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Epilogue 生存報告

 先生が取ったお盆休暇を利用して、ふたりで東京へ行った。  先輩のお墓は、先輩がかつて育った東京の養護施設の近くのお寺にある。  ふたりで住職の方に挨拶をしてから彼の墓を掃除し、途中の花屋で買ったひまわりの花を活けた。水を供え、線香をあげ、静かに手を合わせる。 「先輩、先輩のおかげで、おれは恋を知り、人を信じようって気になれました。言葉を交わすことの大切さや、もどかしさを感じながら、あなたとゆっくり恋愛して、人を愛する気持ちを知ることができた。あなたがいなくなったときは目の前が真っ暗になったし、重い病気にもなって、あなたの後を追いかけようと思ったときもある。だけど、生きることを選択して、今もこうやって元気にしてる。今日は、そのお礼と大切な報告をしに来たんだ」  傍から見たら長方形の石に話しかけているだけ。墓の下に先輩はいない。彼の身体を構成していた白い骨が眠っている。  それでも先輩がそばにいてくれるような気がして、どこかで聞いていてくれたらいいなと思わずにいられなかった。 「好きな人ができました。その人もおれのことを好きになってくれて、つきあうことにした。今日は両親に彼を紹介しに行く日。先輩のときにはできなかったけど家族を説得して、ちゃんと交際を認めてもらってから番になるつもりだ。自分勝手なことを言うけど、ここから見守っていてほしい」  瞬間、風が吹く。  白檀の香りがする線香をあげていないのに、白檀に似た香りがおれの前をすっと通ったような気がした。  懐かしい香りに胸がこみ上げ、視界が歪む。かつて愛した魂の番であるアルファの名前を心の中で呼んだ。  肩に手が置かれ、ゆっくり上を向く。 「そろそろ行きましょう」 「――そうですね」  立ち上がって小石が敷き詰められた道を歩き、楠先生の広い背中を見つめる。 「さよなら、先輩。また来る」と小声でつぶやいた。  裏門の戸を閉め、駐車場へ続く道を並んで歩く。 「すみません。おれのわがままで、ここまで連れてきてもらって」 「いえ、そんなことは……」  おずおずと先生が返事をする。気まずそうな顔をして、おれに掛ける言葉をさがしているようだ。 「両親へ先生を紹介する前にどうしても一度、先輩に報告したかったんです。おれなりのけじめとして……先輩は最後まで両親と和解するための努力をしようとしていたのに、おれが待ちきれなくて台なしにしてしまいました。でも、先生との……大和くんとの仲は、ちゃんと家族に認めてもらいたい。認めてくれるまで説得し続けるつもりです」  ピタッと足を止めて彼が振り返る。告白をしてくれたときよりも、さらに真剣な顔つきをしている。 「さっき、あなたが、あの人に心の内を伝えているとき、俺も願いごとをしました」 「どんなことでしょうか?」 「『薫さんを幸せにします。これからは彼が笑顔でいられるようにすると誓うので、ずっとそばにいさせてください』って」  そうして、おれたちはセミの声を聞きながら互いに見つめ合った。  暑い夏の日差しを受け、どちらからともなく手をつないだ。

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