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LESSONⅨ:第100話
〈夜までナギサとくっついていたいから〉
【偏愛音感】が脳内に雅紀の言葉を感じ取る。呼応するようにナギサもその歌を鼻歌でハミングした。
〈……ボクも雅紀さんと離れたくないよ〉
窓からは日差したっぷりの眩しい光が部屋に差し込む。このまま時が止まってくれても構わない。ふたりでいられる時間なら永遠になってしまっても大歓迎だ。
「桐生ジュンって歌はうまいのか?」
「国民的アイドルだから、それなりに経験があるんじゃない?」
「そうか。これは内密だけど、ソロで歌手デビューするらしいんだ。俳優になるってユニット解散しただろ? だけどこの映画で歌うシーンが多くてファンたちが熱望したらしいぞ。俺のところにもプロデュースの話が来たんだ。この【偏愛音感】の映画を撮った監督から」
「受けたの?」
「いや、ほら、俺、高輪理人が好きじゃないから。似ている相手にうまく曲を書けないかもって」
そう言って雅紀は言葉を濁した。
なにか他の理由で断ったのかもしれない。守秘義務もあるだろう。いくら恋人でも立ち入ることができない領域があることをナギサは理解していた。
「理人さんのこと嫌いなのに、似ている桐生ジュンが主演の映画を見に行くのは大丈夫なの?」
「あぁ、もちろん。【偏愛音感】は俺たちにとって、知っておかなければならない能力だろ?」
たしかにそうかもしれない。自分たちだけで感じている世界を映画でどのように表現したのか気になる。もしかしたら今後の音楽活動に活かせる手法も隠されているかもしれない。
「よし、プレミアムペアシートを予約したし、映画の時間まで、じっくりナギサの歌を聞かせてもらおうか」
「えっ? それって……」
「俺の作った歌を歌うか、俺に抱かれながら歌うか。いや両方だな」
雅紀の膝の上に座っていたナギサは抱きかかえられて、彼の身体のサイズに合わないソファーへ下ろされた。
「ここで、するの?」
「だれがするって言った? 歌うだけだよ、ナギサ」
雅紀はもがくナギサの上から、しっかりと覆いかぶさって、歌えないように唇を塞いだ。
噛みついたあの日が嘘のように、ナギサはその離したくない唇を受け入れて、微笑んだ。
<おわり>
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