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??型②

「ま、進学だよなー」  翔がペンをくるくると回しながら言う。 「だね。一応ウチ進学校だし」  文月くんと違って、特段したい仕事も決まっていない。そうなれば、進学が安牌だろう。それと──もう少しだけ、このモラトリアムを満喫していたいという邪な気持ちも少し。 「大学どこ行くか決まってる感じ?」  聞けば、また宙を見上げて逡巡していた。 「んー……直也は?」  俺。俺は──専攻したいものも、特段決まってはいない。今は文系のクラスに所属しているから、進むならばそちらの方面だろうが。二階堂くんならば、今のうちからしっかりと自分で考えたうえで行く先を決めていただろう。両親に意見を言えるようにもなっていたようだし、優秀である彼のことだ。行きたいところの目星は大体ついていそうだ。  強いて言うならば、文学系だろうか。話を書くのは得意でなくとも、読解する国語ならテストは平均点より上の方だし。……その分、理系科目が壊滅的だけれど。なにより、物語を読むのは嫌いではない。むしろ好きな方だ。  ならば、現段階の目標としては。県内の国立大学に行くこと、だろうか。決して簡単ではないけれど、今から定める目標ならばちょうど良いラインだろう。 「俺は……とりあえず県内の国立大に行こうかな、とは思ってるけど」 「ふーん。なら俺もそこ」  え。  躊躇もなく言われたそれに、思わず間抜けな声が口から飛び出していた。 「……もっといいとこ行けるんじゃないの?」 「背伸びしてもついてけなくなるかもしんねーし。丁度いいんじゃね」  そうは言うが──翔は確か、運動もできるが成績も上位の方だったはずだ。一年の頃から定期テストの度に張り出される、上位三十名には毎回入っていた。だから、彼から教わることも少なくなかったのだ。  都内にある私立であれば、レベルはぐんと高くなるが──翔が行くところとしては妥当かと思っていた。学部にもよるが、そこと比べると少し物足りないようにも思える。部活でだって好成績をおさめていることだし、指定校推薦を使えば選択肢の幅も広がるのに。 「……てか、俺が行くから翔もそこ行くの?」 「え、ダメ?」  僅かに目を丸くしている。予想外の指摘だったようだ。 「ダメってわけじゃないけど……大学ってそんなふうに決めるものじゃなくない?」 「いーんだよ、俺は」  なんでだ。……翔も、何かやりたいことが無いのだろうか。俺と同じように。  てかさあ、と前置きをして。翔は俺の目をじっと見た。 「ルームシェアしねえ?」  ルームシェア。翔と共に暮らしながら、大学に通うのか。家賃も折半になるし、家事なんかの細かいところは話し合って決めるとして──メリットは多いかもしれない。勝手知った相手ならば、衝突する可能性は低いだろうし。  なにより。……かなり、楽しそうだ。 「ああ、いいなあそれ。楽しそう」  言えば、だろ、と楽しそうな返事が返ってくる。もしかして、ルームシェアしたさに同じ大学を選んだのだろうか──なんて思ってしまうほど、目に見えて上機嫌になった。 「でもルームシェアしたらさあ、彼女とかできても連れて来れないじゃん」  ネックはそこだろう。互いの都合を確認したとしても──同居人が同じ部屋に恋人を連れ込んでいるのは、なんだか気まずいものがある。  え、と固い声が落ちる。声を発した張本人は、なんだか驚いたような色を瞳に浮かべてこちらを見ていた。 「なに、作る予定あんの?」  ……そんなに俺が彼女を作るようには見えないか。……いや、作れるようには見えないのか。そりゃ、女の子と付き合ったことは一度もないけれど。 「……あるって言いたいけど。できないと思うし──ていうか翔の話だよ。モテるから絶対彼女できんじゃん」  今居ないのが不思議なくらいだ。こちらのクラスに来る度、女子がちらちらとこちらを見ていることに気づかないわけがない。集めている視線の数は参宮くんといい勝負だ。  サッカー部のエース、しかも文武両道のイケメン。惹かれない女子の方が少ないというものだろう。男ですら惚れてしまうくらいには。 「作んねーよ。余計な心配すんな」  ひら、と手を振って翔は笑う。その顔には、不思議と──安堵の色が浮かんだように思えた。  余計な心配ではないと思うけれど。それ以上追及することもできず、第一志望欄に俺たちは同じ大学名を書く。 「……っはは。大学でもよろしくな」  気が早い。嬉しそうに笑う翔に、思わずつられて笑ってしまった。 「俺だけ落ちるとか有り得そうだけどな」 「そんなんさせねーから。勉強みっちり教えてやるよ」 「……お手柔らかに頼むわ」  それから、第二、第三と欄を埋める度に考えを巡らせたが──結局、俺たちの進路希望は全く同じものになり。  卒業後も共に居られることに、少しの安堵を覚えつつ──  ──こちらに意見を合わせてくるような幼馴染の姿に、小さな疑問が芽生えた。 ***  ふう、と息をつく。ばたりと後ろに倒れ込むと、柔らかいラグが体を受け止めてくれた。  進路届の空欄はこれで全て埋まった。教師は「あくまで現段階の希望だから、のちのち変えてもいい」と言っていたし、希望が変わっても大丈夫だろう。俺のように進路について考え始めた生徒も多いだろうし、皆そこまで考えは固まってもいないはずだ。  参宮くんや、四方田くんはどうしたのだろう。明日、それとなく聞いてみようかな。伍代先輩や、陸奥先輩、それに二階堂くんも進路を考えているはずだ。意見を聞いて参考にしてもいいかもしれない。  ペンを置く音が隣から聞こえる。ひとまず書き終えたようだ。  ふと。進路を考えなくてはいけない時期になったのだと、遅れて実感した。天井をぼんやりと見上げながら、口を開く。 「なんか──もう、将来の話なんだな」 「あー。早いよな」  まだまだ、高校生活は長いと思っていた。入学したときが、昨日のことのように思えてしまうほど。だけど。必然と卒業後のことを考えてしまう。俺は、なにをしているのだろう。  想像もつかない未来に思いを馳せていれば。視界の端にいた翔が、俺の顔を軽く覗き込んで笑った。 「お前とも長い付き合いだな。ま、ここ最近は高校からのやつらとつるんでるみてーだけど」  そういえば、翔とはいつからの付き合いになるのだろう。古い記憶を遡る。確か── 「あー……小学……二年からだっけ?」 「そーそー。引っ越してきてからだから」 「元々県外出身だもんな」  そうだ。五月、桜も散り始めた頃だった。  翔は県外から引っ越してきたばかりで。飄々としていた彼はクラスにはいない珍しいタイプで。席が近くだったというのもあり──積極性があった当時は、自分から話しかけたのだった。仲良くし始めたのも、それからだ。お互いの家にしょっちゅう遊びに行って、何をするにもふたりだった。 「一番最初に話しかけてくれたの、直也だし。周りと馴染みやすくしてくれたじゃん」 「……そうだっけ?」 「はは、覚えてねーのかよ!」  翔は吹き出して笑う。  話しかけたのは俺からだが、一番最初だったかはよく覚えていない。馴染みやすくした、というのも──特段そうは感じない。周りの生徒だって翔のことを気にしていたし、仲良くしたそうな雰囲気を出していたことはぼんやりと覚えている。俺が話しかけずとも、いずれクラスには溶け込めていただろう。  今だって、しょっちゅうこちらに遊びに来てはいるが──自分のクラスでは中心的な人物になっているようだし。遠い存在のようだ。幼馴染でなければ、きっと接点すら持てなかっただろうと感じるほど。

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