101 / 102
第21章 きみのいない夏2
おまけに今朝は、花音ちゃんから「パパが猫にいじめられてる」というメッセージとともに、甘えた声を出しているノワールが瞬の耳や髪、手をぺろぺろとしきりに舐め、布団の上に乗っているブランが眠っている瞬の頬やあごめがけて「起きろ」と爪を出さないで肉球を使って猫パンチを繰り出している動画がLIMEで送られてきたのだ。
瞬には悪いけど、布団で一緒に眠っていた先生と一緒に笑ってしまった。
昼間はゆっくり温泉に浸かって日頃の疲れを癒し、豪華なランチも食べて、ゆったりした時間を過ごす。
夕方になって日も陰り、昼間の暑さが少しずつ薄らいでいく。
早めの夕食を出してもらい、夜の帳が下りたら浴衣に着替え、彼の着付けを済ませて外に出た。
カバンにはそれぞれ貴重品にスマホだけでなく扇子やうちわ、冷たい水の入ったペットボトルにフェイスタオルなんかを持って熱中症対策をする。
「まだまだ暑いなー」
うちわを扇ぐものの暑い空気しか送られてこない。
「ですね。昼間だったら、ふたりして倒れていたかも」
屋台が出ていて、甘い綿あめの香りやたこ焼き、お好み焼きなどのソースの食欲をそそられる香ばしい香りが漂ってくる。
花火を見るために集まった客で、ごった返している。
「薫さん」
「どうしました、先生」
「薫さんの一番嫌いな季節っていつですか」
唐突な質問に目を丸くする。
なんでこんなことを訊いてくるのだろうと不思議に思っていれば、「俺は冬です。母親や父親、継母を次々と亡くし、若菜さんが亡くなった頃だから」と見る者の胸を締めつけるような切ない横顔をした。
「そうだな」とうちわを口元にあて考える。「夏は嫌いだ。この世で一番、大切な人を亡くした季節だから」
「じゃあ、一番好きな季節は?」
「「秋」」とおれたちは声を合わせて答えた。
「あの文化祭で出会ってなければ、こうやって今、並んで歩くこともなかったんですとね」
「そうですよ! 俺は若菜さんを、薫さんは先輩を好きだったはず。このまま一生、若菜さんのことを思って俺の人生は終わるんだと思ってました」
「同じです。おれも先輩を思って死のうと考えたこともあるから、こんなふうにべつの人を思って日々生きていくなんて夢にも思っていませんでした」
不思議な縁だ。まるで誰かに導かれるようにして、この地へ来たみたいだと心の中でつぶやく。
「俺は、あなたが俺を誤解している間、初めて恋人ができたって浮かれていましたよ。朝霧さんや、おばにも話して若菜さんにも報告するために墓参りへ行ったんです。いつもは悔しい気持ちや苦々しい気持ちで墓の前に立ったけど、そのときはすごく幸せな気持ちで立ってました。十中八九気のせいでしょうが、なんとなくお墓のところに笑顔の若菜さんがいる。そんな気がしたんです」
「いつか、おれも若菜さんにお線香をあげたり、会いに行ってもいいですか?」
「若菜さんの父親であるおじさんの意見が必要になります。けど、きっと、すごく喜んでくれると思います」
そうして、おれたちは夜空に咲く色とりどりの花火を見たのだった。
ともだちにシェアしよう!

