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後日、愛賀から上着を返された。 「安野さんにクリーニングに出してもらったので、その⋯⋯匂いは大丈夫かと思います」という言葉を添えて。 匂い。 発情期中のことは本人はあまり憶えてないらしいが、その際にあった御月堂の上着のことから理解してしまうのだろう。 その時の見るからに顔を真っ赤にする愛賀に、それでも本当に必要がないのかと訊ねた。 御月堂としてはただ心配という理由で訊いたつもりだった。だが、愛賀にとっては恥ずかしいことだったようで、耳まで真っ赤にし、「だ、大丈夫ですっ!」と慌てた素振りを見せた。 意地の悪い心配事であったか。 だが、珍しい表情を見れる機会が出来て良かったと思いつつも、それを鼻に近づける。 「──社長。そちらのお召し物、クリーニングに出して頂いたと仰ってませんでしたか?」 「⋯⋯っ、松下⋯⋯っ」 背後から声を掛けられ、すぐさま振り返る。 と、目を丸くする松下がいた。 「どうされたのですか。社長らしくもない」 「どうしたもこうしたもない。お前が突然後ろにいたから驚くのは当然だろう」 「失礼しました。ですが、先程から声を掛けているのに、返事をしないものですから何かあったのかと思いまして」 「それは悪かった」 「いえ、いいのですよ。社長が何もなかったことが確認できたので。で、そちらのお召し物、気になることがございました?」 「いや、特には」 何もなかったかのように羽織った。 「そうですか、──あっ」 笑みを含んだ顔を見せていた松下が突然声を上げた。 視線だけ向ける。 「ああ、一つ言い忘れていたことがありました」 「何だ」 「オメガの方(かた)が匂いを求めるのは、好意を寄せているかららしいですよ。これではっきりと分かりましたね」 「⋯⋯何がだ」 「いえ、ただ言わねばならないと思いまして。そうでなくともお二人はそうでしたね」

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