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【15話:恋で、運命で、君だから】

体育館横、駐輪場の隅。人気の無い場所と言えば、ここしか思い浮かばなかった。適当な段差に膝を抱いて腰掛ける。 ハルト (早く戻らないと、変に思われる) そう焦るほど、ハルトの涙は止まらない。ハンドタオルも教室のカバンの中だ。 オレが言ったのに。友達が良いって。 なのに何で、避けるんだよ。 最初のときは、嫌でも近くに居たくせに。 同じ考えが巡る。 レオンのことが好きかなんて、電話が来たあの時、決められなかった。 バースに、フェロモンに、本能に。 自分じゃない何かに、自分を決められることが嫌でたまらなくて、結論を出すことから逃げた。 じゃあこの涙は?と、どこか冷静な自分自身が問いかけてくる。 朝倉が遠くて、寂しくて出てくるこの涙の理由は?前みたいに、名前で呼んで欲しいなんて思うのは?もう恋だろ、それは。そう、自分が自分を問い詰めた。 認める以外、どうしようもない。ハルトは、涙を拭いながら、やっと自覚した気持ちに怯えていた。 レオンの気持ちが、ただフェロモンに誘導されただけで、本当は自分の事なんて何とも思ってなかったら? ハルト (そん時オレは、自分のオメガに甘えんの?今まで散々、嫌がってたくせに) 自己嫌悪に陥る。変に冷静になって、徐々に涙も収まってきた。あと少し、落ち着いたら教室に戻ろう。泣き顔は見られたくないけど。 そんなハルトの耳に、足音が聞こえた。 レオン ハルト! 名前を呼ぶ声。もう、懐かしささえ感じる。ハルトは、ゆっくりと顔を上げた。 レオンが、ホッとした表情でこちらに向かってくる。教室では、何事も無かったみたいな顔をしていたのに。 ハルトは視線を泳がせながら、絞り出すような声でレオンを制した。 ハルト …来んなよ 俯きながら、精一杯の強がりを言った。 恋を自覚した今、近づけば、もう隣には居られない。そんな心地で。 ハルトの一言にレオンは、一種怯んだ。来るなと言われたからだ。でも、その言葉に従うのは、違うと思う。今、ここでハルトの手を取らないと。 今にも立ち去りそうなハルトの手を、咄嗟に掴んだ。ハルトは一瞬だけ拒んだが、振り払うことはなかった。それに少し安堵したレオンは、ゆっくり話をはじめる。 レオン …泣いていた理由が、知りたい ハルト …理由とか、ないし レオン さっき俺が、避けたからか?あれは、上手くできなかっただけだ、次は気をつける ハルト …友達、だもんな。あのさ、ヒート明けで、ちょっと不安定になってるだけだから、ほっといてくんね? レオン ハル…望月。待ってくれ、まだ話が終わってない ハルト …ッ!…もう終わったろ、離せよ 手を振り払おうとしたハルトを、反射的に、レオンは引き寄せていた。そのまま、おそるおそる抱きしめる。ただ、ハルトは抱きしめ返すことはなかった。それでも、運命の香りが二人を包んでいるのを感じる。 ハルト …やめろ、こんな近づいて、また レオン 望月がヒートになって、俺がラットになる、か? ハルト …かもしれないだろ…! レオン 二度と、あんなことはしないって言った。約束する ハルト …何で言い切れるんだよ レオン …俺は、ハルトが、大事だ。だから、もし今ヒートになったとしても、絶対に耐えてみせる その言葉に、ハルトは身じろぎ、半ば突き飛ばすようにしてレオンから離れた。名前を呼ばれたことよりも、気になるセリフがあった。 ハルト ”耐える”って何だよ!オレといるには、朝倉は耐えなきゃいけないのか!? レオン そうだ。じゃなきゃ、ハルトを今度こそもっと傷つけてしまうだろ! ハルト ッ…!そうじゃ、なくてっ… レオン オメガとして見られたくないと言ったのは、ハルトじゃないか!でも、俺はアルファだ。どうしたって、番には惹かれる。でも嫌なんだろ!?なら、俺はいくらでも我慢するって言っているんだ! 見たことのない剣幕で、レオンは一気に捲し立てた。人によっては、気迫だけで押し切られてしまいそうな迫力。 しかしハルトは、静かに言葉を返した。傾いた日が、ハルトの顔に影を作る。 ハルト …朝倉に我慢させて、オレは安全圏にいろって? レオン 現状、それしか無いだろ? ハルト …そんなことない レオン なら、どんな方法がある?悪いが、離れるって選択肢は、俺にはない ハルトの言いたいことが掴めず、レオンは少し苛立った口調になる。こんなに感情をあらわにするのも、ハルト相手が初めてだった。 ハルト …前も聞いたけどさ、それは俺が番だからだろ? 前にも聞いたセリフなのに、それを発しているハルトの顔は泣き出しそうだった。