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奉仕型①

『先輩。あたし、先輩のためならなんでもするよ。苦手な料理も頑張るし、嫌いな奴だって殺してあげる。全部全部、あげられるの。……ふふ、怯えた顔。かわいい♡』 「思考ぶっ飛びすぎだろ。絶対嫌だわこんな女」 「ぶっ飛んでんのがいいんだよ」  文月くんの事件の翌日。いつも通りゲーム──やんぱらをしていれば、翔がまた口を挟んできた。  あどけない表情をしたキャラが画面の中で笑う。この子は生真面目な委員長タイプで、先輩である主人公を愛するあまり、他人を害してしまうことも厭わない狂気性が売りのキャラだ。まさに古き良きヤンデレだろう。 「いや加減を知れよ、マジで意味わかんね。料理から人殺しに飛躍すんなし」 「それは──うん、まあ……そうだけど」 「あと好きなやつを大事にすんのはいいけど、他のやつには何してもいいって考えが最悪」 「こういうのに正論ぶつけるのやめろ!」  怒涛のマジレスの嵐に、声を張り上げる。ヤンデレなんていちばん正論から程遠いジャンルなんだよ。 「つーかさあ」  腑に落ちない表情のまま、翔はまた口を開く。 「あんなことがあってよくできんなそれ。普通トラウマになってやめるだろ」 「だって……ゲームと現実は別だし」  あんなこと、というのは。間違いなく、文月くんのことだ。  確かに──特大の重い愛情を向けられるという経験をすることになるとは思わなかった。しかし、逆に考えてみれば、主人公により一層の感情移入ができるというものだ。ちなみにあんな事件があったものの、夜は普通に眠れた。自分の神経が図太い事実に衝撃だった。  ふと入口に視線を向ける。文月くんがまさに入ってくるところで、彼はいつもよりなんだか緩慢に机へと歩んでくる。……気まずいのだろう。そりゃそうだ。 「おは、よう……」 「おはよ、文月くん」 「はよ」  文月くんは伏せた顔を上げて。面食らったように数秒黙り、薄い唇を開いた。 「……普通に、接してくれるんだ……」 「こいつお人好しだから、馬鹿らしくなっただけ。お前がこれ以上なんかしようってんなら俺も態度変えるけど」 「……ううん。ありがとう」  丁寧に、小さく頭を下げた。なんとか丸く収まった、だろうか。  ほっと安堵の溜息をつき、ふと翔へ質問を投げる。 「選抜はどんな感じ?」 「余裕でメンバー入り。来月の大会に向けて仕上げてく」  さすがだ。真顔でピースを作る幼馴染は、相変わらず活躍しているらしい。ふっと時計を見上げ、翔は口を開いた。 「一限移動教室だろ、そろそろ行けば? 俺も教室戻るし」  確かに別棟の教室に向かった方がいいかもしれない。準備を整え、何気ない話をしながら教室の出口へと足を進めた。  そして教室を出ようとしたとき。とん、と廊下を歩いてきた生徒に軽くぶつかってしまう。 「わっ、すみません」  慌てて謝れば、その相手──深い藍色の髪が特徴的な青年は、眼鏡をかけ直してその唇を開いた。 「こちらこそすみません。お怪我は」 「……な、ないです……」 「ならよかったです。すみませんが、急いでいるので失礼します。──では」  優雅さすら感じさせる所作で頭を下げ、颯爽とどこかへと去っていく。なんとも──理知的な雰囲気を漂わせた生徒だった。  背筋を伸ばし、姿勢の良い後ろ姿を見つめる。すげ、と後ろにいた翔が声を漏らした。 「今の人めっちゃ真面目そーじゃなかった?」 「……あの子、生徒会立候補とかで演説してた一年の子、かな……」 「ん……ああ! 確かにしてた! ……すごいなぁ」 「あーね。居た居た」  そう言われれば、確かに見覚えがある。体育館のステージに立った彼は理路整然とわかりやすく、説得力のある演説をしていた。集まる観衆の視線に動揺する様子なんてこれっぽっちも見せず、堂々と。学年的に生徒会長になることは不可能だったが──いずれは彼が選ばれるのだろうと、見るもの全てにそう思わせるほど立派だった。  俺よりも年下とは思えない。俺なんて国語の音読ですら緊張しまくってるのに。見習いたいものだ。 「確か──二階堂智樹っつったかな。前部活の後輩に聞いたけど、テストで学年一位らしいわ」 「ええ……かしこ……」 「……すごい、ね」  完璧人間じゃないか。見た目通りかなり優秀な生徒だった。文月くんと一緒になって羨望を覚えていると、翔がまた口を開く。 「てかお前、テスト勉強してんの?」  肩が跳ねる。……そういえば、定期テストまでもう二週間を切るのだった。固い声を何とか絞り出す。 「…………いや」 「数学やべーんだろ。そろそろ準備しとけよ」  耳が痛い。勉強したくない。……するしかない。前回は何とか赤点を回避したが、平均点を大きく下回ってしまった。教師からも「もう少し頑張ろうか」と苦言を呈されたことは記憶にも新しい。  飛び出そうなため息を抑えていると、文月くんが顔を覗き込んでくる。 「数学、苦手、なの?」 「……うん。文月くんは?」 「おれも、あんまり……ごめんね、力になれなくて……」  仲間がいた。多少心強い。……だが、そろそろ勉強に本腰を入れなければいけないだろう。 「今日図書館で勉強してこようかな……」 「おー、偉いじゃん。俺も用事無かったら一緒にできたんだけどな」 「……おれも、手伝いしろって言われて……」  文月くんは残念そうに声を発した。家の手伝いならば仕方がないだろう。きっと和菓子屋さんはやることもいっぱいあるだろうし。……どんなことをするかは、全く想像つかないけれど。  近いうちにまた食べに行きたい。一悶着あったとはいえ──彼の店で扱っている和菓子の味の虜になってしまったのだ。 「また食べに行くね」 「マジでお前の神経どうなってんの?」 「うん……いつでも、待ってる。身を削るくらい、頑張って作るから……」 「テメーは反省してんのか!! 洒落になんねーんだよ!!」  目を見張るほどの剣幕で声を荒らげる翔を宥めていると──予鈴が鳴る。その音で我に返った俺たちは、廊下を走り。息を切らしながら、なんとか授業開始までに間に合うのだった。

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