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??型③
「将来の夢、昔はあったんだけどな」
「俺はサッカー選手だった」
「あー……予想通りだわ。俺なんだったっけな……」
翔は昔からサッカーが上手だったし、納得だ。
こぼせば、間髪入れずに翔が口を開く。
「俺の親友って言ってた」
「……え、マジで?」
思わず、上半身を起こす。翔の目は──とても、嘘を言っているようには思えない。
「大マジ」
なんだそれ。夢って──普通、仕事とかだろう。当時の自分は小さかったとはいえ、あまりにもだ。幼い頃の己のアホさに顔を見合せてから。声を上げてふたりで笑った。
ひとしきり笑ってから。なんだか、胸がじんわりとする。妙な切なさが、影を落とした。
いずれ、翔ともこうして家で遊べるときは来なくなるのかもしれない。どんな職に就くかはわからないが仕事を始めて忙しくなれば、会うことすら難しくなる可能性だってある。残業とかだってあるんだろうし。
結婚だけが幸せの形ではないとはいえ、やっぱり家庭を持つことはありふれた幸せのひとつで。お互いそうなれば、余計に会うことは難しくなるはずだ。放課後にどこかに寄ることも、家で遊ぶのも、全部全部、今だけなのだ。
仕方のないことだとはわかっている。それでも。それは、すごく。……悲しい。
服の端をぎゅ、と掴んだけれど。生まれた寂しさは、消えてくれやしないようだ。
進路希望の紙に、視線を落とす。胸に滲む切なさは悟らせないように、顔を上げて笑顔を作った。
「たまには遊んでくれよ。仕事とか始めたら疎遠になっちゃうかもしれないけどさ──」
「は?」
吐き捨てられた一音に、肩が跳ねる。地を這うように低かったから。
声とは裏腹に、翔は笑顔を浮かべていた。表情を崩さず、口角を上げたまま──しかし、その目は笑っていなかった。
「疎遠に? なるわけないだろ」
「え……いや、わかんないだろ、そんなの」
わかるよ。
しどろもどろな俺の言葉に。返されたその声色に、迷いはなく。どうして断言できるのか、回らない頭で考えていると。
目を、僅かに細めて。
「だって、お前から離れる気なんてさらさらないし」
まるでそれが当然の理のように、幼馴染は言ったのだった。
「……俺から離れる気ないって、なに。ごめん、訳わかんないん、だけど……」
「はは。なんで? 考えればわかんじゃん」
しどろもどろになりながら聞けば、おかしなことを言ってはいないのに、幼馴染は笑う。
「ちょっと目を離しただけで他人のことを庇って怪我するし、変なやつを引き寄せる。そんなの俺がいないとダメだろ?」
本当に仕方ないやつだな。
翔の瞳の中にはねばっこく、どろついた。歪んだ感情が潜んでいた。
『なら後で配信する予定のストーリーとか、次のヤンデレがどんな子か教えようか、次はおさ──』
もし。もうひとつ、陸奥先輩の中にストックがあったのなら。そしてそれが、次に配信する予定であったのなら。言おうとした言葉が──「幼馴染」で、あったのなら。
モデルは、きっと。翔本人で。典型的だが、最も厄介な──依存型、だ。
クラスにも友達がいるにも関わらず、俺のクラスにばかり来ていたのは。ただ、遊びに来たかったからだけではない。俺への執着があったのだ。
からからに渇いた喉に、唾を流し込んで。
「……なあ。翔さ、お前それ──俺に依存してるって自覚ある?」
「ああ、そうかもな。それが?」
だからなんだと言わんばかりに返される。一瞬怯みそうになるが、自分に活を入れ、恐ろしいほど綺麗な笑みを浮かべるそいつに口を開いた。
「……依存なんて、健全な関係じゃない。どっちかが先に疲弊するか、共倒れになるだけだ」
「俺はお前とならどうなったっていい」
「俺は良くない。お前だってめちゃくちゃになるし、お前の両親にも合わせる顔がなくなる」
やけにでもなっているのか、どうもまともな思考ができていないかようだ。彼の両親だって、きっと大切な子どもが不健全な依存をしていると知れば悲しむことだろう。なにより翔にとっても悪影響だし、良い結果にはならないことは見えている。
真っ直ぐに目を見つめて。
「はは──なあ。お前ほんっと……そういうとこが良くねーんだよ」
冷たい声が聞こえたかと思うと。
肩を押されて──次の瞬間には、天井を背にした翔が、俺を見下ろしていた。
「相手のためだからこんなの良くない、って言ってばかりではっきり拒絶しねーんだろ。だから周りの奴も付け上がるんだよ」
それは──だって。実際相手の好意は嬉しいが、友好関係は続けたいわけで。だけどせめて、付き合うことはできないことは伝えているつもりだ。
……そう言いたいのに、声が出ない。押し倒された衝撃もあるが──翔の言うことには、一理あるから。好意は無いと潔く突き放すことも、優しさだったのではないだろうか。
「だから相手だってお前を諦めきれない。……お前、自覚ないんだろうけど残酷だよ」
胸が、震える。は、と短い息が漏れた。
残酷。ざん、こく。……俺が。胸に深く突き刺さって、視線を離すことすらできなくなった。自分の体なのに、そうじゃないみたいで。あの幼馴染から聞いたことのない、自分を責めるその言葉に。何も、言えなくなる。
舌打ちが恐ろしいほど静かな部屋に響く。翔のものだ。
「だからって、どいつも、こいつも……妙な奴らばかり寄ってきやがる。俺が一番お前のことを知ってるのに。昔から、ずっとそばに居るのに」
──本当に、腹が立つ。
低い声で言う苛立ちを顕にする幼馴染は、知らない人間のようだった。
「なあ」
並々でない執着心。垣間見えたそれに動揺する俺へ、翔はそう言って。
「俺と付き合おうぜ」
「……は……?」
ようやく口から出た声は、それだけだった。
「俺が横に居れば、他の奴らは変に近寄ってこない。あの参宮だって、相手がいるとなれば引くだろ。……それでもダメだったら、俺が何とかしてやる」
何とか。何とかって、どうやって。
きっと、褒められた方法ではない。上手く回らない頭でも、それだけはわかった。いけない。幼馴染に後暗いことはさせられない。二階堂くんもそうだが──彼らは極端な方法に走りがちだ。
「返事、聞かせてくれよ。……直也」
するりと頬を撫ぜられて。愛おしげに名前を呼ばれた俺が、返せたことと言えば──
「……俺ってそんな頼りない?」
「は?」
酷く情けない言葉だった。
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