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鳴り続けてる エイトビート
決めかねている AとBと
どちらにすれば ええというの
いつだって 俺は右往左往
体だけは丈夫にできている俺は、あっという間に退院の日を迎えた。
あの日から、田島とは連絡をとっていない。
荷物をまとめ、師匠が退院の手続きをしているのを後ろからぼんやり見つめる。窓口でのやりとりを終えた師匠が、振り向いて俺を見た。
「せっかく退院なのに、随分元気ないな」
俺は返事をせず、頬を少し掻いて黙り込む。何も言わないのも、と、「なんかすいません、……その……」そう話し出したけれど、やはりうまく言葉はまとまらなかった。師匠はふう、とため息をついて、
「せっかくだし、どこかで飯でも食うか」
そう言った。
俺たちは病院近くハンバーガーショップに入った。今まで見たこともない高いハンバーガーにびっくりしたけれど、「俺が払うから、なんでも好きなもん頼め」と師匠は言う。
俺はショップの名前のついたバーガーと、ポテトとコーラを頼んだ。ポテトとコーラをLサイズ注文するとき師匠の顔を伺ったけれど、師匠は頷くだけだった。減量期間以外でもこんな食事をしたら厳しく叱られるのに、どうやら今日は本当になんでも食べていいらしい。
やがてできあがったバーガーを持って席に着くと、師匠も自分の注文を持って俺の前に座った。
俺たちはしばらく、無言でバーガーに食いついた。満月が半月になるころ、師匠が言った。
「何か悩んでるんだろう」
「――はい」
「俺に相談できそうなことか?」
俺は少し悩んで言った。
「師匠は、幸せってなんだと思いますか?」
それは、予想外の質問だったらしい。
「なんだ、藪から棒に」そう驚いたものの、髭の生えた顎を撫で、「幸せ、か」と呟く。
師匠は俺の質問に真剣になった。腕を組み、しばらく悩んだあと、
「幸せが一体何なのか、俺もよくわからん」
結婚し、奥さんと仲が良く子どもが二人いる師匠がそう言うのは意外だった。
「いや、まあそれは、俺が幸せじゃないって意味とかじゃない。ただ、そうだな、なんていうか――幸せのかたちは人それぞれっていう、当たり前の話だ。特に子どもを見ていると思うよ。俺はこいつらをちゃんと幸せにしてやれるのかなってな」
師匠がそんな弱気なことを言うのは珍しかった。
「俺が思う幸せと、子どもたちの幸せが同じとは限らない。だからそれをあいつらに押し付けられないし、あいつらはそれを自力で探さなきゃいけない。親っていうのは、案外できることが少ないなって思うよ。一番大事なことは、結局教えられない」
俺は俯いて汗をかいている紙コップを見つめた。浮かんだ水の粒がくっついて、つうっと一滴下に向かって垂れた。
幸せは、自力で探さなければならない。
俺は、それがあいつとならできると思った。
あいつとそうしたいと思った。
あいつはなぜ、そうしたいと思ってくれなかったのだろう?
あいつはどうして、幸せになるのが怖いのだろう?
師匠は何も言わずただ俺を見守っている。
師匠は多分、全部わかっているのだろうと思った。俺がどんなことに悩んでいるのか、きっとわかっている。だけど、俺はそれ以上師匠に何も聞かなかった。大事なことは、結局教えられない。その通りだ。
大事なこと。
俺は急に、何かが接続するようにあることに気がついた。
あいつはなぜ、「試合を見に行きたくない」と言ったのだろう?
俺はよくある話だと片付けていた。格闘技が苦手な人間なんて幾らでもいる。
だけど、それがもし。
それがもし、彼にとって『大事なこと』だったのだとしたら? 教えられないくらい、言葉にできないほど『大事なこと』がその裏にあったのだとしたら?
立ち上がり、師匠に言った。
「急にすいません、用事を思い出しました」
「おお、そうか」
師匠は気にすんな、とひらひら手を振った。
「片付けとくから、行ってこい。大事な用事なんだろう?」
「ありがとうございます、本当に、ありがとうございます」
俺は一度礼をすると、そのままハンバーガーショップを駆け出した。
俺は道を走りながら、あの日交換した連絡先に電話をかける。コール、コールが数回鳴って、鳴って、出てくれ、出てくれと思いながら俺は走り続ける。
「もし、もし」
出た!
俺は立ち止まる。少し走っただけなのに息が荒れているのは、しばらく入院していたせいだけだろうか。
「いいか、つくる」
吸って、吐いて、吸って、吐いて。
「大事なことは、言葉にしなきゃ伝わらないんだ。お前なら、それをよく知ってるはずだ」
「うん」
「だから、ちゃんと言葉にしてくれよ。俺は、お前にちゃんと伝えた」
「うん」
「お前が、俺と本当に一緒にいたくないなら、俺は――俺はそれをちゃんと受け止める。だけど、どうしてそうなのかは知りたい」
「うん」
「言いにくいかもしれないけど、言いたくないかもしれないけど、俺は、ちゃんと最後まで聞くから――だから、俺に話してくれ」
「うん、……ありがとう」
しばらくの間があって、田島は語り出した。
その向こうにある、シンプルで複雑な世界のかたち。
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