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Prologue 死刑宣告
どこからともなく聞こえるミンミンゼミの声が、わずらわしい。真夏の太陽が容赦なくアスファルトの濃い灰色をした地面を照りつける。
今日の最高気温は三十七度を超えるとネットニュースで見た。日中の外出を控え、水分補給をし、熱中症に気をつけるよう文章に書かれていた。
おれは、額からあご先へ伝う汗を拭いもせずに目の前の光景をぼんやりと眺めている。
教育実習生の竹 本 先生が頬を上気させ、目を潤ませているのは熱中症だからではない。オメガの発情期 を起こしたのだ。
彼は、魂の番であるアルファ——楠 先生の腕にしがみつき、彼の言葉を待っていた。
楠先生には番がいない。
魂の番であるふたりが互いに求め合い、番の契約をするのも時間の問題だ。
だが、ここは高校の校舎の一角。ほかの教師や生徒たちもいる。
今すぐ抑制剤を取ってくる義務があるのに身体が動かない。まるで足の裏を地面に縫いつけられてしまったみたいだ。
しかし先生は石像のように手足が固まったおれでなく、魂の番であるオメガ――発情期を起こした竹本先生しか眼中にない。
その事実に心臓が悲鳴をあげる。ナイフで繰り返し胸を刺されているみたいだ。
「お願い、先生……先生の魂の番は、誰……? 先生が好きな人は……桐生さんなの?」
甘い砂糖菓子のような声を出して竹本先生は、己のアルファに愛してほしいと願う。
「おれたちは、ただのセフレ。身体だけつなげている関係だった」と涼しい顔をして答えられたらよかった。「お願いだから彼まで取らないくれ!」と声を限りに叫びたくなる。
息を切らし、頬を赤らめた楠先生が口を開いた。
「俺の……魂の番は……」
その先の言葉を聞きたくないのに、耳をふさぐことも、目をそらすこともできない。
「竹本くん、きみだ」
瞬間、魔法が解けたかのように、おれはふたたび動けるようになった。
強い日差しを浴びながら、がむしゃらに走り、校舎へ向かったのだ。
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