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妄想型①
『こんなふうになっちゃったのも、全部全部アンタのせいよ……! うう、責任、取りなさいよお……!』
「これはツンデレじゃないの?」
「病んではない、ね……」
「お前も普通に見てんじゃねーよ。なに溶け込んでんだ」
翔が横から画面を覗き込む文月くんの頭にチョップを落とした。うう、と小さな呻き声が漏れる。
止めてくれるな。文月くんには俺がやっているのを機に興味を持ってもらいたいのだ。
黒髪ツインテールの典型的なツンデレ。主人公を好きになってしまい、未知の感情に涙目で混乱し八つ当たりをする様は確かに可愛らしい。ツンデレは嫌いではない、むしろ好きではあるが──ヤンデレを求めてゲームをしているのだから、疑問を抱かざるを得ない。
僅かに眉根を寄せていると、関心のなさそうな翔は言葉を続けた。
「てか、お前ら体育今日から種目変わるじゃん?」
うわ。その内容に、眉根が余計に寄る。
自分たちの学校では、体育は男女で別れ様々な競技をする。だいたいひと月で種目が変わるのだ。この前はサッカー、その前はバスケ。サッカーでは何度も空振りをして、クラスの男連中に散々からかわれたのだった。悪夢だ。
運動が得意ではない自分にとっては、憂鬱でたまらない。
「嫌だなー……なにすんだろ……」
「ソフトボールだってさ。最初はなんかペアでキャッチボールすんだってよ。他のクラスのやつが言ってた」
「へー、じゃあ文月くんと組も」
「いや、ペアもう先生が決めてるっぽい。ランダムで」
「え……おれ、大丈夫かな……」
「大丈夫だよ。文月くんいい子だし」
言えば、花が咲いたようにはにかむ。平和だ。とんでもないヤンデレでもあったが、彼は優しい子だ。誰が相手でもきっとうまくやっていけるだろう。
俺も、正直憂鬱なのだ。人と関わるのは得意な方ではない。組む相手が優しい人で、何事もなく終わりますように。……俺の運動神経の悪さに呆れない人でありますように。
そう祈りながら、体育の時間まで過ごすのだった。
本鈴が鳴る。準備運動も早々に済ませ、とうとうペアが発表される時間になる。
呼ばれた順に前へ行き、グローブとボールをとって適当な場所に移動する。全員組み合わせができたところでキャッチボールを開始するらしい。
僅かな緊張を覚えながら、順番を待つ。
「1組の参宮《さんのみや》ー、2組の田山ー」
さんのみや。聞いたことの無い苗字だ。前へ出る。すると呼ばれた男子生徒も立ち上がり、同じようにした。こちらを一瞥すると、「ふーん」とだけ言って道具をとり、勝手にどこかに行ってしまう。慌ててついていくが──波乱の予感がした。
なかなか、癖が強い人物の気がする。その予感は当たっていたのだと知るのはすぐだった。
人のいないグラウンドの隅で、彼が口を開いたかと思うと──出てきたのは、大きなため息。
「はー……男と組むとか最悪……」
「なんだいきなり」
失礼すぎて雑な言い方になってしまった。だって、発されたそれはあまりにも友好的からは程遠い発言で。
俺の失言にも構うことはなく、酷く気だるげな態度を崩さずまた言葉を続けた。
「体育女の子と組めねーから嫌なんだよな」
ツーブロックの髪を弄りながら、大きくため息をついた。ぱっちりとした二重の目に長い睫毛、そして高い鼻。整った野性的な顔立ちから、さぞかしモテるだろうことが容易に想像できる。……羨ましい。
……とにもかくにも、ペアは決まってしまったのだ。自己紹介をするのがせめてもの礼儀だろう。たぶん。
「……とりあえず……俺は田山。ええと、名前は……」
「苗字が参宮《さんのみや》。下は怜央《れお》」
名前までかっこいいのかよ。謎に完敗した気持ちを抱えながら、挨拶をするべく口を開いた。
「……よろしくね、参宮くん」
「最低限しかやらねーからな」
「……はい」
乾いた笑いしか出ない。
なにはともあれ──最低限でもやってくれるなら御の字だ。最初のキャッチボールさえ乗り越えれば、あとは全員で試合をするだけ。困ることもないだろう。
そう思っていた。
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