた。幹が眠ると、潤は幹を抱き上げ、新たに用意された別の病室に運んだ。 幹の窶れた頬を優しく撫でる。そして、病室を出ると、今加雪隆が廊下の壁に凭れて立っていた。病室に入らずに外で待っていた雪隆に、潤は近づく。 「用はすみました?」 潤の質問に、雪隆は無表情に頷くと「担当医と話をして来ました」と答える。 「退院には、まだ早いと言ってませんでしたか」 「言っていましたが、これ以上、幹の精神が持ちませんよ」 疲れたように呟くと、雪隆はそっと潤の肩に頬を寄せた。静かに瞼を閉じる。 二週間前、片岡不動産販売の取締役会長の片岡宏典に、死の恐怖を味わせた雪隆と潤が2階に上がると、何故か、安田陸が片岡秀の部屋の前に立っていた。 『……秀君を殺しますか』 陸は静かに、雪隆に聞いた。 幹の勤務先の病院には、陸が派遣した安田薬品工業株式会社の密偵者がいる。病院では厳重に緘口令が敷かれたが、幹が危篤状態で運ばれたことを、陸は把握していた。誰が、幹を殺そうとしたのか、聞かなくても、明白だった。 『その男の命だけで、足りると思いますか』 感情のない瞳で、質問を質問で返す。陸は首を横に振った。 『片岡一族の全員の命を差し出しても、足りないでしょう』 いつも飄々とした陸が、真剣な表情で雪隆を見つめる。 『身勝手で利己的ですが───それでも、秀君は本気で和弥を愛していました』 それで許されるものでないと、陸は理解している。だけど、秀が死んで終わる結末は、誰も救われない。幼馴染みの秀に必要なことは、和弥に想いを伝え、絶対に実ることがない初恋を終わらせることだった。このままでは、和弥も立ち上げることができない。 『安田陸』 雪隆は冷淡な声で、初対面のはずの陸の名前を呼んだ。 『随分と、幹の周りでこそこそと動いていましたね。───もう少し、頭がいい男だと思っていましたが』 『───』 『そこを退いて下さい。貴方の友情の真似事には興味はありません』 無情な雪隆の言葉に、陸は感情を抑えて拳を握り締めた。無防備な年寄りを躊躇いなく踏み殺そうとした、この冷酷な男に通じるわけがない。わかっていたはずだが、陸はここに来てしまった。 長い沈黙の後、陸は足を踏み出し、雪隆と潤の横を通り過ぎて、その場から去った。雪隆も陸に一瞥もせず、部屋のドアの鍵を腕の力だけで壊す。 そこには、片岡秀の変わり果てた姿があった。 服が幹の血で汚れたままの秀は、ベットの上に座り、両膝を立てて両腕で抱え込んでいた。腫れるまで殴られた顔は青黒い。 焦点の合っていない瞳は、大きく開かれている。雪隆と潤が目の前に立っても、瞬きすらしない。 ただ、ひとりの男の名を呟く。 …か……かず、や その名を聞いた時、雪隆は眉間に皺を寄せた。不快感に秀を睨みつけると、雪隆の肩にそっと手を置いた潤が、頭を小さく横に振る。 潤の意図を察し、雪隆は腹立たしく潤の手を振り払った。そして、躊躇いのない動作で、全力で秀の頬を拳で殴った。顔の骨が折れる鈍音と一緒に、秀は壁に衝突して倒れた。倒れた秀を見下ろし、雪隆は踵を返して部屋を出て行った。 あれから二週間。 「彼は本当に幸運の男ですね。殺されずに助かったのですから」 話を切り出した潤に、雪隆は嫌そうな表情で顔を上げた。 「その白々しい話し方、止めて下さい。どうせ、私を止めようと思っていたくせに」 洞察力に長けている雪隆は、すべてを見抜いていた。 「幹と約束していたんですよ。手術から目を覚ました途端、私に縋りついて、訴えてきたのです」 白状した潤は、苦笑いを浮かべる。本当に、幹はお人好しだ。 「……相変わらず、馬鹿な子供ですね」 呆れるように吐き出す。