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監禁型②
猛攻をなんとかいなし、幼馴染を納得させて。自分が幾分かやつれたような感覚とともに、放課後を迎えた。
「直也がバスケ見学すんなら、俺も見る」
「参宮くんぜってーバスケ興味ねーじゃん!」
「ねーけど」
……第二の波乱を前にして。目の前では、参宮くんと四方田くんが向かい合っている。
ともに帰れない理由を説明したところ、案の定というか。参宮くんが自分も見ると興味を示したのだ。……バスケではなく、恐らく俺に。困ったような顔で、四方田くんが口を開く。
「ちゃんとバスケ見てくれんならいーけど、あからさまに興味無い子混ざってっと部員の目もやべーんだって!」
四方田くんの言い分は最もだ。最もすぎて返す言葉もない。考えてもみろ。見学に来ている生徒がバスケそっちのけで喋っていたりすれば、精を出している部員たちの士気は下がるだろう。何しに来ているんだ、と邪魔者扱いされてもおかしくはない。
……しかしそれで折れないのが参宮くんという男なのだ。「だから?」と言わんばかりの冷めた目で、四方田くんが折れるのを待っている。
ここは、俺も説得するしかないのだろう。男として。友人として。
前に一歩踏み出し、言葉を探る。
「……あー……参宮くん、ええと……」
「怜央って呼べっての」
「……怜央くん、ごめんね。バスケ部の人たちにも、あんまり悪いことはしたくなくて」
「別に、邪魔なんかしねーし。横で直也のこと見てればいいじゃん」
バスケに興味無さすぎるだろ。せめてバスケを見てくれ。見つめられてるだけの俺もいたたまれない。集中できる気もしないし。
断るだけなのも、彼に申し訳ないのは事実だ。ええと、と。言い淀んでから、言葉を続けて。
「明日は何も無いから、絶対一緒に帰ろう? 俺も怜央くんといろいろ話したいしさ……今日だけ、ごめん! お願い!」
こんなこと、慰め程度にもならないだろうが──そう、申し訳程度に続ければ。
「……っふん、そんな言うなら、まあ……仕方ねーな。お前もそんな俺と帰りたいなら、まあ。今日くらいはいい」
打って変わって、参宮くん──いい加減、怜央くんと呼ぼうか。彼はなんだか嬉しげな雰囲気を纏った。口もとを手で覆っているが、声色は浮ついているのを抑えられていない。
……やっぱり、この人。なんか、チョロいかもしれない。
嬉しそうな怜央くんを暖かい目で見ていると、ふと彼は文月くんの方へ視線をやって。
「お前……前髪。帰るぞ。別れる場所まで直也の話聞かせろ」
「……ええ……うん、いいけど……」
今文月くんのこと前髪って呼んだか。
俺と同じことを思ったのだろうか、困惑を滲ませて、そばで黙って聞いていた文月くんが返事をする。「じゃあね」とふたりに小さく手を振りながら──なんとか嵐をやりすごせたことに、安堵した。最近は修羅場が多くて困る。
「……直くん、あの参宮くんを扱うの上手くね!? すげ、なんか……小悪魔みてー!」
「絶対違うと思うよ」
きっぱりと断っておく。全国の、小悪魔のようにあざとくも可愛らしい子に殺される前に。
「んじゃ、行こ! 部活始まっちまうし!」
「おわ」
笑う彼に手を引かれ、放課後の廊下を走る。友人たちと帰路に就くいつもの日常とはまるで違い、なんだか緊張してしまう。だけど、不思議と同時に高揚感もあって。バスケ部の人達の邪魔にはならないようにしようと意気込み、愉しげな友人とともに足を運ぶのだった。
体育館の中。ボールが弾む音が響き渡り、部員たちが忙しなく動く度にキュッキュ、と床を踏みしめる高い音が鳴っている。
周りを見回してみれば、どうやら他に数人ほど入部希望の生徒が見学に来ているようだ。ひとりだけぽつんと見ている、という状況を想像していたため、浮かないのはありがたい。けれど、誰も彼も部活へ真剣なようで、なんだか肩身が狭いような感覚も事実だ。
体育の授業でもわかってはいたが、四方田くんは運動神経がかなり良い。例えマークをされていても颯爽と抜け出して、パスを受けたかと思うと軽やかに前へ走り。ボールを自分の体の一部のように操り──目を奪われるほど見事なダンクシュートを決めるのだ。
「っしゃ!」
こちらを見て、ピースをし破顔する彼に手を振る。同性から見ても格好いい。流す汗すら輝いて見えるほどだ。……ああいう爽やかな人になりたかった。
