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呆気にとられたような顔で翔は俺を見下ろす。何を言っているんだこいつは、とでも言うように。
だけど、そう考えてしまうのは仕方ないだろう。
「……翔が見てないと心配になるんだろ」
言えば、「……ああ」と、小さい返事が返ってくる。
「それだけじゃない。付き合ってそばにいないとダメだと思うくらい、しっかりしてないってことなんだろ」
「……お前……」
呆然とした様子で、幼馴染は目を丸くしていた。
きっぱり断りきらなかったから、癖の強い人物たちである友人らに変な望みを持たせてしまっている。もし、そうならば──それは俺の身から出た錆だ。わざわざ翔を巻き込むことではないだろう。
「そんな理由で恋人になんてなるもんじゃない」
「……また、綺麗事で跳ね除けんのか」
肩を、強い力で押さえられる。痛みに小さく呻くが、翔の耳には届いていないようで。
険しい目つき。寄った眉根。激情を物語っている。何も言えず、見上げていれば。
「なら教えてやる。昔っからお前のことが好きなんだよ、こっちは!」
吠えるように叫ばれた告白に──まるで時が止まったようだった。
「俺がサッカー選手になるって昔言ったのも、お前が褒めてくれたからだ。全部全部、直也が好きだからやってんだよ!」
俺。俺が、好きだから?
まさか、そんな。あの翔が? ありえない。信じられない。だって、親友だとばかり思っていた、のに。
心を見透かすように。翔は、目付きをそのままに口を開く。
「……自分に好意を向けられるのを、なんでそう信じられねーんだよ」
「……だって俺、地味だし、特に好かれるところないし……」
「良い奴じゃん。……自覚はねーんだろうけど、お前の言葉とか行動に救われてんだよ」
柔らかい声は、心の底からそう思っているようで。真に迫るそれに──頭はパニックに陥った。
じゃあ、本当に? 昔から、俺のことを? いつから、そんなに熱の篭った視線を向けるようになったのだろう。疑問は尽きず、解決することもなく。
どうすればいい。俺は、なんと返せば正解なんだ?
「……なあ。それで、返事は?」
「わかん、ない、いきなり……」
わからない。あまりにも、全てが突然で。
……文月くんは、俺を神様みたいだと言っていたけれど。今になってわかる。俺は──醜い人間だ。
だって。翔の気持ちが大切なこともわかっている、のに。なのに。翔との関係性が変わることが、酷く恐ろしいもののように思えてしまって。……だから、友だちのままでいたいと、思ってしまったのだから。
だからって。生半可な気持ちのまま、付き合うのだって、失礼で。
「……でも、おれ、残酷かもしれないけど……だけど、友だちで居たいんだよ……最低なのは、わかってる、けど……」
目の奥に熱がじんわりと集まってくる。ああもう、最悪だ。こういう風に生ぬるい答えしか出せないから、翔は残酷だと言ったのに。それなのに。自分はきっと、救いようがない愚か者なのだ。悪いのは自分なのに、泣きそうになってしまうのが嫌になる。どこまでも被害者面しかできないのか。
──でも。覚悟は、しなければいけない。
「……ごめん。翔とは、付き合えない。……縁も、切ってくれても、っ、いい、から……」
言葉すら、まともに繋げなくなる。嗚咽を噛み殺そうとすれば、余計に激情は苛烈さを増した。
部屋に満ちるのは、情けない噛み殺した泣き声。ああ畜生、俺が悪いのに。どうして涙が出るんだ。
顔を覆う。みっともない顔を見られたくなくて。
暫くそうして、どれほど経っただろう。長いようにも思えたし、もしかしたらずっと短い時間だったのかもしれない。不意に、ああ、と翔が声を漏らした。なにか──強い感情を孕んだ、衝動がそのまま飛び出てしまったかのように。
「……はは、そんな顔できんだ。ああもう、本当に……」
言葉を切ったあと──なにか、呟く。聞き取れはしなかったが、短い言葉だったのはわかった。
それを聞き返す余裕もなかった。すると、翔はというと──
「っはは、わり。からかいすぎたわ」
ぱっと、手を離される。
………………は?
「……っ、はあ!? おま、からかいすぎたって……!」
「だって反応おもしれーんだもん。お前そうやってなんでも真剣に受け止めすぎるから付け込まれるんじゃね?」
「受け止めるに決まってんだろ! 俺がどんだけ……!!」
「あーもうごめん、泣くなよ。悪かったっての」
こっちがどれだけビビって、どれだけ葛藤したと思ってるんだ! ……変に翻弄されてしまった。
鼻をすする間抜けな音が響く。今、自分は相当酷い顔をしているのだろう。翔もそんな顔と言っていたし。最悪だ。
──ああ、だけど。
ため息を堪えていると。上から退いた翔が、体を起こした俺へ、念を押すように。
「ルームシェアは考えておけよ。本気だからな」
俺を好きだと言ったときと、同じ。真剣な顔に──言葉に詰まってしまう。
「……うん」
ばくばく鳴る胸と、顔に集まった熱は意識しないように。結局その日は、何事も無かったかのように遊んだのだった。
しかし。自宅に帰ってもなお──幼馴染の真剣な顔は、頭から離れることはなかった。
……そういえば、俺が泣いているとき。僅かに指の隙間から見えた翔の表情は──なんだか、見たことのないものだった、ような気がする。言い表すのなら、……恍惚、のような? ……いいや、まさか。涙で滲んでいたとはいえ、見間違えも甚だしいだろう。
なんだかどっと疲れてしまって。その日の夜は、早々に眠りについたのだった。
***
「あんなどろどろした感情を向けられて、ただの”親友“とか”お友達“でいられると思ってたんだもんなあ。今までもそう。距離感を学んでいけばいいやー、って。本当に傲慢で甘くて、無知の考え無しだよ。昔っからそうだ」
はは、と笑いを漏らして。
「……でも、あんなふうに決断もできんだ……。俺が、引き出したんだ。ああ……ぐしゃぐしゃの泣き顔も、ころっと信じちまうとこも、全部全部──みっともなくて、情けなくて、かわいい」
あんな苦しい嘘を信じたのも、恐らくは──まだ友人でいられることに縋りたかったのだ。幼馴染だからわかる。本当である可能性が限りなく低くとも、関係性を続けたくて。
青年は、顔を覆った。歪む口元を隠すように。
「俺が、ずっとそばにいてやらないとなあ。まだ恋人にはなれないなら、じっくり、もっと時間をかけて……依存させて」
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