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同化型①

『一緒になろうよ。あたしの体の中で、一緒に生きよ? いっぺん残らず食べさせて。キミの味、全部教えて』 「なんでお前のゲームの女ってすぐ殺そうとしてくるの?」 「みんながみんなそうじゃないから、誤解すんのやめて」  誤解にも程がある。暴力性や他害をしてしまうのは全員というわけではない。このキャラは食べることが大好きなため、想いを寄せる主人公と共になりたい欲求が膨らみ、結果として──まあ、包丁を片手に握って迫ることにはなっている、けれど。 「その、ゲーム……好き、なんだね。この前もやってたし……」  興味ありげに言葉を繋ぐ。以前も画面を見てくれていたし、上手くいけば文月くんをこちらの沼に引きずり込めるのではないか。  オタクのカンが働いて、文月くんへ前のめりになって口を開く。前髪の隙間から僅かに見開いた瞳が覗いた。 「そう! 文月くんも良ければ──」 「やんなくていーよ。人選ぶもん押し付けんな」  ぐいと後ろへ引き戻される。別に押し付けようとはしていない。ちょっと勧めるだけなのに。文月くんもやってみればハマるかもしれないのに。  それにしても──昨日は散々な目にあった。宣戦布告の後、アプローチをしかけてくる参宮くんになんとか耐えたのだ。その様を見て、翔は「やっぱ上手くいかなかったんじゃねーか! ついて行った方がよかっただろ!」と顔を顰め、文月くんも苦い顔をしていた。ふたりにも申し訳ないことをした。 「また参宮がなんかヤバそうだったら、今度こそ止めに入っからすぐ言えよ」 「おれも、頑張るから……」 「……ありがとう。しばらくは大丈夫、だと思うけど……そのときはお願いね」  しばらく──卒業までの間は、恐らくあんなふうに迫られることはないだろう。ないはずだ。……そう信じたい。  そうこうしているうちに、予鈴が鳴って。俺たちは手を振って別れ、一限の準備を始めるのだった。  一限の国語の時間。今日は音読は無いから、本当に座って授業を聞くだけだ。始まったばかりなのにあくびが出そうになってしまう。テストに出るのだからきちんと聞かなくては。あくびを噛み殺し、手を抓って眠気に耐える。  ぐう、と大きな音。誰かのお腹が鳴ってしまったらしい。沈黙が落ちた教室の中、真ん中でひとりの生徒──|四方田隼人《よもだはやと》くんがひらりと手を挙げた。 「せんせーすいませーん、オレ鳴っちゃいましたー!」 「お前この前も鳴ってたろ! 授業じゃなくて飯のこと考えてんじゃないのか?」 「え、なんでわかったんすか!?」  笑いが起きる。先生もあっけらかんとしたその言葉に笑いを堪えきれないようだった。俺もつられて笑ってしまう。明るい髪が特徴的な彼は、快活なその見た目に違わず元気な生徒で。クラスのムードメーカー的な役割を果たしてくれている。  何度か俺も話したことがあるが、どんな話をしても盛り上げてくれる、話し上手のうえに聞き上手。コミュニケーション能力の塊のような子だ。  そうだ。チョコを持ってきていたはずだから、彼にひとつあげようかな。まだ授業は始まったばかりだがお腹が空いているようだし。何も食べずに一日を過ごすのはしんどいだろう。いつの間にか眠気も飛んでいた。彼のおかげでもあるから、それのお礼──というのはおかしいかもしれないが、ともかく後で渡しに行こう。  授業の終わりが、なんだかいつもよりずっと待ち遠しかった。  ***  そうして。  授業も終わり、号令が済んだ後。休み時間、小粒の包装されたチョコレートをいくつか持って彼のもとへ向かった。 「四方田くん」 「ん、田山くんじゃん。なんかあった?」 「チョコ食べないかな、と思って。お腹空いてそうだったから」  手のひらに乗せて言えば、それを見た彼の目は輝いていった。なんだか幼いこどものようで笑ってしまう。 「え、マジ、いいの!? ありがとー! 田山くん神すぎ!!」  チョコレートを受け取って、明るく破顔する。八重歯が覗いた。あまりにも喜んでくれるものだから、俺もつられて微笑んだ。 「腹減るよねー、この時間」 「ガチそれ。朝練もあっからよけー腹減るんだよねー、キツいわ」 「あ、部活やってるんだっけ」  彼の部活は朝練があるのか。サッカー部に所属している翔はそんな様子が見えないから、なんとなく珍しい。同じサッカー部、ではないのだろう。きっと。 「そ! バスケ部! 何気ちゃんとやってっから、今度見に来る? オレ自分で言うのアレだけどかっこいいよ?」 「あはは! うん、じゃあそのうち見に行こうかな」 「……四方田、くん。これも、食べる……?」  後ろからぬっと出てきた文月くんの手には、小さなお饅頭があった。四方田くんはより喜色を顔に表した。 「文月くんじゃん、いいの!?」 「うん。おれの家、和菓子屋だから、売り物にならないのとか持ってきて食べたりする……」  俺もたまにおこぼれにあずかることがある。お饅頭も、薄皮の中のこしあんがなんとも上品な甘さで、くせになる逸品。ほかのお饅頭が食べられなくなってしまいそうな程だ。 「マジありがとー……昼まで鳴らないですみそう! あとでなんかお礼すんね!」  大袈裟に手を合わせて感謝を表す四方田くんに、笑って「いいよ」と言って。「次の授業の、確認したいから……席、戻らない?」と文月くんに促されるまま、席に戻った。遠目から見たときには、四方田くんはすでにチョコを食べていたようだった。かなりお腹が空いていたらしい。 「文月くんもお菓子持ってたんだね」 「……うん。……田山くん、いろんな人に好かれる、から。あのままだと、田山くんが取られちゃう気が、して……」 「ええ? まさか」  初めての友人だからだろう。文月くんは斜め上の危機感を覚えていたらしい。いろんな人に好かれる──というのは、ここ最近のことを思えば、確かにそう、かもしれない。  ほんの少し浮かんだ真剣な色に、笑って口を開く。 「大丈夫だよ。文月くんが大事な人ってのは変わらないから」 「…………ふふ、ありがとう……」  頬を緩ませる。ほんのりと朱く色づいていて、そのいじらしさにまた笑った。俺の菓子に血液を入れたこともあったが──あれは一時の気の迷いだったのだ。健全な関係を築けていることに感謝した。  そうして──あげたお菓子が功を奏したのだろうか。四方田くんは結局お昼までお腹を鳴らすことはなく、授業を終えたのだった。

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