ついつい羨望の眼差しを向けてしまう。周りの見学者たちも、憧れを浮かべて四方田くんを見ている。きっとチームメイトからも憧れられ、同時に親しまれているのだろう。彼らしい。
それと──四方田くんと同じくらいに、一際目を引く人物がいた。彼は相手からボールを奪い、背中の後ろに球を通過させるようにしてチームメイトにパスを出した。ディフェンスの不意をつき、上手く流れを作っている。……素人目に見ても、生半可な実力ではないことが容易にわかった。
ふと、甲高いホイッスルの音が空気を揺らした。その人物は、他の生徒と代わるようにコートを抜け出した。汗を拭いながらこちらへ向かってくる。
俺に気がついたらしく、あ、と小さく低い声を漏らした。はっと我に返り、慌てて小さく頭を下げる。
「ああ、四方田の友だちか?」
「はい。田山です、よろしくお願いします」
「俺は三年の|伍代勇吾《ごだいゆうご》。一応、ここの部長をやってる」
短髪が良く似合う。いかにもスポーツマンらしい。精悍な顔つきは男らしさと同時にさっぱりとした爽やかさも感じさせた。それに体格がいいうえに背も高い。見上げてしまうくらいには。快活な笑い声とともに、肩に手を回した。
「俺のことは兄貴みたいに思っていいからな! もちろん、入部も歓迎だ」
「兄貴、みたいに……」
反芻すれば、力強く肯定するように頷かれた。確かに、絵に描いたように兄貴然とした人だ。初対面だが、こんな頼りがいのありそうな兄がいたのなら、弟として誇らしいだろうと思うくらいには。
ホイッスルがまた鳴り、どうやら休憩に入ったらしい。試合を終えた部員たちが、伍代先輩の周りに集まってくる。
「兄貴ー!」
「ゆう兄、フォーム見て欲しいんだけど……」
口々に言うのは、兄という言葉。部員というよりは、まるで──
「すご、家族みたいだ……」
思わず呟いていた。アットホームな部活です──職場だとブラックの触れ込み、なんて言うけれど。ここは本当に、皆が家族のような一体感がある。俺は部外者のはずなのに、不思議と居心地がいい。
「ゆう兄ね! オレも兄貴みたいに思ってるよ、めっちゃいい人だし!」
いつの間にか隣にいた四方田くんが言う。
「オレどう? カッコよかった?」
「うん。シュートも決めてたし、マジですごいよ。めちゃくちゃカッコよかった」
「へへ、やった!」
目尻を下げて彼が笑った。披露してくれたダンクシュートは鮮やかで、お手本のようだった。「四方田先輩、少しいいですか?」後輩に呼ばれて、彼もコートへ入る。どうやらシュートについてアドバイスを請われたらしい。彼に教えてもらったら、運動音痴の俺でも打てるようになるだろうか。そうでなくとも、自然にドリブルくらいはできるかな。バスケ部には入れないが、時間のあるときにレクチャーしてもらいたいものだ。
微笑ましい気持ちを覚えながら、その様を見つめていると、不意に声がした。
「ごめーん、ボール取ってー!」
部員が呼びかける声。そちらを見れば、小さく弾んだボールが遠くから転がってくる。自分の近くまで来たそれを取ろうと一歩踏み出した瞬間──盛大に足を捻った。
「オワーーッ!!」
間抜けな叫び声とともに、足に走る激痛。最悪だ。よりによって何も無いところで。運動神経が無いどころの騒ぎではない。
「っえ、直くん大丈夫!?」
ばたばたと慌ただしい音。四方田くんが近くに来てくれたらしい。
大丈夫、と笑って言いたい気持ちは山々だった。しかし涙が滲んでしまうほど痛みは酷く、うずくまることしかできない。
「捻ったか──歩けるか? 肩を貸すよ」
「っいや、そんな。……少しだけ、じっといていれば大丈夫、ですから……」
伍代先輩が声をかけてくれるが、世話になるのも申し訳ない。もう少しこうしていれば、おそらく痛みは引く……はずだ。ただ見学に来ただけの俺が迷惑をかけるわけにはいかないのだ。
「歩けないなら、悪いが運ぶしかないな」
「肩を貸してください!!」
「っはは、了解。ほら、行くぞ」
反射的に叫んでいた。運ぶなんて、それこそ申し訳なさすぎる。
なんとか体を起こし、心配そうな四方田くんに「大丈夫だから」と声をかけて。伍代先輩の肩を借りながら、ひょこひょこと間抜けな歩き方のまま、俺は体育館を後にするのだった。
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