自分を殺そうとした男なのに、一言も責めようとしないのだから、馬鹿としか言いようがない。 「それが幹と言う人間なんですから」 そう結論を出した潤を、雪隆が不機嫌に睨みつけた。 +++ 大藤祥一は幹から告げられた事実を受け止めて、「そっか」とやるせない表情で呟いた。 「ドイツに戻るんだな」 親友の惨い姿は、痛々しく、直視が出来ないほどだった。短い溜め息をつくと、祥一は悲しそうに瞼を閉じた。瞼を再び開くと、そっと幹の髪に指で触れる。幹は拒絶をしなかった。 「ごめんな、お前を助けることが出来なくてさ……」 泣いているような表情に、幹は軽く頭を振る。 「いいんだ。こうして会いに来てくれただけでも……それだけで十分だよ」 「……なあ、和弥ともう一度話せよ」 「───」 和弥の話になると、幹は氷のような冷たい表情になる。俯く親友の顎を、そっと指で掬い上げる。 「お前もわかっているはずだ」 「……」 「お前に会えないまま、別れることになったら、和弥は死ぬぞ」 祥一の指を振り払うと、幹は車椅子を回転させ、外方を向く。 「……もう止めてくれ」 「何を怖がっているんだよ」 祥一は、幹の左手首を掴んで逃がさない。 「お前が和弥を信用出来ないのはわかる。あいつは過去にそれだけのことをしたからな。───でも、お前がドイツに行ってから、あいつは、お前との再会を夢見て一心不乱に頑張っていた。それも事実だ」 7年も、誰にも触れなかった。触れさせなかった。人生の全て捧げていた。 「……もう、いい」 「聞けよ。幹。何で、あいつの話を聞かないんだよ。あいつの話を聞いてから、結果を出すのも遅くないだろ」 「煩いっ」 幹は大声を出して撥ね付けた。驚いた祥一が言葉を飲み込むと、幹は包帯に巻かれた左顔を左手で抑えた。 「…もう、疲れたんだ」 体の傷より、精神の痛みに堪えられない。 「例え、今、和弥と一緒になっても……俺はもうこんな身体(からだ)だ。いつ、あいつに捨てられるかわからない。その時、俺はもう立ち直れない」 「幹……」 きっと、それは後遺症なんだと、祥一は悲しく思う。過去、顔に火傷を覆った幹は、散々と人間の心の醜さを見せつけられた。 ただ、容姿が醜いというだけで、疎まれ、激しい暴力を受けて来た。何よりも、幼い頃に心を許したはずの和弥の暴力に、死ぬほど苦しかったに違いない。 和弥の愛情を、心のどこかで疑ってしまう。 そんな幹を、誰が責めることが出来るのだろうか。堪えきれずに、祥一は幹を抱き寄せた。 「…しょ……祥一?」 「なあ、やり直せないのか…?人間ってやり直せない生き物なのかよ」 まるで自分自身に問うような言葉。幹は祥一の異変に、心配そうに瞳を曇らせる。 「理人さんと何かあったのか?」 一瞬ビクッと祥一の肩が揺れた。普段、祥一は陽気で無神経な性格だが、それが年の離れた幼馴染みのことになると、異常に感情を乱す。 「───俺さ、恋とか愛とか、今でもよくわからないけど、諦めたくないんだよ」 祥一は寂しそうな笑顔を見せると、立ち上がった。 「俺は絶対に理人を失いたくないんだ。だから、追いかける」 どこまでも、貴方を追いかける 激情を滲ませた眼差しで、祥一はそっと幹の頬に触れた。 「───お前も諦めるなよ」 最後に、祥一はそう言い残して姿を消した。 +++ 朝に関わらず、カーテンで太陽の光を遮断した菊池和弥の部屋は薄暗い。 もう長く眠っていない。仕事も行かず、何日も考えても考えても───頭がおかしくなるほど考えても、自分が今、何をするべきかを判断ができない。 狂うほど幹が好きだと言うこと。拒絶され怒鳴られても、諦めることができなかったこと。そして、ふと、何でこんなに幹のことが好きなんだろ、と考える。 