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妄想型⑥
思ってもいなかった人物に、思わず見入る。つかつかと早足で歩み寄り、人が避け自然とできた道を進んで──机に手を着いて、真剣な顔のまま口を開いた。
「怪我は!?」
焦りを露わにする彼の勢いに圧倒されるが、はっと我に返って言葉を返す。
「浅い傷だったから大丈夫。参宮くんは怪我なかったよね?」
一応、改めて確認のため。問いかければ、不意を食らったのか、瞬いて──腰に手を当て、がし、と頭を掻いた。
「……お前が庇ってくれたから、傷ひとつねえよ」
「ならよかった」
安堵とともに笑えば、なんだかぶすくれた顔のまままた口を開く。
「……今日、放課後空いてんのか」
……どうしてそんなことを聞くのだろうか。なにか、俺に話でもあるのか?
疑問を抱きながら、特に無いことを告げると、迷うように視線を惑わせてから。
「……なんか奢るくらいさせろ。後味わりーし」
え。目を見開く。……思ってもみない提案だったからだ。
隣から、翔が身を乗り出す。文月くんもその隣で、じっとこちらの動向を窺っていた。
「へー、じゃ俺らもご馳走になろーかな」
「誰が奢るか。田山だけだ、お前らは勝手に帰れ」
あ、俺の知ってる参宮くんだ。いつも通りの素っ気なさが戻ってきた。ぶっきらぼうな言い方に、特段翔は気分を害す様子もなく。「んだよ、冷めてーの」とつまらなそうにぼやく。文月くんはというと、不安そうに袖をきゅ、と引っ張ってきた。
「……田山くん……」
「あー……ごめんね。ふたりで帰っちゃっていいから」
掴む力は強くなる。幼い子どものようだ。……にしては、力がだいぶ可愛くはないけれど。
「文月諦めろっつの。俺らでそのうちどっか食いに行けばいいだろ」
「……うん」
翔に促され、渋々手を離したようだ。予鈴が鳴る。参宮くんは時計を見たあと、またこちらに鋭い視線を向けた。
「……放課後、忘れんなよ」
念を押すように目を真っ直ぐ見つめて。すぐに踵を返して、どこかへと言ってしまった。嵐のような参宮くんの行動に沈黙が落ちる。それを破ったのは、クラスメイトの呟きだった。
「田山お前すげーな……」
「え、何が」
「あの参宮が、男とあんな長時間話してんの初めて見たから」
「あー……それは俺も驚いてる」
ファーストインプレッションから考えればありえないことだ。女の子が好きで男は眼中に無いような彼が、俺と話してくれた。しかも──食事をする誘いまで。お詫びとはいえ、信じ難い。今も少し、夢ではないかと思ってしまうほどに。
しばらくまた皆で話し合ううち、俺は何故だか参宮くんを絆した勇者ということになり、馬鹿騒ぎをし始めた俺たちは──予鈴が鳴ったことをすっかり忘れていて。教室へ入ってきた先生に、俺たち男連中は小言を言われるのだった。
一限が始まるまでの休み時間。廊下に出た瞬間、遠くを歩いていた二階堂くんと目が合う。
「っ田山先輩……!」
小さな声だったが、それは確かに俺の耳に入った。レンズの奥の瞳が、驚いたように丸くなっている。廊下を小走りで駆けてきたかと思うと、じいっと俺の顔を穴が空くほどに見つめて。深く、息をついた。
「ああ、よかった……貴方になにかあったら、僕は……」
二階堂くんにも心配をかけてしまったようだ。俺のことを気遣ってくれたその心遣いが嬉しくて、胸が温かくなる。
「……ありがとう」
「え……? そんな……何もしてないですよ、僕は」
「心配してくれたのが嬉しいんだよ。ありがとう」
笑えば、困り眉のまま微笑み返してくれた。優しい子だ。
途端、敵意を滲ませて目を細める。険しくなったその顔つきに面食らう。
「……あの不良──参宮先輩、でしたっけ。先輩の教室に何度も出入りしてましたよ。挙動不審でした」
「え、そうなんだ」
参宮くんが? まさか、とは思うが──俺が登校していないか気にしていた、とか。……本当にまさかだ。しかし、朝の様子を鑑みるに、その可能性ももしかしたらあるのかもしれない。
それと、気になるのは。その事実を何故二階堂くんが知っているのかだ。
「……二階堂くんも俺の教室何回か来てた?」
う、と言葉に詰まった。視線を落とし、気まずげに口を開く。
「……先輩が来てないか、気になって……その……」
「っはは、ありがとう。そうだ、連絡先交換しようか」
口ごもるその様がまたなんともいじらしい。彼を随分やきもきさせてしまったようだ。今日登校することも報告できなかったし、繋がった方がいいだろう。
二階堂くんはぽかんと口を開け、数秒黙ったかと思えば。
「っはい!」
ぱあ、と顔色を明るくして破顔する。交換した後、携帯を感慨深そうに見つめて──またあどけなく笑った。
「あの男が何かしたときのために、弱みも頑張って探しますね!」
「ありがとう、それは頑張らなくていいよ!」
恐ろしさを覚えながら笑顔でそれとなく断ったが──真意が伝わったかどうかは、あまり期待しない方がいいだろう。
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