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妄想型④
ソフトボールの授業も何回か終わり。もうじきに、体育も別の種目に変わるだろうかという頃、何度目かのキャッチボールで。初回よりは、多少仲良く──まではなれずとも、慣れはした。
「いい加減やる気出してくれない?」
「無理」
相変わらずの返答に、笑ってしまう。結局、彼がやる気を出すところはあれ以来見られなかった。もう一度くらいは格好いい様を見たかったが──それは望みすぎだというものだろう。
ころころと地面を滑ってきたボールを拾い上げたとき──ざっと後ろから砂を踏みしめる音がした。
「はあ……田山、参宮。やる気がないなら、ふたりで倉庫のグローブ取ってこい。あ、バットもな」
立っていたのは、先生。はい、と返事をする。ああ、また怒られてしまった。……むしろ初回の注意だけで済んでいたことが奇跡だと思うべきか。
諦め混じりに空を見上げれば、厚い雲が太陽を覆い隠すところだった。
***
薄暗い倉庫の中で、道具を探す。手前を探しても見つからない。どうやら少しだけ奥の方に置いてあるようだ。独特の匂いが鼻をつく。
お前もさあ、と参宮くんが間延びした口調で話しかけてきた。関係の無い道具をいじっている。一緒に探してくれ。
「せっかく倉庫でふたりっきりなのにさあ、なんで男となんだよって思わねえ?」
「思わない」
「変わってんな。はー……女の子じゃねーとか萎える」
「わかったっての。いい加減諦めてよ」
大きなため息とともに、彼が後ろの棚へ体重を預ける。ぐらりと、大きな影が動いた。それは──同じ棚へ立てかけてあった脚立で。もともと雑に置かれていただろうそれは、不安定な支えが動いたことで揺れ。
落ちる先は──彼の頭上。時が、止まったようだった。
「危な……っ!!」
参宮くんは落ちてくるそれをただ、目を見開き見つめたまま動かない。いや、動けないのだろう。大きく足を踏み出して。彼の手を引いて、避けさせる。しかし、どうやら距離は足りなかったらしい。脚立は俺の頭上にも今まさに落ちかけていて。ただ無我夢中で身を滑らせ、彼を庇った。
がつん、と側頭部に強い衝撃。脳が揺れる。ああ、結局ぶつかってしまった。どこか冷静な自分が、淡々と状況を把握した。次いで、がしゃんと金属が倒れる耳が痛い音。
「……だい、じょうぶ?」
覆われるような形になった彼は、大きく見開いた目で俺を見上げる。唇から、ひゅ、と息が漏れていた。
「……俺、は、大丈夫……だけど。おま、頭……」
「大丈夫、思ってたほど痛くは──あれ?」
つう、と何かが肌を伝う感覚。生暖かい。それが血だと気づくのに、そう時間はかからなかった。視界が勝手に揺れる。平衡感覚がバカになってしまったようだ。
「あー……なんかぐわんぐわんする」
「え──おま、歩けんの!? 保健室……! あ、いやでも、頭打ったら動かさない方がいい……!?」
「っはは」
場にそぐわないのはわかっていても。込み上げる笑いは、抑えられなかった。
「っ、なに笑ってんだよ……!」
怒りの滲んだ口調に、まとまらない思考で言葉を出力していく。
「焦ってるの、珍しいから」
「はぁ……!?」
言えば、参宮くんは意味がわからないというように目を白黒させていた。
だけど、ああ。ともかく。
「……怪我、無いならよかった」
ふっと、笑みを深める。
男相手にこんなに取り乱すなんて、きっとなかなかないことなのだろう。初めて見る顔だ──そう思った瞬間、ぷつりと意識が切れた。どこか騒がしい声が、遠くで聞こえたような気がした。
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