フラフラした足取りで、洗面所の鏡の中を覗きこむ。腫れ上がった瞼で何かを見るのは痛かったが、じっと、鏡の中の自分を観察する。目の下はクマ、頬は窶れ、顔色は真っ青。醜い姿だと思う。 暫く見つめていると、唐突に和弥はあることを閃く。が、突然、貧血にフラッと視界が回った。目眩が落ち着くまで床に座り、回復すると、立ち上がってあるモノを探す。目的のモノを見つけると、それを握り締めて、再び鏡の前に立った。 和弥の手に握しめられているのは、ナイフ。 幹と同じように、この顔を引き裂ければいいんだ、と和弥は考えた。そうすれば、幹にこの想いを信じて貰えるかもしれない。小さな希望を見つけたように、和弥は嬉しそうに笑った。 躊躇なく、左の頬の皮膚を切りつける。縦長い傷から血が伝うが、何故か痛みを感じない。もう一度、同じ場所を深く切りつけようとした、その時、突然玄関のチャイムが鳴った。無視しようしたが、何度も執拗に鳴るので、和弥は息を小さく吐き出した。 玄関のドアを開けると、安田陸がバイクのヘルメットを持って立っていた。 「和弥っ」 陸は駆け寄って、和弥が握っているナイフをバシッと床に振り落とした。和弥はじっと陸を見つめる。 「何か、用か」 魂が抜けたような和弥の眼差しに、陸は自傷行為を責めることが出来なくなった。陸は深呼吸すると、和弥にバイクのヘルメットを投げ渡した。 「急いで。今加君が、今日の便で日本を発つよ」 +++ 汗をかいた和弥が空港に着いた時には、既に飛行機は離陸していた。左頬の傷に周囲がギョッとなるが、和弥は注意を払わずにその場に膝を着いた。 拳を何回も地面に叩き突ける。 諦めるものか、と吐き捨てる。絶対に諦めるもんか、と涙を流して心の中で怒鳴りつける。 拒絶されもいい、殴られてもいい、この想いを信じて貰うまで、息が出来なくなるまで……強く抱き締めてやる。 ドイツに逃げようと、地の果てまで追いかけて、強く抱き締めてやる。暴れても暴れても、この想いを信じて貰うまで離さない。離すもんか。 必死に声を殺そうとしても、嗚咽が漏れる。生きていることがこんなに苦しいなんて。 苦しい…苦しいよ。幹。 地面に俯いて震える和弥に、通行人が足を止めてチラ見する。───そんな中、ひとりの車椅子の青年が、ゆっくりと和弥に近付いた。 「また、泣いているのか」 困ったような声。 目を見開いた和弥がゆっくりと顔を上げると、目の前には車椅子に乗った幹がいた。一瞬、都合の良い幻想を見ているのか、と心配になった。だが、幹に「和弥」と呼ばれた時、これは現実なんだ、と胸が震えた。 傍に行きたいのに、体が動かない。 実際にはそんなに長くなかったが、和弥には果てしなく感じる沈黙の後、幹から近づいて来た。手を伸ばせば、触れるほどの距離に。 「何で、あんたがここにいるんだ」 聞かれ、和弥は陸に連れて来て貰った、と言おうとしたが、声が出ない。暫く考え込むと、幹は苦笑いする。 「雪隆さんが言っていたお節介男って、安田のことか……」 雪隆の言葉を思い出す。 『元々、貴方の航空券はありませんよ』 飛行機に乗る間近になって、日本を離れたくないと言った幹に、雪隆は平然とそう答えた。 『こうでもしないと、貴方は自分の気持ちを認めようとしないでしょ』 意地悪だけど、とても美しい微笑を浮かべる。 『私は、何ひとつ、貴方を諦めませんよ』 貴方が再び、自分の足で立ち上がる未来を。片目を失っても、医者として患者を救う未来を。愛する者と手を繋ぎ、一緒に歩む幸福を。 溢れるほどの愛情を。 両腕で抱えきれないほどの幸福を。 『なのに、貴方が諦めるのですか』 不服そうに言う雪隆に、幹は目を赤くした。 『───最後まで、彼の言葉を聞いて下さい。