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第2話:仲直りは契約と共に
あれから1週間ほど経った。今日もいつものように必要なチェック作業を済ませていく。
その間、周囲には衣擦れと機械の音だけが響いている。
「……」
機械に繋がれ大人しくしているピーター君を見る。彼の瞳は、伏せられた瞼から生える長く美しい睫毛によって隠されていた。
「あの、ピーター君…」
ベッドの手すりに手を置き、少しだけ距離を詰める。彼の応えは沈黙。
規則的な機械音がやけに大きく耳に響いた。
「…えと、この前は…ごめん、な、さい…?」
おずおずと発した言葉に、ピーターくんはこちらを向く。
「いや、なんで疑問形なんだよ」
「こういう時、どう謝ったら良いのか分からなくて…」
彼は視線を戻して皮肉っぽい笑みを浮かべる。こっそり隣に座れば、パイプベッドが大きく軋んだ。
「なんだそれ。陰キャかよ。」
「恥ずかしいけど、たぶんそう……」
鼻で笑う音が聞こえる。柔らかそうな黒髪がさらりと揺れた。
「どうせがり勉だったんだろ」
「まあ、そんなところ」
苦笑いを浮かべてしまう。自分の事なんて他人に話すなんて初めてだ。
先ほどの規則的な機械音はいつの間にか消えていた。
「僕はあまり人に興味を持てないみたいでさ……争ったりするほど人と親しくなったこともないんだよね」
「……」
「だから、あの、ね……初めてだったんだ、こんなに人に興味を持てたの。」
下を向きながら思わず手遊びをしてしまう。僕は一体何を話しているのだろう。こんな話をしたって、謝罪になるわけではないだろうに。
なんだかピーター君の表情が呆れているように見えた。年上の男がもじもじしているのなんて見たくないかもしれない。でも、もう止められなかった。
「はじめてだったから、どうしたらいいかわからなかった。一目惚れだったんだ」
言い終わると同時にカァッと顔に熱が集まるのを感じる。心臓の音が少しだけうるさい気がした。
「……はあ?」
ピーター君は最初、目を真ん丸にしてこちらを見つめていたが、次第に形容しがたい表情に変わっていく。
「一目惚れだからって、初対面でレイプしていいと思ってんのか……」
「それは違う!た、ただ……どうしても君を前にすると、自分を抑えられなくて……」
いじらしく唇を尖らせれば、彼の口角が歪に吊り上がって痙攣する。ぼりぼりと頭をかいた後、彼は大きくため息をついた。
「あー、なんだ。つまりお前は他人と上手く関われない陰キャで、俺のことが大好きすぎるばかりに自分の行動もコントロール出来ない。と」
「うん……」
「で、そんな状態でも俺と仲良くなりたい。と」
「うん……君と恋人になりたい。」
「やけに素直だな」
「でも一番はセックスしたい」
「そこまで素直に言わんでいい」
大きなため息。しばらくの沈黙の後、ピーター君は自らの肌に張り付いた管を取り除いて僕に渡してきた。
「お願いだよ」
彼の手を取る。少し乾燥した彼の手はひんやりとしていた。
「お願い、って……」
謝罪はどこにいったんだよ。呆れた顔で僕を見つめる彼。その顔は先程よりも柔らかく見えた。
「ね、いいでしょ。ピーター君。最悪セックスだけでもいいからさあ!」
「なんだよ……結局体目当てじゃねぇのか?」
そんなことない!思わず声が大きくなる。わずかに眉間に皺をよせていた彼の動きが止まった。
「ぼ、僕……これから君とどう仲良くなったらいいかわからないんだ。どうしたって君は魅力的で、触れたくなる……」
握っていた手がゆっくり離れていく。彼は立ち上がってこちらを振り返った。
「わかった、いいよ」
「本当に!」
「ただし、条件がある。今月中に俺をここから出せ。あと変な実験に参加させるな。」
「それは……」
「所長様なら、出来んだろ?」
ニヤリと、彼は笑った。
「なんか、とんでもない契約をした気がする。」
欲への従順さに、僕は自分が情けなく感じた。
彼は今日から、二日に一度僕と交わることを了承してくれた。その代わり僕は、日中に彼の脱走の為に奔走することになる。
はたして、どうしたらいいのか……。
「おぉ、これはこれはライサー所長じゃあないですか。」
ふと、嫌味ったらしい声に視線をあげると、そこには声の通り嫌味ったらしい笑顔を浮かべた男――ガルムが立っていた。
ガルム・スフィア。何故か僕のことを大変嫌っているらしく、いつもこうして絡んでくる。面倒で関わりたくない人間だ。
「おや……こんにちはスフィアさん。……それにキャサリン。」
「あ!気づかれてたぁ?こんにちはです!」
ガルムの後ろからひょっこりと現れた女性は、キャサリン・グレイル。ガルムとは幼馴染で、今では各所で問題を起こす彼の尻拭い役のようになっている。
「何でいんだよ……」
「そりゃ、ガルちゃんがまたライサー所長に喧嘩売ろうとしてたからよ」
「売ろうとなんてしてねぇよ!あとガルちゃんってやめろ」
キャサリンとガルムはいつものようにじゃれあっている。もうこちらのことなど気にも留めていないようだ。キャサリンのいつもの手口である。
「じゃあ、僕はやることがあるので行きますね」
「はい~!所長いつもお疲れ様です」
「あっ!待てよこのっ!」
チャンスとばかりに僕はその場を離れることにした。後ろからはガルムの声が聞こえるが、そんなものに構っている暇はない。やることは山積みなのだ。
「さて、どこから手を付けるべきか……」
薄暗い廊下に、僕のため息が響いた。
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