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崇拝型④

 そうして、和菓子屋に通って少しした頃。昼食をとっていた文月くんに、何気なく和菓子屋──蘭月堂の話を出したときだった。  その言葉を口にした瞬間、彼の顔に僅かな驚愕が広がったのだ。 「……! 田山くん、『蘭月堂』通ってるの!?」 「うん、最近からだけど。帰りによく寄るんだよね」  いつにない食い付きだ。もしかして文月くんも常連だったりするのだろうか。 「文月くんもあそこ好きなの?」 「好き……、うん。まあ……その、よく知っては、いる、かな……」 「へえ! いいよね、俺特に練り切りが好きでさ! 一回食べてみたらハマっちゃって、いつも買ってるんだよね」  たまに別のものを買うこともあるが、練り切りは自分の中の定番になっていた。そのときの気分によって種類を変えるのが楽しみなのだ。……お金があれば、もっといろいろと頼めるのだが。限られた中で決めるのもなんやかんやで楽しい。 「ほ……ほんと、に? そんなに、好きなんだ」 「ツツジのやつが綺麗で……見たことある?」 「うん……可愛いよね。あの……毎年この時期は、朝顔のが出るから。よければ、見て欲しいな」  朝顔。どんな見た目なのだろう。俄然楽しみになってきた。毎年何が出るか把握しているなんて、かなりの通だ。今日も行くから絶対買うと断言すれば、控えめだがおかしそうに文月くんは笑った。  そうして、帰り道。言葉通り俺は、いつものように蘭月堂へと足を踏み入れた。  ショーケースの中を探してみれば、昨日までは並んでいなかった菓子が置いてある。 「うわ、すご……」  まんまるで可愛らしい練り切りは、確かに朝顔の形をしていた。ピンクと青の色は淡く、どちらも綺麗だ。控えめに飾られた、緑色の葉をかたどる小さな菓子が彩りをより鮮やかに仕立てて、見ているだけで十分楽しめるほど。 「ふふ。今日から朝顔の練り切りをお出ししてるんです」  すっかり顔馴染みとなった店員さんが声をかけてくれた。 「この時期に出してるんですよね。友だちに聞いて……」 「あら、嬉しい! その子、随分と詳しいのねえ」 「確かによく知ってるって言ってました。……うーん、このピンクの方をひとつください」 「ふふ、ありがとうございます」  いつものように座敷で菓子を口にする。朝顔も優しい甘みが広がって、絶品だった。そうだ、文月くんに報告しないと。はにかんだ彼の顔を思い浮かべて、思わず笑いがこぼれた。  *** 「朝顔、あったよ!」  朝。彼が登校してくるやいなや、俺は開口一番にそう言った。面食らったように数秒固まったが、言葉を認識したのか相好を崩した。 「……ふふ。食べた?」 「うん! 美味しかった!」  そういえば。店員さんが、文月くんのことを『詳しい』と言っていたっけ。 「文月くん、すごく詳しいよね。常連とか?」  彼は躊躇うように視線を惑わせて。小さく息を吸ったかと思うと、覚悟を決めたように言葉を発した。 「……言うタイミング、逃しちゃったんだけど、……そこ、おれの家、なんだ」 「えっ!? うそ、文月くんの!?」 「うん……じいちゃんの店を、父さんが引き継いで……」  ならば、きっとかなり昔からあったお店なのだろう。地元のことだというのに全く知らなかった。「……この前の。板書してたと思っただろうけど……こんなの描いてたんだ」言葉とともに、机からノートを取り出して、とあるページを見せてくれる。  この前の、というのは──国語の授業だろう。音読でどこを読むかわからなくなっていたあの時間だ。  端に描かれていたのは可愛らしい動物。その傍に、なにかいろいろとメモのようなものがされている。 「あの、これは、えと……」  ──練り切りの、デザイン案、なんだ。  恥ずかしそうに言われたそれに、目を見開いた。 「練り切りの!? すっげ!!」 「そ、そんなすごくない、よ……簡単な落書き、だし……デザインも、稚拙で……」 「いやいやいや、すごいって! 動物の練り切り、いいと思う! 文月くん、絵上手いんだね」 「……へへ、ありがとう……。優しい、ね」  謙遜して視線を伏せる彼に勢いよく反論すれば、ふにゃ、と柔らかくはにかんだ。デフォルメされた犬に猫、それとうさぎなどの絵は、雑とは言えないほど線も綺麗で可愛らしい。デザインがよくあるものかは素人の俺にはわからないが、魅力的に思えたのは確かなのだ。 「こんなかわいいと食べるのちょっと悩んじゃうな、はは!」  でも、お店に並んでいたら確実に買うだろう。写真に残して、目で堪能した後に泣く泣く食べる。 「……田山くんは、どんな動物、好き?」  ふと問われて、考える。順当に行けば、犬や猫なんかも好きだが。それはもう描かれているようだし。その他で言うならば── 「んー、俺は……アザラシとか? まんまるでふわふわで、かわいいしさ」 「……ふふ。考えて、みるね」  ふわりと微笑む。もしかしてその案の中に入れてくれるのだろうか。まさか将来的に、お店に並んだり──は、夢を見すぎだろう。だが、彼の言葉は素直に嬉しかった。

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