それでも信じられないなら、それで構いません。和弥さんがきっと、必死頑張るでしょう』 (雪隆さん……) 『お節介男のせいで、今、彼が血相を変えて空港に向かっています。さあ、早く行って下さい。ここからは貴方ひとりで行くのですよ』 幹は左手で左顔を抑えた。和弥と向き合うのは、何週間振りだろうか。 「本当は今日、雪隆さん達と一緒に行こうと思ったんだけど……」 語尾を濁らせ、幹は急に黙り込んだ。和弥は小刻みに震えながら、必死に幹の言葉を待つ。 重い沈黙が流れる。 やがて、幹はそっと腕を伸ばし、和弥の頬の傷に触れようとする。その指が震えていることに気がついて、我慢が出来ずに、和弥はその指を両手で掴んだ。驚いた幹が一瞬、手を引っ込めようとするが、和弥は必死に拒んで離さない。 暫くして、諦めたのか、幹の腕から力が抜けた。和弥を静かに見下ろし、次の瞬間、幹は強い力で和弥を引き寄せた。 骨が砕けるほどの強い力。 「……俺、こんな体になったけど、いいのか」 切ない幹の声に、和弥は狂ったように何回も頷く。 君もいいの。僕でいいの。 「何も出来ないし、あんたの負担になるだけだし……」 「ち、ちがう…違う───!」 今度は必死に首を振るう。 傍にいてくれるだけでいい。それだけ、僕は生きていける。君がいれば、何もいらない。 「本当は、あんたのことを諦めようと思った。頭がイカれるほど考えて、他のことが考えられないぐらい考えて……やっぱり、あんたとは無理だと思った。なのに、飛行機が飛ぶ間近になって、あんたともう会えないのかと思うと、急に胸が苦しくなった」 苦しくて、体が引き裂かれそうだった。 滝のように涙を流す和弥の顔をそっと指で上げて、幹は優しく和弥の頬の傷に触れる。「怪我をしたのか」と心配そうに訊ねられた時、ついに和弥の唇から哀咽が漏れた。 「み…みき、みきみ────き…」 和弥はしゃっくりをあげて子供のように泣く。何かを言いたいのに、ズキズキと胸が痛んで泣くことしか出来ない。そんな自分を叱咤するように拳を握り締めた時、幹がぼそりと何かを呟いた。聞き取れなかった和弥が不思議そうな表情すると、幹は真摯な瞳で今度ははっきりと言った。 好きだ 一瞬にして和弥の世界から、すべての雑音が消える。時が止まったように、すべてがスローモーションになる。和弥は千切れんばかりに目を見開いて息を止めた。 「あんたが好きだ、和弥」 涙線が揺れる。涙が止まらなくて、和弥は喚くように幹の膝に抱きついた。 子供のように泣き喚いた。 +++ ある日、裕福だったお姫様の国は、敵に攻め込まれてすべてを失いました。家来も、住むお城もすべてを失ったお姫様には行く場所はありません。 毎日毎日、泣くお姫様の声は、静かな森にも届きました。やがて、お姫様の悲しい泣き声に、森の中からバケモノが現れました。 昔、森の中で出会った醜いバケモノです。 お姫様は恐怖に悲鳴をあげました。 そんなお姫様にバケモノは悲しそうに笑うと、樹の実や果物をそっと地面に置いて、再び森の中に消えていきました。 何故、バケモノが食べ物を置いていくか、お姫様にはわかりませんでしたが、何日も食事を取っていないお姫様は、無我夢中でそれを食べました。 その時、食べ物と一緒に小さい野花が置いてあることに気がつきました。 小さい、本当に小さい、ただの野花です。 お姫様は再び泣き出しました。お姫様は初めて、本当の優しさとは、何かを知ったのです。 涙を拭うと、お姫様は立ち上がって、薄暗い森の中に入っていきます。薄暗い森は不気味でとても怖いものです。しかし、お姫様は負けずに進みました。 このお伽話の結末は、きっと、幸せ。

ともだちにシェアしよう!