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エピローグ

 ――ギリギリの時間になってしまった。  俺たちが慌ててライブハウスに駆け込むと、ちょうどステージに西野たちが登場し拍手で迎えられているところだった。  最後列に並んで、暗転したステージを見つめる。すぐに、ギターのカッティングが入って、照明が一斉に点灯し、彼らの番がはじまった。  何組かバンドの出演するイベント。彼らはその三組目。  ステージの中央、マイクの前に立っているのは、見たことのない青年だった。長く伸ばした髪の毛を気だるげに揺らしながら、ドラムのリズムに合わせて揺れている。  そして彼が口を開く。  歌い出したメロディに、その歌声。  俺の体を、突き刺すように突き抜ける。  綺麗な声だ。  俺は口角が自然と上がっていく。  さすが西野だ。やっぱり、あいつの目には狂いがない。  俺は、じっとステージを見つめている。  スポットライトが熱いのか、それとも興奮からか、バンドの面々は皆汗を滲ませている。  奏でられる音楽。  確信する。こいつらは絶対に売れる。間違いない。  そして思う。  あそこでスポットライトを浴びていたのは、もしかすると俺なのかもしれなかったのだ。今ここで鳴っているのは、俺の作った音楽だったかもしれなかったのだ。俺はそれを、半分くらい掴んでいた。  そう考えると、不思議な気持ちになった。  西野の話によれば、彼らにはすでにいくつかのレコード会社が声をかけてきているらしい。  だけど、俺の中には後悔は微塵もなかった。  隣の柊を見る。柊は真剣な表情で、食い入るようにバンドを見つめていた。ライブハウスのノリとそぐわないその鬼気迫った表情が面白くて少し笑うと、柊がこちらを見た。 「なんだよ」 「なんでもない」  そう答えると、柊は肘で俺の腕を小突いた。  YouTube上だけで公開していた音楽を、最近音楽配信サービスにも登録した。登録は、西野も手伝ってくれた。知名度が徐々に上がっているのか、再生回数は着実に伸びてきていた。出場を続けるラップバトルでの先日の優勝も、宣伝効果があったみたいだ。  柊が俺の耳元に口を寄せた。 「いい曲」  そう言い、縦に軽快に揺れている。  俺は目の前に並んで揺れる頭部越しにステージを見ていた。  いい曲。  俺もステージに立って、柊にそう言われたい。  でも今は、隣に立って一緒に音楽を聴いている。  俺はその選択を正しかったと思う。  ふと気づく。そうだ、ここは最後列だ。  誰の視線も気にしなくていい場所。  こっそりと手を伸ばして、小指の先を柊の手の脇に当てる。  二回つついたところで、ぐい、と思い切り手を引っ張られ、そのままぎゅっと握られた。  もちろん、誰も俺たちがそんなことをしているなんて気づかない。  ステージでギターを鳴らす西野が、ちらと視線をあげてこちらを見た気がした――いや、まさかね。  右手に、柊のゴツゴツした手の温もりを感じる。  俺はそれを少しも逃したくなくて、強く握り返した。柊がこちらを見る。  そして彼は、俺に優しく微笑んだ。  ――俺は、幸せになれるかもしれない。  そう思うと、なぜだか泣き出しそうになった。潤んだ視界。でも、ちゃんとその向こうに柊がいる。柊は今でもちゃんと、俺の手を握ってくれている。  じゃん、と大きな音で曲が終わった。みんな拍手をしている。俺もそうしようと手の力を抜いたら、柊がより強く俺の手を握った。  柊を見ると、彼は右手で指笛を吹いた。  ステージ上の西野がこちらを見る。俺は左手を振った。  俺たちに気づいた西野は、少し困ったような――いたずらをしかけられたような顔をした。  俺は右手を繋いだまま、大きな歓声をあげて彼らの演奏を称賛した。 (完)

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