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妄想型⑪
ひ、と声が漏れそうになった。顔から笑みが消えたから。イケメンの真顔は怖いとは言うが、それは本当らしかった。実感したくなかった。
氷のように冷たい声が、背筋を這う。酷く昏い感情を浮かべた目が恐ろしい。蛇に睨まれた蛙の如く、俺は指先ひとつすら動かせなくなった。
「ああ、なに。浮気?」
軽く笑って、淡々と言葉を紡ぐ。浮気も何も、俺たちは付き合ってすらいないだろう。
「どんな奴? そいつ。教えて」
「え、えー……年下で、頭が良くて、優しくて、いちご大福が好きで……」
「そ。じゃあそいつ探してくる」
「ごめんなさい嘘です!!」
探しに行くと言った参宮くんの目は据わっていて、はったりではないことがわかった。
二階堂くんごめん。巻き込んでしまった上に、俺の策は穴しかなかった。……二階堂くん並に賢かったのなら、突破できるような策が浮かんだのだろうが。このままではとんでもない大事になる予感がしたのだ。彼に相談していれば、少しは現状はマシになっていただろうか? ……いや、それもまた別の事件が起きていただろう。どう足掻いても地獄である。
「っとにかく、俺たちは付き合ってないんだよ。それはわかって!」
「……ふーん、そう。付き合ってないのな──おっけー」
凪いだ表情で、拍子抜けするくらい簡単に了承した。
ひとまず、それは受け入れてくれるようだ。二階堂くんがメッセージを送ってくれなかったら、きっとこうはならなかった。喫茶店で何かを奢ろう。
ひと息をついたのも、束の間。
「じゃあ、今から付き合おうぜ」
無敵かよ。翔たちに来なくていいよと笑った自分を殴りたい。
「い、いや、あの……だから、それは……」
「なんで? 理由とかあんの?」
しどろもどろになりながら紡いだ断りに、彼は顔を近づけて問いただしてくる。
なんで。理由。友人としてしか見られない。きっと参宮くんは、珍しく関わった男への友情の親愛を勘違いしているだけだ。なんて正直に言っても引いてくれなさそうだ。なにか、いい理由は無いのか。
「友だちとしてしか見れないし……」
「関係性が変わればそれも変わるだろ」
「……好きな人がいる……」
「はは。なあ、もっとマシな嘘つけよ」
「すみません!!」
耳が痛いほどの沈黙の中、からからに乾いた喉から声を絞り出す。
「お、俺……恋人とか、まだ作る気、なくて……」
「……ふーん。まだ?」
彼が興味を持ったように、その言葉を繰り返す。俺はそこに一縷の望みを見出した。慌てて口を開いて、逃れる術を手探りで探していく。
「……っそ、そう! まだ恋人とかそういうのわかんない、からさ……あの、そうだ。卒業するときに返事させてくれない、かな……」
「──卒業のとき、な」
よかった。これは聞いてくれるんだ。
ほっと、安堵した。……まるで言質は取ったぞとでも言わんばかりの、彼の笑顔を見るまでは。
「それまで、俺頑張るから。よろしくな、直也。……逃げるなよ」
あ、これ、問題を先送りしただけだ。俺、愚かすぎる。
ぞっとするほどの綺麗な笑みと、念押しのようにいわれたひと言に。
「…………ウン、ヨロシク」
俺は、まるで壊れたロボットのような。掠れた声を出すことしか出来ないのだった。
卒業のとき、俺はいったいどうなっているのか。そう遠くない未来に、身震いをした。
「ほんっと、照れ屋なんだな。そういうとこもかわいーけど……気遣いくらいできるし。少しくらい、待ってやるよ」
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