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玄関で俺を出迎えた田島は、赤く目を腫らしていた。
泣かせてしまった、と思う。
「……柊」
ぽつりと呟いた彼を、俺は思い切り抱きしめた。彼の首筋に顔を埋めた。そうすれば、こいつの心臓の音が聞こえるんじゃないかと思った。
田島は、しばらく経ってから俺を抱きしめ返してきた。
俺たちはしばらくそうやって、体温と体温を交換し合った。
そうして互いの体温が十分に混じり合ったのを確認すると、俺たちはゆっくりと離れた。俯いていた田島が上目遣いにこちらを見て、――照れ臭そうに笑った。
「とりあえず、……上がってよ」
「お、う」
俺は田島の家に上がる。ワンルームマンション。大きなCDラックが部屋にどんと置かれている。見たこともないアーティストの名前がずらずらと並んでいた。
「なんか、変な感じ」
「何が?」
「家に、柊がいるのが」
その言葉が否定的なものではないとわかる。
「なあつくる」
俺はあえて、CDを目で追いながら言った。
「ありがとうな」
「……うん」
背中に、返事が返ってくる。
俺たちはベッドに並んで座った。隣に置かれた田島の手の甲の上から手を握った。田島は一瞬こわばったけど、すぐに手を裏返して俺と指を絡めた。
外はまだ明るく、下校途中の小学生の甲高い声がガラス越しに聞こえてくる。
しばらく、会話のきっかけが見出せなかった。
時計の音が大きく聞こえる。秒針。一分間に六十回のビート。それを感じるでもなく感じていると、田島が沈黙を破った。
「曲を作るときはさ、」
田島を見る。田島はパソコンの方を見ていた。
「最初にテンポを決めるんだ。BPM。わかる?」
俺は頷く。
「そうすると、そこからビートが決まっていって、それで……」
曲作りの方法を楽しそうに話している。俺は頷いてそれを聞いた。田島の声は綺麗で、よく通って、聞いていると心がすっと晴れ渡る感じがする。そして何より、話し方の中に感じる彼のビートが心地いい。
「前にさ」
話し出した俺を田島が見つめる。
「俺のボクシングにビートを感じるって、いいビートだってメッセージくれただろ」
田島は頷いた。
「俺も同じだ」
俺は続ける。
「俺も、お前の中のビートが好きなんだ。お前が作る曲に、お前の言葉に、それはすごくよく表現されてる」
俺は、繋いだ手をゆっくり離し、田島の服の上から胸に手を当てた。その服の向こうに、微かな鼓動を感じる。血液の巡る音。
「たぶん今、俺とお前の心臓は同じビートを刻んでる。お前なら、それがわかるだろ?」
田島が頷いた。
そのまま、田島の服をゆっくりと脱がせた。
服を脱がせていくと、田島の体が緊張していく。
見せることに怯えているのだ。
服を脱がせた田島の体に浮かんだその痛みの証。思っているより大きいそれに、ぐっと息が詰まる気がした。
大丈夫。
大丈夫だ。
それでも俺は田島の耳元でそう囁いて――それは、いったいどういう意味の大丈夫だったのだろう――、服を脱いだ田島の体に指を這わせる。顔を首筋、鎖骨、胸元から腹部へと下ろしていく。舌が、田島の見て欲しくない部分に触れる。
俺はその――周囲と違う色の皮膚に、少し縮んで皺のある皮膚に、キスをする。舌を這わせ、指で撫で、何度も何度もキスをする。
「だめ、だめ、だ」
田島がゆるゆると俺の頭を握って抵抗するけれど、そんなやわな力じゃ俺はびくともしない。
ダメじゃない。
ダメじゃないだろ?
だってここも、お前なんだから。
俺は、お前の抱えた荷物がどれだけ重たいものなのか、まだちゃんとはわからない。お前がどれだけ辛い思いをしてそれを抱えているのか、本当のところはわかっていないのだと思う。
だから俺は、お前の荷物を半分持ってやるなんて言えないし、言わない。
だけど、――ほんの少し、その手伝いくらいなら、今の俺にもできるだろう?
お前がそれを抱えるのを、横で見守るくらいは、させてくれよ。
田島が泣いていた。涙が溢れ出て顔を伝っている。俺は手を伸ばして親指の腹でそれを拭う。
泣かなくていい。泣いてもいい。好きなようにしたらいい。
「う、うぅ、う、う」
大丈夫だ、怖くない。とめどなく溢れ出る涙に、舌を這わせる。舌でそれを舐め取っていく。全部俺が飲み込んでやるんだ、そう思って。
はぁっはぁっと息苦しそうに呼吸をする田島を抱きしめる。頭を抱きかかえ撫でる。
やがて田島の呼吸は落ち着き、ぐしぐしと目元を何度か拭った。
「大丈夫か?」
「うん、……ごめん」
「謝らなくていい」
「うん、ありがとう」
俺はもう一度田島を抱きしめた。
「柊」
田島が耳元で俺の名前を呼ぶ。
「ひいらぎ」
田島がつぶやくと、なんだかすごく素敵な名前みたいだ。
「柊」
「んー?」
「好きだよ」
田島が言った。
「俺、柊が好きだ」
俺はもう一度田島と見つめ合う。
俺はゆっくりとその顔を招き寄せて、田島の唇にキスをした。やわらかな唇を感じて、何度かそこに唇を重ねると、ゆっくりと舌を出して田島の唇を割っていった。田島の舌がおずおずと、怯えるようにそれに絡んでくる。目を瞑って、舌の感触に集中する。静かな部屋に、というよりも俺の耳元に舌同士が絡み合う音が聞こえる。
ズボン越しに田島の股間に手を伸ばすと、そこはしっかりと硬くなっていた。
「ここ、すげぇおっきくなってるじゃん」
「ばか、言うなよ」
田島のズボンを脱がせ自分のズボンを脱ぐ。田島は俺の股間をどぎまぎしながら見つめている。
「痛かったら、言ってくれ」
それだけ言って、俺は田島のそこにペニスをあてがった。
田島が緊張にふうふうと呼吸をしている。その呼吸のビートに合わせるように、俺はゆっくりと田島の中に侵入していく。
「ん、……んんッ」
田島が眉間に皺を寄せて少し呻く。
「大丈夫だよ、大丈夫」
俺は言いながら、そっと田島の右脇腹に手を伸ばす。そこを触ると、田島は苦しそうな顔をした。
「大丈夫」
俺は田島を抱きかかえ起き上がらせると、体と体を密着させた。
「聞こえる? 俺の心臓の音」
裸同士で抱き合って、心臓の音を重ね合っている。
田島は、少し苦しさの和らいだ顔で、
「――うん。一緒の音がする」そう言った。
「な」
俺が笑うと、田島もようやく笑った。
その微かな音を拾うように、俺は体を動かし、体と体をシンクロさせる。田島も動いて、俺とビートを奏でた。
耳元で囁く。
――大好きだ。
「俺も、俺も、大好きだ」
そして俺たちは一つになった。
窓、ベランダにとまった一羽のカラスが俺たちを見下ろしていた。俺はカラスを見つめ返す。
カラスは何かに満足したように、青空の向こうへと飛んでいった。
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