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監禁型③

 保健室に着く。どうやら養護教諭の先生は席を外しているようで、部屋には誰もいない。  ある程度勝手は知っているのだろうか。彼は棚の中を探り、コールドスプレーとテーピングを取り出した。きっと、部活で怪我をする生徒を同じように診ているのだろう。 「スプレーでとりあえず冷やすか。簡単な処置くらいならできるが……少し痛いかもしれない」 「すみません、ありがとうございます」  優しい人だ。細かなところまで気遣いをするタイプらしい。痛みに顔が歪むが、我慢できないほどではない。しかし彼は部長なのに、わざわざ着いてきてもらって申し訳ない。俺のために動いてくれる姿を見ると、罪悪感が胸を刺した。 「四方田、クラスではどんな感じだ?」  ふと、足の処置を続けたまま先輩が切り出す。無言のままではきまずいだろうと思ったのだろうか。話していた方が痛みも紛れる気がして、ありがたかった。 「そう、ですね……明るくて、いっつもクラスを盛り上げてくれてますよ。俺も仲良くしてもらってるし、ありがたいです」  脳裏に笑顔が浮かぶ。せっかく見学に連れてきてくれたのに、迷惑をかけてしまった。四方田くんにも後で謝らないといけないだろう。 「部活でも、同じ感じですか?」  問えば、ああ、と笑いを滲ませた返事。 「良い奴だよ。ウチでもムードメーカーになってくれるし、チームメイトを励ましてくれるし──バイトで疲れてるだろうに、部活にも顔を出して。立派な奴だ」 「……ふ、はは、イメージ通りだ。うん、本当に──すごい子ですよね。俺も、尊敬してます」 「疲れが溜まってないか、たまに不安になるけどな」  やっぱり。思わず口角がゆるりと上がった。手際の良い処置をしていた先輩が、こちらをちらと見上げて口を開く。 「田山、確か前に救急車で運ばれてたろ。聞いたことあるぞ」  救急車、というと──参宮くんとの一件だろう。倉庫で脚立から彼を庇った日のことだ。……関わったことのない人のところにまで広まっているのか。思いのほか、大事になってしまっていたようだ。なんだか、妙に気恥しい。 「……知ってるんですね」 「そりゃあな。結構騒ぎになってた」  ふっとまた笑いを含ませて言う。そうすると先輩は視線を下げて、手の動きを再開した。 「そんなにすか」 「ああ。俺が聞いた話だと──物が落ちてきて大怪我したとか?」  大怪我──といえば、大怪我だろうか。傷は浅かったのだが、流血したと聞けば確かに大事にはなるだろう。救急車で運ばれたところまでが広まったようだ。 まあ、噂に尾鰭が付いて変に広まらなかっただけマシだと思った方が良い。 「友だちの上に脚立が落ちてきそうで。慌てて庇ったんです、そしたらあのザマで」  ふと。ぴたりと手を止めて、先輩が顔を上げる。なんだかやけに、険しい顔つきのように見えた。 「……なんで、庇ったりしたんだ」  咎めるような声色。打って変わったそれに、思わず顔を見つめたまま瞬いた。 「……え? いやあ……気がついたらつい、ですかね。友だちが怪我したら嫌だし……」  眉間のシワは、より深くなる。 「お前が怪我をしたら、悲しむ奴もいるだろう」 「っはは、先輩優しいっすね」  初対面の人間にそんなことを言うなんて。固い声で言われたそれは、あまりにも優しさに溢れている。  悲しんでくれる人がいる。それはきっと、自惚れではなくそうなのだろう。両親も、友人たちも。人に恵まれているから、自分のことのように悲しんでくれるはずだ。わかっている。  だけれども。 「友だちが怪我するくらいなら、俺がした方がマシです。……良くないことかもですけど、そう思っちゃうんです」 「……お前……」  作った握り拳に、力がこもった、ように見えた。何か言いたげに口を開いたが──言葉が飛び出すことはなく、代わりに小さなため息が落ちる。 「……親御さんが迎えに来るまで、待つよ。それくらいはさせてくれ」 「そんな……申し訳ないですし、大丈夫ですよ」 「いいから。無理をされても困るんだ、いいな」 「は、はい」  念を押すように言われ、従うことにする。……先程、彼は何を言おうとしていたのだろう。  考えても、思いつかず。母が迎えに来るまでの短い時間では、答えに辿り着くことはできなかった。  *** 「大丈夫? ああすみません、面倒をみていただいて……」  迎えに来た母の車まで送って貰うと、母は小さく頭を下げた。先輩は片手でそれを制すようにし、口を開く。 「いえ、部活の見学中に怪我をしたので……部長である自分の責任でもありますから」 「部活? まあ、珍しい……」  物珍しい目で俺を見てくる。……生来インドア派の息子が突然そんなことをしたのだから、当然だろうけれど。なんだか居心地が悪くて、視線を伏せた。 「……はは、いい親御さんだな。仲良くしろよ」 「……はい。本当に、ありがとうございます。伍代先輩」 「ああ。無理するなよ」  車に乗り込み、見えなくなるまで。先輩は昇降口に立ち、じっとこちらを見つめていた。  隣の母が、前を見たまま唇を開く。 「しっかりしてる、良い先輩ね」 「……うん」  申し訳なさと同時に、純粋な優しさに胸が暖かくなる。入部はできないが──良い先輩だった。  また、機会があれば。彼と関われたらいいな。  淡い願いを抱きながら、処置をしてくれた足をそっと撫でた。痛みは、少しだけ引いていた。  ***  関わる機会は、思ったよりも早く来て。  次の日、登校したとき。廊下で鉢合わせし、彼はすぐに小走りで俺の元へと来てくれた。 「田山、足は? まだ痛むだろ」 「少し。でも、昨日よりマシです」 「そうか。無理するなよ」  本当に、優しい。ああ、そういえば。母の顔を思い出し、小さな笑いが漏れる。 「母さんが、先輩のことしっかりしてるって言ってましたよ」 「ああ──確かに、よく言われるな」 「やっぱり! 俺もそう思ったんです」  笑って言えば、彼は──ふ、と。なんだか形容しがたい、僅かな愁いのようなものが混じった笑顔を浮かべた。……今の笑顔は、なんだろう。違和感を抱くも、考えるより先にまた先輩が口を開いた。 「できることなら、なんでも手伝うからな。昨日も言ったが、俺の責任でもあるんだ。そうさせてくれ」  ……むしろ、迷惑をかけたのは俺なのに。 「本当にいいのに」  そう言っても、引く姿勢を見せることはなく。 「……でも、ありがとうございます」  またじんわり暖かくなる胸に、頬を綻ばせ。そこからは、彼に言われるまま。教室まで向かうのに、荷物を持ってもらってしまうのだった。

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