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妄想型⑤
そうして俺は、異世界に転生──することもなく。
次に起きたとき、目の前に拡がったのは一面の白。知らない天井ってやつだ。保健室でもないようだ。独特のこの匂いは病院だろうか。
「直也、起きたのか!」
「ああ、よかった……! ナースコール押すからね!」
傍には父と母がいた。整然としない頭の中、ぼんやりとふたりの焦ったような顔を見つめていると、お医者さんと看護師さんが入ってきた。看護師さんが俺の傷の様子を見る最中、若い医師が口を開く。
「どう、体調に変わりは? 気持ち悪いとか」
「……いえ、特には……」
違和感は、無い。気分も良好だ。
「どうしてここにいるかわかる?」
「え? 体育倉庫で、頭を打ったから、ですかね」
「うん、前後の記憶はちゃんとあると」
さらさらと手に持ったカルテらしきものに走り書きをしていく。
「頭は出血しやすいからねー。傷自体は浅かったけど、なにか異常があったら大変だから」
あっけらかんと言われるそれに、自然と張っていた気が緩んだ。傷は浅かったのか。なら、よかった。どうもそれほど大事ではないようだ。
「このあとMRI撮って何事も無ければ、今日と明日は様子見でお休み。異常無しなら退院して明後日から登校していいよ」
結果的に、検査結果も良好で。医師にそれを言い渡されるまで、父と母はずっと思い詰めた表情を浮かべていた。死ななくてよかったなんて言うから、大袈裟だと笑った。渡された携帯でメッセージを見れば、翔と文月くんからこれまた不安そうな顔が浮かぶような文面が送られてきていて。ああ、友人に恵まれたものだと、唇が弧を描いた。
ふたりも家に帰り、病室の窓から空を見上げる。薄ぼんやりとした月が雲の向こうから光を反射していた。……参宮くんは、今頃何をしているだろう。彼のことだし、俺のことなんか別に引きずってはいないだろう。その方がありがたい。
あくびをひとつ。考えごともそこそこに、ベッドの中で目を閉じた。
***
朝。教室の前にいた翔を見つけ、声をかける。登校することはメッセージで伝えていたはずだが、その顔には動揺が滲んでいた。
「おはよー」
「おま、大丈夫なのかよ!」
大声を出す翔に、指でピースを作って返した。
「全然大丈夫。名誉の負傷ってやつ?」
「……お前が怪我してなかったらゲンコツしてたわ」
怖い。幼馴染の暴力性に震えていると、あ、と後ろから声が聞こえた。
振り向けば、文月くんが小走りで駆け寄り──肩を掴んでくる。いつにないその勢いに圧倒された。
「った、田山、くん! 怪我は……?」
「だ……大丈夫、この通り平気だよ」
伝えれば、ほっと息をつく。心配してくれていたことが伝わって、良くないことだけれどなんだか嬉しくなってしまう。
教室に入り、人もだんだんと増えてきた中。他の友人にも「参宮庇ったってマジ?」だとか「うーわ、痛そ」だなんて言われ、いつにない些細な非日常感を覚えていたときだった。
教室の前方から、声が聞こえた。
「田山!」
「……え、参宮くん?」
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