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第18話
シーツで顔を半分覆い、匂いを嗅ぐ。
爽やかなシトラス系の香りがほんのりとしてくる。
この匂いに包まれて、もう一度眠りに落ちてしまいたい。
この匂いに包まれていれば、嫌な夢はもう見ない気がした。
もし嫌な夢だったとしても、彼が出てくる夢なら、どんな夢だって嫌じゃない。
まだ微熱が残っているせいで、動くのが億劫でしかたない。
寝返りを打とうと少し身体を動かしただけでも傷に当ってしまい、全身が痛くて小さな呻き声を上げてしまう。
「……ッ」
「ミツ?起きていたのか」
痛みを堪えていたせいで、部屋に誰かが入って来たことに気付かなかった。
声が聞こえた先を見ると、困ったような笑みを浮かべつつもゆっくり僕の方に近付いて来る彼の姿があった。
あぁ、ここは彼の家だったんだ……
この匂いはハルくんの匂いだ。
ハルくんの部屋だから、僕は落ち着いているんだ……
ベッドの端に腰掛け、僕の顔を心配そうに覗いてくるハルくんの顔を見たら、ホッと安堵の息が漏れてしまった。
僕を助けてくれたのは、やっぱりハルくんなんだ……
シゲルさんは……当然、来てくれないよね。
番 であるはずの彼が居ない現状に少しの寂しさと諦めが胸の中に渦巻く。
「ミツ……その、身体は大丈夫……じゃ、ないよな……」
恐る恐る僕の頬を優しく撫でてくれる。
「ううん、大丈夫だよ……。でも、ハルくんがどうして僕を……?4回目?の発情期 で、僕は……」
さっき自分の記憶を確認していたはずなのに、どうして今ここに居るのかを思い出せない。
「……4、回目……?」
僕の失言にハルくんの眉間に深い皺が刻まれる。
「え?あ……ちがっ、間違い!間違いだからッ!――ッ!!」
慌てて起き上がり訂正しようとベッドに手を付いた瞬間、痛みで全身がビクッと強張ってしまう。
痛む手を押さえ、バクバクと高鳴る心臓を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。
「ミツ、あまり無理をするな。爪も何個か剥がれてたし、身体もボロボロで……。本当に心配したんだからな……」
僕の手にハルくんの冷たい手が添えられる。
シーツとかがちょっと当たっただけでも激痛が走っていたのに、ハルくんに触って貰えると逆に痛みが引いていくような気がした。
ハルくんの顔を見ると僕よりも痛そうな顔をしていた。
「……うん、心配……かけて、ごめんね。えっと、なんか……抑制剤の効きが悪くて……その……」
多分本当のことはバレていないと思う。
だから、今はバレないように言い訳を考えないと……
「多分、この間一気に寒くなった日があったでしょ?それで、体調を崩しちゃったみたい」
ハルくんの顔をなぜかちゃんと見れなくて、シーツに視線を落としてボソボソと言葉を口にする。
「あっ、これ……これはね、なんか変な虫?に刺されちゃったみたい。ブヨ?かなんかかな?全身かゆくなっていっぱい引っ掻いちゃった。部屋、ちゃんと片付けできてなかったせいかも。だから……いっぱい、必死に……かい、た……だけ……」
どれだけ言い訳を考えて口にしても、ハルくんの表情は変わらなかった。
僕の手に触れてくれる手は優しいのに、視線が痛くてしかたない。
バレ、ちゃってるんだろうな……
どこまでバレてるんだろう……
僕の嘘が全部、バレちゃってるのかな……
「ミツ……」
ハルくんのどこか悲しそうな声にこれ以上嘘を付くことができなかった。
「ごめん、なさい……。夢だって、思ってたのに……アレも現実なんだ……」
夢だと思っていた。
我が儘な僕の都合のいい夢。
ハルくんに最初で最後でいいから、抱いて欲しい。なんて、迷惑でしかない夢。
ハルくんと僕はただの幼馴染でしかない。
僕が勝手に好きになって、勝手にいつか『番 』にして貰えるって夢を見ていた。
だからハルくんに僕は相応しくないって教えられて、勝手にひとりで失恋してしまった。
全部、僕ひとりの思い上がり。
ハルくんには何も関係のないこと……
「ごめんね。ハルくんの恋人になる人に謝らなきゃいけないよね。あ、僕なんかを抱いたって知られたら余計に怒られちゃうか……。忘れて、欲しいなぁ……。こんな汚い僕としちゃったこと、忘れて、欲しいなぁ……」
いつもみたいに笑って言いたいのに、声が震えてしまう。
何でもないって笑顔を作りたいのに、上手に口角が上げられない。
笑いたいのに、さっきから胸がズキズキと痛くて、涙が溢れてきちゃう。
「ハルくんの恋人になる人は、すっごく素敵な人なんだろうなぁ~。いつか……ぃつ、か……紹介、し……」
ボロボロと涙が溢れ出てしまう。
ハルくんに、恋人なんて作って欲しくない。
番 なんて、作って欲しくない……
なんて自分勝手な願望だろう。
自分には、シゲルさんという番 が居るくせに……
ホント、こんなんだから誰にも愛して貰えないんだ……――
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