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プロローグ

 イヤホンのノイズ・キャンセリング機能は、渋谷の喧騒を見事なまでに消し去ってくれる。俺は耳元で曲を流している、スクランブル交差点の信号が青に変わる。俺は早足で歩き出す。対岸から逃げ出すように大勢の人々がこちらに向かって歩いてくる。俺は周囲の気配に注意を払って、人にぶつかる直前にワン・ツーのステップで動く障害物を避ける。  右。  左。  右後ろ、肩を引いて。  とん、とんとつま先で地面を叩くように、軽快な動きで人を避ける。  音楽をかけているのは、聴覚情報の遮断のためだ。あくまでこれは視覚のトレーニング。人がこれからどう動くのか、筋肉の動き一つ一つに意識を払って、避ける。  一回信号が変わる間に、一・五往復。  耳元で声が囁いている。   眠れずにいるミッドナイト   明日は五時に出かけないと   朝からコンビニ早番バイト   真夜中から早朝へと   自動ドア越しの夜明けを見てる   あまりにも眩しい朝焼けを見てる   ぼんやり思う俺何してんだっけ   いつかは住みたい一戸建て   得意なことは一個だけ   言葉紡ぐ ただ これ だけ   夢叶えたい 俺だって   夢叶えたい 俺だって   夢叶えたい 俺だって 俺だって  信号が赤に代わり、俺は次のターンの準備をする。  ふぅ、ふぅ、と息を吐きながら、待機中のランナーのように地面を踏む。隣のギャルが不審そうに俺を見ているが、もちろん気にしない。耳元で声が続ける。   鳴り続けてる エイトビート   決めかねている AとBと   どちらにすれば ええというの   いつだって 俺は右往左往     『Dawn』というタイトルのそのラップ・ソングを耳にしたのはたまたまだった。YouTubeのホーム画面に、サジェストされて表示されたのだ。その時の再生回数は千回にも満たなかったと思う。だけど俺はなんとなくその動画をタップした。サムネイルの夜明けの画像が、随分綺麗だったからかもしれない。  跳ねるようなピアノ伴奏に乗っかって流れ出す声。  綺麗な声だと俺は思う。よどみない声が、すっと俺の心に入ってくる。  信号が青に変わった。さあ、次のターンだ。

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