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崇拝型⑥
そして、次の日の放課後。
外からは部活に勤しむ生徒たちの声が聞こえる。それをBGMに、授業中に出された古典の課題を必死に解いていると──気がつけば、教室の中には俺と文月くん以外は誰もいなかった。時計は5時少し前。もうそろそろ帰る準備をした方がいいだろう。
今日は遅くなってしまったし、蘭月堂に寄るのはやめておこうか。そんなことを考えながら身支度をしていたとき。
「あの……田山、くん。少し、いいかな」
改まった声色。どうかしたのだろうか。
彼が、持ってきていた小さな保冷バッグの中を探る。そして何かを取りだしたかと思えば──そこには、でっぷりとしたまんまるのあざらしを象った練り切りがあった。彼の大きな手のひらの上にちょこんと乗っかっている。
「これ……」
「……おれ、修行ってほどじゃないけど、父さんの手伝い、してて。それで……練り切り、作ってみたんだ。今まで何回も挑戦してるけど、うまくいったこと、なくて……これが唯一、少しだけマシにできたやつ、なんだ」
謙遜しているが、もはやプロのレベルだ。店で売っているものと遜色無い。
「マシ、っていうか……すっごく綺麗だよ。すごいな……」
「……へへ。やっぱり、優しい、ね。どうしても、田山くんに見せたかったんだ……あの、田山くんさえ、よければ……」
食べて、くれる?
不安げに顔を見上げ、問いかけられて──俺は面食らった。こんなに綺麗な菓子を、俺が貰ってよいのかと思ってしまって。しかも、唯一綺麗にできたものだと彼は言った。記念にもなる、大切なものだろう。
「……え、むしろいいの? お金も払わないでこんなすごいの貰っちゃって」
「う、ううん! お金なんて貰えない、よ」
「でも……」
「……田山くんに、食べて欲しいんだ。だめ、かな」
真剣な声色でそう言われれば──もう、断る術なんて持ち合わせているはずなど無くて。
「なんか悪いなぁ……後でなにか奢らせて。これのお礼させてよ」
「……うん」
「あ、今食べてもいい?」
「……うん、田山くんさえ、良ければ。全部、食べて」
微笑みと共に勧められて、一思いに口の中へと運んだ。齧られてかわいそうな姿は見たくなかったから。
感じた、練り切り特有の柔らかな口触り。それと、上品な餡の甘さに混じるのは、なんだか今までに味わったことない苦味。それが意外とマッチしているのだ。いくら食べても飽きないだろう。
「……ん、うま! ちょうどいい甘さだし、なんか……他のとちょっと違くて、うまい!」
「……ふふ、よかった。食べてくれて……」
彼が浮かべた笑顔。いつもよりずっと嬉しそうで。心の底から喜んでいるようだ。
小さな幸福に微笑んでいると──彼が近づき、頬に手を添えた。
……え?
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