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第75話 キス

 そこに転移魔法が展開されてザックと神が帰ってきた。 「うっ……ひぐっ……」  また泣いている。ということは本当に触手に捕まっていたのだろう。  なんだか妖しい甘い匂いもする。 「泣くな、鬱陶しい」  神がザックの頭をパンとはたく。 「どうして部屋にいないのさ!探したじゃないか!……ぐすっ」 「最初からこの広間でやると伝えていただろう。来ない貴様が悪い」  バリヤの正論パンチである。  泣いている相手に言うことではない気がするが、巡は黙っておく。 「では、招待者も全員揃いましたし……始めましょうか」  エクストレイルが泣いているザックを無視してジュースのグラスを手に取った。 「我らが魔王様と、その伴侶、メグル様の結婚を祝して……乾杯!!」  ウェーイと魔界の貴族たちが盛り上がる。  ミウェンも泣き止んだザックも酒を飲むのか、貴族たちからグラスに注いで貰っている。  巡もグラスに酒を貰い、乾杯した。 「バリヤさんは、何か飲まれますか?」 「俺は魔石を食う」  ジャラララと魔石を食べるバリヤを尻目に、巡は酒を一気に煽った。 「はぁ……幸せですね」 「そうか。良かった」  魔界の貴族たちが食事を取り分けて酒も飲みながら騒いでいる。  ミウェンは巡とバリヤの隣でニコニコしているし、ザックは神に無理矢理酒を飲まそうとしている。  巡はその光景を見て、この世界に来て、バリヤと結婚して、魔界に来て良かったと思う。  この名前のせいで異世界を転々としたのかもわからないが、この世界に来られて良かった。 「一応、ですが」  エクストレイルが近付いてきて、巡とバリヤの目の前で止まる。 「バリヤ・オノルタ様。メグル・ハツザキ様。貴方たちは、病める時も、健やかなる時も、愛を誓いますか?」  神官であるエクストレイルが、神父の役を買って出てくれるらしい。  騒いでいた貴族たちも、ザックも神もミウェンも、巡たちに注目した。  酒は飲んでいないはずのエクストレイルも酔っているように見えて、巡は笑う。 「誓います」 「誓おう」  巡とバリヤがそれぞれ答える。 「では、誓いのキスを」 「……ちょっと待て」  バリヤが制止する。 「どうされましたか?」  エクストレイルの疑問に、バリヤは返事をせずにスライムに変身した。  いつぞやの指輪・(コア)状態のスライムである。表面には魔界の貴族たちと交わした契約の証が印されている。 「この方が指輪がよく見えるだろう」  確かに、スライムの中心で魔石の殻に混じって光る指輪がよく見える。  巡はスライムに取り込まれないようそっと近付き、その表面にキスをした。  その瞬間バリヤがシュルルと人間の姿に変身する。 「愛する者のキスで人間になっちゃった魔物の童話みたいだね」  ザックが茶化す。 「そうだな」  バリヤがふっと笑って、巡に口付けた。

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