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【14話:あふれる】
ハルトを「望月」と呼ぶのも慣れた頃。あと数週間で夏休みということで、学期末のテストの予定が発表された。ハルトと友人たちは、レオンから勉強を習うことになった。
ハルトは普段から真面目に授業は受けているが、ヒートで休んだ分の遅れがある。佐藤と田中は、得意・不得意で差があった。
ハルトのバイトが休みの日に合わせて、放課後教室に残って少しずつ進めることになった。4人で机をくっつけて、生物の教科書を開く。
レオン …だから、DNAが複製されるとき、AはTに、GはCに対応する。これが基本だ
田中 いや、わかんねぇ。何でAがTで、GがCなんだよ?
レオン 何でって…そう決まってるからだ
田中 決まってんの?なんで分けねぇの???
ハルト あー、えっとな。AとTは、磁石みたいにお互いにくっつく力を持ってるんだよ。GとCも同じ。逆にAとCとか、GとTとかだとくっつかねぇ。覚えろ
田中 …暗記かよ、苦手なんだよなぁ
レオン 磁石といえばわかりやすいのか。望月は教えるのが上手いんだな
ハルト …こいつらがバカすぎんだよ
田中 否定はしない!
にぎやかな放課後が過ぎていく。
レオンは、ハルトの隣や向かいには座らなかった。それに気づいた時、ハルトは気遣いよりも拒否感をレオンから感じた。
ハルト (前なら、絶対横に来てたよな…)
友達でいたいと言ったから、レオンはそれを律儀に守ってくれている。ただ、それだけだ。なのに、言い表せない壁ができたみたいで息苦しかった。短く頭を振って、勉強に集中する。
レオンは、距離を保とうと意識していた。友人たちと同じように望月と呼んで、不用意に近づかないようにした。ふとした時に、前みたいにハルトと呼びたくなるのを堪えて。
番であることは、認めてもらえた。なら、あとはハルトの望み通りにするのが、二度と傷つけないことにもつながると考えた。
田中 レオン様~、ここもわからん!
レオン 様は不要だ。あと、もたれるな、重い
ダル絡みを始めた田中が、レオンにもたれかかる。それを手で制しながら、どこがわからないんだ?とレオンは田中のノートを覗き込んだ。田中がこれ、と指で指し示す。
ちょうど、ハルトも分からないところだった。
ハルト あ、そこオレも聞きたい
そう言って椅子を引っ張って、レオンの横に並ぶ。反射的に、レオンはハルトを避けるように体をそらした。椅子の脚が軋む音が、教室に響く。
ハルト …は?なんで避けんだよ
レオン …それは
2人の雰囲気に、友人たちも様子を見守る。流石に茶化すことはしなかった。
ハルト 田中は良くて、オレはダメ?
レオン …そうだ
ハルト 友達、でも?
レオン 友達でも、俺たちはアルファとオメガなんだ。この前みたいなことに、なりたくない
ハルト …そう、だよな
このままこの場所にいたら泣き顔をさらしそうで、ハルトは教室を飛び出した。レオンの言っていることはわかるのに、心がそれを拒否している。
自分の気持ちが分からなくて、答えを出すことから逃げたくせに。今さら、なんで。
滲む視界の中で、校舎を出た。体育館横、駐輪場の隅。人気のなさそうなところ。そこだけ目指して走っていた。
飛び出したハルトの背を見ていたレオンは、どうしたら良いか分からなかった。言われた通りにしていたのに、なんで泣きそうな顔をするんだ、と。
うまく「友達」ができていなかったのだろうか。今まで、友人なんて居なかったから。戸惑っているレオンに、佐藤と田中が声をかける。
佐藤 おい、朝倉。これは追っかけたほうが良い
田中 だな、なんかお前らこじれてんぞ?
そう言われ、兎にも角にもレオンは走り出した。かすかに、ハルトのフェロモンが道標のように行く先を伝えている。甘いのに苦い、胸を締め付けるかすかな香りを頼りに、あとを追いかけた。
見送った友人たちは、やれやれと、肩をすくめたあと身の入らない勉強に戻る。手のかかる友達を少し、心配しながら。
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