あの電話の時とは、違う感情が声や表情から感じられる。ここにいる自分を見てくれと、言っているかのように。 レオンは、数秒黙り込んで考える。そして、出た結論を伝えた。 レオン 違う。番だから、オメガだから、ハルトだからと、分けて考えるのはやめる ハルト え…? レオン …全部、ハルトだ。俺にとっては。俺は、そんなハルトを、好きに、なったんだ 一生懸命に、必死に。完璧と揶揄されていたレオンが、戸惑いながらも言葉を選んで伝える。 初めてフェロモンを感じた日も、2人並んで話した日も、ヒートを目の当たりにしたことも、電話で話した内容も。 友達としてでも、隣にいることを選んだのは、自分の意志だ。 レオン だから、ハルトが何者でも、そばに居てほしい ハルト …何だよその理論、ずりぃよ ハルトは、いつも見せる呆れたような笑顔を見せた。そして、少しはにかんだあと、顔をくしゃくしゃにして泣き出す。涙とまんねぇ、と言いながらハルトはさっき突き飛ばしたレオンの胸に額を当てて腕を腰に回した。 レオンは一瞬びくりとしたが、ハルトの肩に手を回した。 ハルト …オレが悩んだ時間、返せよ レオン 悩んだ?俺のせいか? ハルト …そうだよ レオン 何に悩んでたか、教えてくれるか? ハルト 俺は、朝倉…レオンが、アルファでもアルファじゃなくても、番じゃなくても、好きだってこと レオンは驚いて、ハルトの肩を掴んで顔を見た。見たことがないくらい赤い。夕日のせいじゃない。ハルトは恥ずかしそうに目線を逸らす。 レオン 本当か?ハルトも俺が好き? ハルト …嘘にするか? レオン いやだ ハルト んじゃ、ほんとでいい ぎこちない動きで、レオンがふたたびハルトを抱きしめる。ハルトの肩口にレオンは顔を埋めると、小さな声で「嬉しくて死にそうになる」と呟いた。ハルトは吹き出して「大げさ!」と笑う。 互いのフェロモンが、ほんのりと香る。高揚感と安心感が、二人を包みこんでいた。知っている互いの匂いなのに、思いが通じ合ったからか、初めて感じる甘さと爽やかさが、初夏の空気にも溶けていく。 本当に、ヒートを前に理性を保っていられるか。オメガである事実を受け止められるのか。まだ、分からない。 でも2人は、ただ2人として今は触れ合っていた。夕方とはいえじっとりと暑さを感じ始める季節なのに、どこか離れがたい。誰かに見られてもいいやと、ハルトはどこか吹っ切れた思いも感じていた。 レオン ハルト ふとレオンが名前を呼ぶ。それだけのことが、たまらなく嬉しい。今は素直にそう感じられる。 ハルト やっば、そっちがいい レオン 俺も、望月は呼びにくかった ハルト 気にしてくれたんだろ。ありがとう レオン …ハルトもさっき、俺の名前… ハルト 呼びたくなったんだ。いいだろ? レオン もちろん ハルトは少し体を離して、背の高いレオンを見上げた。羨ましいくらいの長身と整った顔。何でも出来るのに不器用で優しい、自分だけのアルファ。 レオンはハルトを見下ろす。運命に抗って、選ぶことを教えてくれた人。そして、自分の気持ちに答えてくれた、愛しいオメガ。 番だから惹かれ合ったのは、間違いない。それでも、それ以上の恋だと、誰かに聞かれたら答えられる。お互いに視線でそれを感じられた。 そしてゆっくりと、どちらともなく視線が唇におちる。レオンが少しかがんで、ハルトは少し背伸びして。 ゆっくりと、キスをした。 顔を離した途端、ハルトがうわー!と声を上げてからレオンに背を向けた。 レオン ハルト…?いや、だったか…? ハルト やめろ聞くな!今すっげぇ恥ずかしい!! レオン 恋人同士ならキスはするだろう? ハルト だから、さらっとそういうこと言うな!教室、帰るぞ! ハルトは半歩先をずんずんと進んでいく。レオンは、その後をニコニコとしながらついて行った。 教室に戻ると、2人の様子に佐藤と田中がニヤニヤとしている。 察しが良くて何よりだ、とハルトは心で悪態ついた。思ったより時間が経っていたため、そのまま全員で帰り支度をして教室をでる。 靴箱までの道中。 佐藤 仲直り出来たみたいでよかったよかった 田中 今度、朝倉ん家にお泊まり会しようぜ!そこで全部吐いてもらおう レオン 家に?友達が来るのは初めてだ。ハルトも来るか? ハルト …レオンが変なこと言わないように見張りに行く 先が思いやられる。でも、内心悪い気はしない。 気を抜くとニヤけそうになる口角を隠しながら、ハルトは靴を履き替えてレオン達と校門を出た。 ※終わり※

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