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1.※御月堂(攻め)視点

ここにクリーニング済みの上着がある。 それは普段仕事で着ているものであり、愛賀に貸してあげたものだ。 発情期(ヒート)の愛賀に。 愛賀が本能的に御月堂と性交したくて迫り、御月堂自身もオメガのフェロモンに充てられて、その気に乗せられそうで、だが、少しでも気を緩めたら本能へと傾きそうなのを、どうにか、ほんの少しの理性で保ち、性交以外の方法で慰め、ようやく諦めがつき、そばにいて欲しいと言っていた愛賀が急に御月堂の匂いが分かるものが欲しいと言い出した。 「慶さまの匂い、落ち着くから」と。 今にも溢れそうな涙で潤んだ瞳。 上気する頬、そして上目遣いで言われてしまったら、何故なのかと問う言葉を飲み込んだ。 そのように頼まれてしまったら、断るなんて無下には出来やしない。 すぐに貸せるのは上着しかなく、それを渡した。 すると愛賀は。 『ありがとう、慶さま』 子どものように無邪気に笑った。 急激に昂った。貸して良かったと思える高揚感。 嬉しげに皺になるのを気にもせず御月堂の上着を抱きしめていた愛賀が、やがて眠りについたのを見届けた後、車へと戻った。 同乗していた松下が、「社長、上着は?」と言いかけたが、何かを察したようにすぐに「なんでもありません。替えの物を用意します」と返した。 先程も安野に顔を出した時、同じようなことを問いかけたが、「お風邪を引かれませんよう」と誤魔化すような言い方をし、見送った。 会いに行った愛賀のことでおおよそ何があったのか察しがついてしまうのだろう。 その話題には触れなかったが、その日の車内はどことなく気まずかった。

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